27話 解き放たれた封印
「本当に学園側の許可は得られたのかえ?」
翌日、わたしたちはリズっちと話をしていた。
リズっちは封印を解く許可が出たことに対してまだ半信半疑なようだ。
「たしかに妾は人間にとっては善良な魔族であるという認識は自分でも持っているが……かといってこんなに簡単に許可を貰えたと言われても、拍子抜けというかなんというかなのじゃ」
「その気持ちはわかるけどさ、でも許可を得られたのは本当だよ。ねえシアちゃん?」
わたしが話題を振ると、シアちゃんは首を縦に振る。
「はい。わたくしが先生のご主人様になったら許していただきましたわ」
「だからどういうことじゃそれは……」
「それに関してはあたしたちに聞いても無駄よ。あたしたちもわかっていないんだもの」
呆れたようなフィラちゃん。
対してシアちゃんは口に手を当てて笑みを浮かべる。
「ふふふ、さすがに全てを話すわけには参りませんわ。特に純朴なフィラリスさんは色々とショックを受けてしまいそうですし」
「あんた本当に何したのよ……」
それはわたしも知りたいけど、でも知りたくないような気もする。
そういうのは秘密だからいいんだよね。趣があるし。
他に誰もいない二人きりの部屋で、シアちゃんと先生は一体何をしてたんだろうね。……うへへ、想像すると涎がでちゃうよぉ。
「まあ、許可を得たのはボクたちも確認したから、リズリズは安心してもいいと思うよ」
「そうそう、イヴの言う通りだよリズっち! もっと喜んでいいんだよ」
「う、うむ。そうじゃの! 喜ばねばの!」
一万年間封印されてきたリズっちの身体が、ついに自由になるチャンスを得たんだ。
リズっちの心境はわからないけど、ここで喜ばなきゃ嘘だと思う。
その証拠にリズっちも、ぴょんぴょんと飛び跳ねて全身で喜びを表現している。かわいい。あと床になりたい。床になって真下から嬉しそうなリズっちをじぃーっと観察してあげたい。
「おおそうじゃ、礼を言うのを忘れておった。ありがとうなのじゃ、金髪おっぱい!」
「ローレンシア、ですわ。リズリズさん」
そう言ってウィンクするシアちゃん。
「ろ、ろー? ……金髪ロっぱい?」
うん、それだと名前の要素が随分少ないね。ほぼほぼおっぱいだね。
「あの、わたくしの名前がおっぱいに組み込まれてしまっているのですが……」
「まあ待て、焦るでない。ロっぱい、ローレンぱい、ローレンぱア、ローレンシア……よし、覚えたのじゃ!」
「どういう覚え方よそれ」
「赤髪ビビリはうるさいのじゃ。のぅイヴ?」
「ちょっ、ちょっと待ちなさいよ! なんでいつの間にかイヴも名前呼びになってる訳!?」
動揺するフィラちゃんに、リズっちはきょとんとした顔を浮かべる。
「そりゃあ、イヴはリューネの忠臣としては妾の先達じゃからな。敬意を払うのは当然じゃろうて」
「まあ、ボクは忠臣じゃなくてストーカーだけどね。まあ、一つリズリズにアドバイスを贈るとすれば……ストーカーは職業じゃなくて生き様さ。それを忘れないでね?」
全然カッコ良くない! 全然カッコ良くないよイヴ!
なんで無駄に「良いこと言ったなボク……」みたいな顔してるのさ。言葉と表情のギャップが有り余ってるよ。
「おおぉ! なんという素晴らしいお言葉! メモを取るのじゃ!」
「とらなくていいから! ストーカーが増えるのは勘弁してぇええ!」
わたしが欲しいのはご主人様なの! 忠臣でもストーカーでもないからっ!
「まあ、そういうことじゃ赤髪びびり」
全然納得できないけど、リズっちの中ではそういうことらしい。
まあ、仲がいいのはいいことだよね。うん、そう思おう。
だけど、フィラちゃんは面白くなさそうな顔をする。
どうしたんだろ? ぺろぺろされたいのかな?
「あたしだけ名前呼びじゃない……」
っ!? も、もしかして、拗ねてる!?
「拗ねてるフィラちゃん、なんて愛おしいの……」
「べ、別に拗ねてなんかいないわよ……」
そう言いながら口を尖らせるフィラちゃん。
~っ!
素直になりたいけど素直になれないその感じ、この上なく尊いよ! ああ、ぱくって食べちゃいたい……!
