26話 豹変
「今回のセリア先生の件、わたくしがなんとかいたしますわ」
そうシアちゃんはわたしたちに言う。
「任せていいの?」
正直わたしではどうしたらいいかわからない状況だけど、それでもシアちゃんに丸投げしてしまうのはいかがなものなのだろうか。
そう思ってしまうわたしに、シアちゃんは答える。
「はい。リューネさんのおかげで最近自分に自信が持てるようになりましたの。今回はわたくしが一番適任だと、わたくしの本能がそう叫んでおりますわ」
「そこまで言うなら、ローレンシアに任せてもいいんじゃない? あたしたちじゃどうすることもできないしね」
「ボクもいいと思うよ。ローレンシアはやる時はやる子だって、ボクは知ってるから」
「ほ、褒めないで下さいまし。照れてしまいますわ」
くねくねと腰を左右にくねらせるシアちゃん。かわいい。
「セリア先生、お話がありますの。どうか中へ入れてくださいませんか? わたくしだけしか入りませんから。お願いいたしますわ」
そう扉越しに先生に問いかけるシアちゃん。
扉の向こうから返事が返ってくることはなかったが、代わりに扉の鍵がガチャリと開く音が聞こえた。
「では、皆さんはここで少し待っていてください」
そう言い残し、優雅な動作でシアちゃんは扉の中へと入っていく。
残されたわたしたちは、扉の前で目線を交わし合った。
「ローレンシア、一体どんな考えがあるのかしらね」
「わからないけど……わたしたちには待つことしかできないよね」
「大丈夫、きっとローレンシアならやってくれるよ」
「うん、そうだよね。じゃあなるべくいつも通りでいよう。その方が精神的にも楽だし。……ということで、イヴにぺろぺろ攻撃~!」
わたしはガッとイヴの肩に掴みかかる。
イヴの華奢な肩は、わたしの小さな手でも充分掴むことができた。
ちろちろと舌を出しながらイヴの顔に接近するわたし、そして――
「なーんちゃって」
わたしはパッと両手を離した。
さすがにこの状況で本気でぺろぺろしようとなんてしないよ。
ただこれで、ちょっとは空気が軽くなるといいんだけ――あれ、なんかイヴの様子が変なような?
「寸止めなんてひどいじゃないかぁ……! 舐めて! 早く舐めてよ!」
「ひいぃ!? 怖い! 目が怖いよイヴ!」
いつの間にこんな病状に……どうしてこんなになってしまったのさイヴ!
恐怖を抱いて後ずさりするわたしに、イヴはじりじりと詰め寄ってくる。
こ、怖すぎるよぉ……!
そして肩を掴まれ、わたしは為す術もなく――
「なーんてね、冗談だよ。驚いた?」
……へ? 冗談?
少し間をおいて、わたしはその言葉の意味を理解する。
どうやらイヴも場を和ませるための演技をしていたようだ。
なんだ、よ、よかったぁ……。
「驚いたというか、ついに行ってはならないところまで行っちゃったのかと思ったよ……」
というか、演技と本気の違いがまったくわからない……。
完全に本気で舐められにきてると思った。
まさか舐めて欲しいと迫られるのがこんなに怖いなんて、わたし知らなかったよ。
「あ、でもこれは貰っておくね?」
そう言ってわたしに桜色の髪の毛を見せてくるイヴ。
い、いつの間に……? 抜いたの? それとも拾ったの?
困惑するわたしの前で、イヴはわたしの髪の毛を大事そうに小袋に仕舞い込む。
「これで百三十六本目……ふふふ」
「ふぇ、フィラちゃんどうしよう! イヴが怖い!」
「安心しなさい、あたしからしたらあんたも充分怖いから」
なんでそういうこと言うのフィラちゃん!
そんなこと言ってると耳に息吹きかけちゃうんだからね!
フィラちゃんに可愛い声出させちゃうんだからね!
「また碌でもないこと考えてるでしょあんた」
「なんでわかったの? ……ハッ、もしかして以心伝心!?」
わたしたち、互いの思ったことがわかるようになっちゃったんだ!
