表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/62

19話 長湯はほどほどに

「……変態少女、お主まさか妾の姿が見えるのか!?」

「え、うん。見えるけど……」


 半透明だけど見えることには変わりない。

 この子は何をそんなに驚いているのだろうか。

 そんな疑問を持つわたしに、フィラちゃんが声をかける。


「ねえリューネ。あんた……誰と話してるの?」


 え、何それどういう意味?

 なんでそんなにビクビクしてるのフィラちゃん。

 ちょっと待って、もしかして……。


「皆、見えないの!?」


 わたしは名前も知らない幼女を指差す。

 すると、フィラちゃんは耳を塞いで蹲ってしまった。


「ちょ、ちょっと! 怖いこと言うのやめなさいよ!」


 その横で、イヴとシアちゃんがなにやら分析を始める。


「ボクが思うに、リューネはきっとフィラリスを驚かせるためにわざと怖いことを言いだしたんじゃないかと思うんだよね」

「その線は充分あり得ますわね……。なにせ、リューネさんですし」


 わたしの信頼度、低くない!?


「ええっと、リューネさん。頭は大丈夫ですか?」


 先生にまで頭のおかしい子扱いされた!

 ちょっと待って、じゃあこの半透明な幼女は先生にも見えてないってこと!?


「お主、頭大丈夫か心配されとるな。可愛そうに……」

「あなたのせいですけど!?」


 わたしが声を上げると、わたしとこの子意外の皆がビクリと肩を動かす。

 あ、本当に見えてないんだ。


「カッカッカッ。とりあえずここは黙っておいた方がいいのじゃ。お主もこれ以上変な子扱いされて冷たくされくないじゃろ?」

「ちょっとされたい」

「えぇぇ……。妾引くわぁ……」


 なんか引かれた……。






 そんなこんなで初めての特進クラスの授業も終わり、放課後。


「じゃあフィラちゃん。わたしお風呂入って来るねー」

「ん。いってらっしゃい」


 フィラちゃんはひらひらと手を振る。

 いつもならそのままお風呂へと入るところだが、今日のわたしは一味違った。


「……じー」


 脱衣所の手前で立ち止まり、廊下からフィラちゃんを眺め続ける。

 最初はわたしのことなど気にも留めていないフィラちゃんだったが、十数秒もすれば我慢ならないといった様子でこっちを向いてくれた。こういうところが優しいよね。


「……何? どうかした?」

「のぞかないでね?」

「誰が覗くか!」


 ちらりと衣服をはだけさせたわたしにそう言い返してくる。

 でもちょっと顔が赤くなってるところが胸キュンポイントですね。


「でへへ、ごちそうさまです」

「い、いいからはやくお風呂入んなさい!」

「はーい」


 フィラちゃんの赤面顔を拝めたわたしは、何の憂いもなくお風呂へと向かう。




 お風呂に入ったわたしは、身体を洗ってから浴槽へと入った。

 体の芯から温まっていく感覚に、思わず息が漏れる。


「あぁんっ」

「どんなくつろぎかたじゃお主」


 わたしに呆れ顔で突っ込みを入れたのは、昼間の幼女だ。

 綺麗な金髪と紅い瞳をしている。


 この子、あれからずっとわたしの後をついてきていた。完全にストーカーである。

 だけど今一番大事なのは、この目の前にいる半透明な幼女が壁抜けできることってところだ。

 とても素晴らしい力だ。是非わたしもほしいところである。


「で、あなたは誰なの?」


 わたしが質問すると、幼女はぱぁっと顔を明るくする。


「おお、やっと反応してくれたのじゃ! あれきり反応してくれないもんじゃから、てっきりもう見えなくなってしもうたのかと思っていたが、杞憂だったようじゃな!」


 なにその反応、かわいい。

 ちょっ、ちょっと笑顔がかわいいからって、調子に乗らないでよね!


「ここでなら話しても大丈夫だよ。変に思う人もいないし」

「そうかそうか。……しかし、よりによってなんで風呂なんじゃ?」

「仕方ないじゃん、お風呂以外は基本フィラちゃんと一緒だし。フィラちゃんにこれ以上心配かけるわけにはいかないもん」


 部屋でもわたしが一人で虚空に向かってしゃべってたら、フィラちゃんの心労がマッハだからね。

 この子と誰にも不審がられずに話すためには、消去法でお風呂しかなかった。


「それで、あなたは誰?」


 わたしの質問に、幼女はふふんと自慢げな顔で胸を張る。


「妾はリズリズ。リズリズ・ぺトラリュリュシカ・マトリョーシカじゃ!」

「リズリズね。わたしはリューネだよ。それで、リズリズは幽霊なの?」

「幽霊?」


 首をひねるリズリズ。


「だって半透明だし、幽霊かなって思ったんだけど……。違った?」

「ああ、お主からは半透明に見えておるのか。妾は幽霊というか、まあ……思念体のようなものじゃ」

「思念体……」

「今日の昼、『封印の岩穴』に行ったじゃろ? あそこに封印されておるんじゃ、妾」

「……えええええぇぇぇっ!?」


 すっとんきょうな顔であっけらかんと凄いこと言ってないこの子!?

