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30話 欲しいもの

「はぁ、はぁ……」


 よほど急いでやって来たのか、医務室へと入ってきたセリア先生は息を切らしている。


「やっと来ましたのね。少し遅いのではなくて?」

「す、すみません」


 シアちゃんの物言いに、セリア先生はぺこぺこと頭を下げる。


「ちょっとローレンシア、先生だって急いできたのにそんな言い方――」

「大丈夫フィラちゃん、わたしたちは黙っていよう」


 シアちゃんを注意しようとしたフィラちゃんを引き留める。

 たしかに普通なら失礼な言葉づかいかもしれない。でもあの二人に限っては別。

 なぜなら、あの二人はもうご主人様と従者だからだ。

 先生の蕩けた顔がその証拠である。


「あの、ローレンシアさん。……それでその、おしおきは……?」

「今は話し合いが先でしょう。何を考えているのですか、本当に卑しい子ですわね」

「ご、ごめんなさいローレンシアさん……」


 しゅんと落ち込んでしまうセリア先生。

 そんな先生にシアちゃんは近づき、背伸びをしながら耳元でささやく。


「……あとで、たっぷりおしおきですわ。いいですわね?」

「~っ! は、はいっ! ありがとうございます!」


 ニコリと微笑むシアちゃんと、嬉しさで膝から崩れ落ちるセリア先生。


「うぅ……素敵な関係だねぇ……!」

「あたしたちは今何を見させられてるの……?」

「感動のヒューマンドラマだよ!」


 こんなの映画化決定だよね!


「ボクの同居人がいつの間にか凄い方向に成長してる……」


 先生が生徒の膝に縋り付くその異様な光景に、さしものイヴも少し引き気味のようだ。


「正直イヴも言えたことではないわよね。……というかまともな人間があたししかいないじゃない! どうなってるのよこの状況!」

「大丈夫、わたしとリズっちがいるよ」


 安心してフィラちゃん!


「あんたはともかくとして、そうね、たしかにリズリズがいたわね」


 わたしはナチュラルに除外されちゃうんだね! くぅ~、屈辱ぅ~! きんもちいい~!


「……リズリズ。よかったわ、あんたがいて。正直ちょっと心細か――」

「べろべろべろ~!」

「……」


 突如おでこがつくような距離で変顔を始めたリズっちに、フィラちゃんは無言になってしまう。


「べろべろべろ~!」

「……」

「べろべろべろ~!」

「……あ、あんた何なのよ! 全然まともじゃないじゃないの!」


 あ、無視しきれなかった。

 なんだかんだ言ってフィラちゃんは優しいからなぁ。


「ぎゃー! フィラリスが怒ったのじゃー!」


 リズリズはきゃーきゃーと医務室の中を縦横無尽に逃げ回る。

 うん、楽しそうでよろしい。


「まったく、皆さんにはもう少し落ち着きというものを持ってほしいものですね……」

「ローレンシアの脚にすがりつきながら言っても説得力ゼロだよ先生」


 これについてはまあ、全面的にイヴに同感だよね。





「こほん、では本題に移らせていただきますね」


 先生が一つ咳をして、室内を真面目な空気にする。

 そうだ、あんまりふざけている場合じゃないんだった。

 わたしは話し始めた先生の方に顔を向けた。

 さきほどまでと同一人物とはとても思えない、凛々しい顔だ。仕事ができる人って感じがする。


「魔族の封印を解除することで起こる諸々の問題ですが、大抵のものはすべて私がなんとかしました。国に根回しを行ったので、リズリズさんはこの国に居住することについて国からのお墨付きをもらったに等しいです。書状もあります」


 先生は腰から細かな文字がびっしり書かれた書面を取り出す。


「……先生って、すごい人だったんですね」


 この学園の授業で、魔族は恐れるべき災害のようなものだと教わった。

 そんな魔族が住むことを国に認めさせるなんて、簡単にはいかないものだと思ってたんだけど……。

 驚くわたしに、先生はすました顔で言う。


「まあ、腐っても『蒼姫』ですからね。ある程度は国にも顔が効きます」

「あとでご褒美をあげますわ」

「あ、ありがとうございますっ!」


 一瞬で表情が崩れるね先生。落差が半端じゃないよ。


「あ、失礼しました。なのでリズリズさんの方は問題ありません。それで、次はあなたたちについてです」

「わたしたちについて?」


 わたしたちについて何を話すことがあるんだろう。


「魔族を倒した人間、というのはとても少ないです。大抵は数の暴力で戦うので、少人数で魔族を倒した実績を持つ者はこの国全体でも片手で数えられるほどです。この国で言うと、私を含めて八人か、九人か。いずれにしてもその程度しかいません」