「リューネと心と心で繋がれるなんて……ボクはフィラリスに嫉妬を覚えるよ」
「あんたたち絶対おかしいわよ……」
フィラちゃんはげんなりした顔でそう嘆いた。
そしてそれから十数分後。
あまり騒ぎすぎてもいけないと思ったわたしたちは、シアちゃんがでてくるのを黙って待っていた。
ギィッと扉が開き、中からシアちゃんがでてくる。
「どうだったシアちゃん!?」
そう問うわたしに、シアちゃんはにっこりと上品に微笑んだ。
「無事、成功しましたわ」
おおぉ! さすがシアちゃん!
「さあ先生、出てきてくださいませ?」
シアちゃんがそう部屋の中に声をかけると、中からセリア先生がでてくる。
……んん? セリア先生、なんだか随分ととろんとした眼をしているような……。
「生徒の皆さんの前で錯乱してしまってお恥ずかしい限りです。ご迷惑をおかけいたしました……」
だがそんな違和感とは裏腹に、先生は申し訳なさそうにわたしたちに頭を下げてくる。
特に変わった様子は見られない……まあ、さっきのは見間違いってことかな。
そう思ったわたしの耳に、続く先生の言葉が入ってくる。
「お詫びになるかはわかりませんが、ローレンシアさんの言うことには全て従おうと思っています」
……はて? はてはて?
「よしよし、良く言えましたわね先生。ご褒美ですわ」
状況が掴めないわたしたちの前で、先生の足をぐりぐりと踏みつけるシアちゃん。
「ああぁ、ありがとうございます! ありがとうございます!」
踏まれた先生は、怒るどころかとても気持ち良さそうな顔で頬を赤らめていた。
「……リューネ、イヴ。これは夢よね? 悪い夢よね?」
フィラちゃんが自分の頬をつねる。
「夢だと思いたいところだけど、リューネの髪の毛の匂いまで嗅げるんだ。……多分、夢じゃない」
その判別方法はどうなのかな。
なんにせよ、この状況が指し示す事実は一つしかない。
「シアちゃんの素質が完全に開花したんだ……!」
「どういうこと? ボク全然ついていけないんだけど」
イヴとフィラちゃんは、感謝の言葉を述べる先生を口を開けながら見ている。
「シアちゃんのご主人様としての才能と、先生のペットとしての才能が噛み合ったんだよ! すごい、羨ましい!」
わたしには適性がなかったシアちゃんのご主人様としての才は、きっと先生にぴったりなものだったんだ!
そんな風にわたしが納得している間にも、まだまだシアちゃんの快進撃は止まらない。
「全く、生徒に足を踏まれてそんなにだらしない顔するなんて、教師失格ですわね」
「ああ、私は教師失格です! ごめんなさいっ! 駄目な教師でごめんなさいっ!」
「いくら慰めても聞く耳を持たなかったのに、踏まれただけでそんなに嬉しそうな顔するんですのねぇ?」
先生を冷たい目で見下ろしながらくすくすと笑うシアちゃん。
「そんなダメな子には、もっとキツイおしおきをしなきゃですわ」
「おしおき……! お、お願いします! 私におしおきしてください!」
凄い、シアちゃんも先生もとっても楽しそう……!
「はぁあ……! とっても素敵!」
「いや、これ素敵なの?」
どうみても素敵でしょ!?
おめでとう、シアちゃん、先生! 末永くお幸せに!
わたしの胸は祝福の気持ちでいっぱいになったのだった。
そして帰り道。
シアちゃんと先生はまだまだプレイを楽しみたいということで、わたしたちだけ先に帰ってきている。
わたしはといえば、帰り際シアちゃんに言われた「ご主人様としての自信が持てたのはリューネさんのおかげです、いくら感謝してもしきれないくらいですわ」という言葉を思い返して頬を緩めている。
人の役に立つってこんなに清々しい気持ちになれるんだね。
それにしても二人とも、あんなに幸せそうな顔して……。
「あれこそあるべき教師と生徒の関係だよねー」
「絶対違う。それは絶対に違うから」
どうやらわたしと二人との間には見解の相違があるみたい。
ともかく、これで学園側の許可は取れた。
シアちゃんの命令はなんでも聞いてくれるって言ってたし、封印の岩穴の封印を解くことも間違いなく了承してくれるだろう。
そうなると……うん。あとは、リズっちの封印を解くだけだ。