「はぁ、はぁ……鼻血でそう。ちょっと舐めてくれるかなフィラちゃん」
「良くあたしが了承すると思えるわよねあんた」
「ボクでいいなら舐めるけど?」
「あ、イヴさんは大丈夫です」
「なんで敬語!?」
だって怖いもん。鼻血を舐めたついでにわたしの鼻をもいでいきそうじゃんイヴって。
それでショーケースとかにいれて飾って楽しみそうじゃん。そんなの怖いよ……。
「まあまあ、お主らは落ち着くのじゃ。それと、赤髪びびり。そうじゃな……うん、封印が解けたら名前で呼んでやろう。じゃから拗ねるでない。な?」
「……それならいいわ。あたしの名前を呼ばせてやるんだから」
フィラちゃん健気! 尽くすタイプ! かわいい!
「さあ、行こう皆! リズっちの封印を解いて、フィラちゃんが名前で呼ばれるために!」
「あたしのことは言わなくていいのよ!」
そう怒るフィラちゃんの肩に、ぽんぽんと手を乗せるシアちゃん。
そして柔和な顔で言う。
「そんなこと言って、本当は言ってほしいんじゃありませんの? 弄られて快感を覚えているのでしょう? 大丈夫、わたくしはフィラリスさんのことをちゃんとわかっていますわ」
「リューネ。ローレンシアが変わったの、あんたの責任だからね」
「凄い素質……さすがシアちゃん!」
まさか素質を開花させて二日目でフィラちゃんにもS心を発揮できるなんて、すごすぎる。普通は自分をご主人様だと思っている人以外には発揮しにくいはずなのに。
この調子でどんどんとS心を育んでいけば、いずれその刃はわたしをも貫くことになるだろう。
ああ、その時が楽しみ! わたしはシアちゃんのこと応援してるからね!
そしてやってきた六角館の地下、封印の岩穴。
わたしたちの前を、大きな岩が塞いでいる。
最初に訪れたときは気が付かなかったが、よく見ると岩には細かい文字が所狭しと記されていた。
記された文字は岩全体を這いずる蚯蚓のような文様になっていて、少し気味が悪い感じだ。
「この岩を壊せば、奥にリズっちの本体がいるんだよね?」
「そうじゃな」
一万年間も封印されていただけあって、リズっちの表情は若干固い。
でもそれももう少しで終わる。封印が解けたら、いっぱいぺろぺろしてあげるからね!
「じゃあ、わたし魔法撃つよ? 本気で行くから皆気を付けてね」
わたしは皆に声をかける。
今、わたしは一人で大岩と向かい合っていた。
岩の前に一人立ち、わたしは魔力を練り上げていく。
「むむむぅ~……ぬううー!」
全力全開、わたしの中にある魔力を全部この一撃に込める!
魔力を凝縮、凝縮、そして凝縮……よし!
「いっくよー!」
手のひら大に収まった土の塊。それを目の前の大岩目掛けて飛ばす。
ごめんね岩さん。あなたにはわたしを押し潰してほしかったけど、これもリズっちのためなんだ。
超高密度の魔力で生成された土の塊は、その大きさとは不釣り合いなエネルギーを伴って大岩と衝突した。
わたしの土魔法と封印の大岩――二つの激突によって、空気が破裂したような音が岩穴に響き渡る。
「いっけえええええええっ!」
もくもくと上がる土煙が晴れたとき、わたしの前から大岩は消えていた。
「や、やった……!」
「リューネ、すごいわ! 成功よ!」
「凄いですわ!」
「驚きだよ。すごいや!」
わたしの周りに皆が寄ってきて、わたしを褒めてくれる。えへへ、一人くらい貶してくれてもいいんだよ?
でも、今の主役はわたしじゃない、リズっちだ。
「これでリズっちにいっぱいぺろぺろできちゃうぞー? 覚悟してよねリズっち! ……あれ、リズっち?」
さっきまでいたはずのリズっちの姿がない。
キョロキョロと辺りを探ると、洞窟の奥にリズっちらしき人影がいるのが見えた。
そうか、霊体から肉体に戻ったんだね。びっくりしちゃったよもう。
「リズっち! リズっちのファーストぺろぺろ、わたしがいただくよ!」
それを見つけるやい否や、わたしはリズっちの元へと一目散に走りだす。
「いざ、覚悟――」
「来るでないっ!」
そんなわたしを、リズっちは険しい声で一喝した。
その声の厳しさにわたしは足を止める。
「あ、ご、ごめん。そんなに嫌だった? ごめんねリズっち……」
「……妾に、近づくな」
そんなに嫌だったのだろうか。
気持ちに気づけないなんて、わたし、友達失格だ……。
とその時、リズっちがふらりと倒れかけた。
「リズっち!? だ、大丈夫!?」
心配でさらに数歩近づいたわたしは、やっとリズっちの異変に気が付く。
尋常じゃない汗、苦痛に歪む顔、奮える脚。どう考えても普通じゃない。
「魔王め、封印が解かれたときのことまで考えておったとは……。妾に近づくな……逃げるのじゃ、皆……」
リズっちは痛みに震える声で、わたしたちにそう警告した。