 というか先生、なにげに魔族を倒したことがあるんですね、さすがは蒼姫。


「なので、国から褒賞を与えようということになりました。あなたたちが望むなら貴族の称号も貰えるでしょうし、土地を貰うこともできますし、金銭面で援助してもらうことも可能です」

「そ、そんなにすごいことなんですか?」


 フィラちゃんが恐る恐る言う。

 わたしたちの仲で一番一般人の感覚を持っているのはフィラちゃんだから、あまりのことに驚いているんだろう。そんなフィラちゃんもかわいいよ、ぺろぺろ。


「そんなにです、魔族を倒したんですから。……魔族魔族と種族で呼んでしまって申し訳ないです、リズリズさん」


 先生はリズっちに頭を下げる。

 リズっちはひらひらと手を横に振った。


「いやいや、妾は気にしていないのじゃ。魔族なのは事実じゃからな」

「ありがとうございます、感謝します」


 やっぱりリズっちは優しい。

 それにしても、褒賞かぁ……。欲しい物、欲しい物……。


「あっ、寮の部屋をわたしたち五人が一緒に住める特別な部屋にしてもらうっていうのはどうかな!」

「……へ?」


 呆けた顔をする先生。

 それとは対照的に、皆は顔を明るくする。


「ああ、それならよさそうだね」

「いいんじゃないですの?」

「まあ、あたしは異論はないわ」


 よかった、皆が賛成してくれて。


「そ、そんなことでいいんですか?」

「だって、リズっちが街に住んだらすぐ騙されて悪い人に捕まっちゃいそうじゃん。わたしたちがそばにいて守ってあげなきゃ!」


 一万年間眠っていた子なんて、そのまま外に出したら危なっかしくてたまらないよ!

 しかし、当のリズっちは不思議そうな顔をする。


「守ると言うても、妾に勝てる人間などそうはおらぬぞ?」

「御託はいらない! ぺろぺろするぞ!」

「ひぃぃっ……わ、わかったのじゃ。妾はそれでいいのじゃ」

「それでいい? ぺろぺろしていいってこと?」


 そういうことだよね?

 わたしが顔を近づけると、リズっちは慌てて離れる。


「ち、違う! 一緒に住むってことじゃ!」

「住む? 住みたいですの間違いだよね?」


 リズっちの慌てた顔、かわいい……。

 そんな顔されると、苛めたくなっちゃよぉ……!


「な、なんで急に嗜虐心に目覚めたのじゃお主……。……す、住みたい、住ませてくださいお願いしますなのじゃ!」

「やったー! こちらこそよろしくね!」


 そんな会話を見ていたセリア先生はクスリと笑う。


「わかりました、そういうことなら私から国の方に伝えておきます。では、私はこれで」


 そう言って扉を開け、部屋を出ていく。

 ただしそのままは出ていかず、最後に振り返って恥ずかしそうに言った。


「……ローレンシアさん、待ってますね」

「期待していていいですわよ」

「は、はいっ。ありがとうございますっ」


 先生、かわいいぃ……!





「良いなー先生。こんないいご主人様が見つかって」


 先生が出て行ったあと、わたしはぼそりと口を零す。

 だってわたしはご主人様を見つけるために入学したのに、先生の方が先にご主人様を見つけちゃうなんてズルいよ!

 そんな風に思うわたしの肩を、シアちゃんがポンポンと叩いてくれた。


「リューネにもそのうち見つかりますわ。焦ることはないですわよ」

「そうだといいんだけどねぇー」


 シアちゃんがわたしのご主人様適性があればよかったんだけどなぁ。

 残念ながらビビッとは来ないんだよね。もちろん友達としては好きなんだけどさ。

 わたし、誰にでもご主人様になってほしいような軽い女じゃないから!


 わたしはなんとなく三人に目をやる。

 フィラちゃんはわたしたちの会話を聞いて鳥肌でも立ったみたいに腕を擦っていた。


「……最近、ご主人様って単語を聞いても何も感じなくなったわ。自分が怖い……」

「奇遇だねフィラリス。ボクも髪の毛っていう単語を聞くと興奮を感じるようになったよ」

「あんたと一緒にしないでくれる?」

「イヴ、お主中々終わっておるの」


 そこまで大人しく聞いていたわたしは、居てもたってもいられずその会話に割り込んだ。


「ズルい、わたしにもその冷たい目線頂戴よぅ!」

「全ての元凶が来たわね」

「そうじゃ、妾が封印されていたのもお主のせいなのじゃ!」


 ビシリとわたしを指差すリズっち。


「それはさすがに濡れ衣だよ!? でも濡れ衣で責められる展開っていうのも、それはそれでアリ! もっと罵って!」

「もう無敵ですわねリューネさん」


 そんな会話をしながら、わたしたちは笑いあうのだった。

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