 封印の岩穴に封じられてるってことはつまり……!


「リズリズって魔族じゃん!」

「魔族じゃな」


 さも当然かのようにリズリズは首を縦に振る。

 まさかリズリズが魔族だなんて。


「すごい、わたし魔族初めて見たよ! こんにちは!」

「こんにちはってなんじゃ……」


 だって、まさか魔族に会えるなんて思ってもみなかったから。

 どうしよう、記念にぺろぺろさせてもらおうかな。

 あ、でも思念体じゃぺろぺろできないか……。

 くそっ、なんてこった! この世は腐ってる!


「なんで頭を抱えておるのかはわからんが……お主についてきたのは、用があったからなんじゃ」


 うん、そりゃそうだよね。

 何の用もなくついてきてたらそれはもうストーカーだもん。

 ストーカーとはちょっと違うけど、もうイヴがいるからその枠は間に合ってるし。


「用って何?」

「できればもう少しゆっくり話せるところで話したいのじゃが……」


 リズリズはお風呂場を見回して言いよどんだ。

 どうやら真面目な話のようだ。

 たしかに真面目な話はお風呂じゃしにくいかもしれない。

 だけどお風呂以外では常に誰かがそばにいるし……。


「……ねえ、それってさ。皆に聞かれたらまずい感じのこと?」


 聞かれてもいいなら方法はある。

 わたしがリズリズの言っていることを代弁すればいいんだ。

 そうすればリズリズの存在も信じてもらえるし、わたしも不審がられない。

 最良の方法だと思う。

 リズリズはわたしの提案を唇に指を当てて考え込む。


「今日の者たちなら……まあ、大丈夫かの。話はある程度聞かせてもらったのじゃ。彼奴らは優秀なこの学園の生徒の中でも、さらに優秀な者たちなんじゃろ?」

「うん。じゃあ明日集まって、皆で話聞くよ」

「あいわかった。じゃあもう話は仕舞いじゃ。早く上がらんとのぼせるぞ?」


 そう言ってさりげなくわたしを心配するリズリズ。

 気遣いのできる子ってわたし良いと思う。ご主人様には耐えられるギリギリのラインを見極める力が必要だもんね。

 多分この子もいいご主人様の素質を持ってるよ。侮れないね、リズリズ。

 それはそうと……。


「……ねえねえ、リズリズ」

「ん、なんじゃ?」


 風呂場を通り抜けようとしていたリズリズは、わたしの声に振り返る。

 その格好は黒と赤のゴスロリだ。


「リズリズはお風呂でも服着てるじゃん」

「まあ、そうじゃな。妾が風呂に入るわけではないしの」

「わたしは裸じゃん?」

「そうじゃな」

「……これはいい羞恥」

「んん?」


 自分の裸を見られて、しかも見ている側が服を着ているというこの状況……天国というほかないよね。

 わたしは今この瞬間のために生まれてきたのかもしれない。


「もっと見てリズリズ……! もっと、もっとぉ……っ!」

「お主相当頭やばいな」


 ああぁぁぁっ!

 その呆れ果てたような顔っ! ありがとうございますっ! ありがとうございますっ!

 あ、興奮しているうちに頭がぼーっとしてきた。もしかして、のぼせたかも……?


「でもわたし、もう悔いはないよ……」

「おい!? 何を安らかな顔で目を閉じておる! 死ぬぞ!?」


 リズリズがわたしを揺すって起こそうとするが、いかんせんリズリズは思念体。

 リズリズの細く白い手は、わたしの身体をすり抜ける。


 ああ、わたしはここで生涯を終えるのか。

 でもまあ、良い人生だったかな……。

 とその時、お風呂場の外から声が聞こえた。

 聞き慣れた凛とした声……フィラちゃんの声だ。


「あんた、さっきからお風呂でうるさいわよ? こっちにまで響いてきたわ」

「フィラちゃん、今までありがとぉ……」


 わたしはもう駄目だ。

 興奮しすぎた上にのぼせたせいで、頭がくらくらする。


「ちょっと、何言ってるのよ。……え、何よ今のガボッて音。じょ、冗談でしょ? 開けるわよ、いいわね!」


 扉を開けたフィラちゃんは切羽詰まった顔をしていた。

 あ、フィラちゃんがわたしのこと心配してくれてる。

 なんか嬉しい。


「なんでそんな幸せそうな顔で溺れてんのよあんた! 馬鹿じゃないの!?」

「の、のぼへた……。たふへて……」

「ああもう! 仕方ないわね」


 フィラちゃんは服がびしょ濡れになるのも厭わず、のぼせきったわたしを助け出してくれた。


 ベッドに寝かせられたわたしは思う。

 フィラちゃんは本当に優しい人だ。

 こんな人と同室でよかった。

 とてもぺろぺろしたい。そんな思いと共に、わたしの意識は闇に沈んでいった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