18話 巨大な岩に潰されて
教室を出たわたしたちは、先生に続いて校舎の外を歩く。
「先生、封印の岩穴ってどんなところなんですの?」
「そうですね、先に説明をしておきましょうか」
そう言うと、先生はクラスの名簿を見る。
名前を確認しているようだ。
「まず……ローレンシアさん。ここ王立学園の設立目的はなんですか?」
「優れた人材を集めて育成するための超高等教育機関ですわ」
間髪入れず答えたシアちゃんに、先生はうんうんと頷いた。
「素晴らしい、その通りです。優れた人材ならば他の条件は何もありません。年齢も不問です。とはいっても慣習的に十五歳前後で入学試験を受ける方が非常に多いのですが」
そうそう、わたしも十五歳で入るものだと思ってたもん。
フィラちゃんもイヴもシアちゃんも、わたしたちは皆十五歳だ。
「ではフィラリスさん。なぜこの場所に設立されたかはわかるでしょうか」
「ええっと……まず大前提として王都にあって、それでいて交通の便もわるくないから……ですかね」
フィラちゃんは自信なさげに答える。
わたしもよくわからない。
「そうですね、立地という観点は悪くないと思います。といってもこれは少しいじわるな問題でしたね。多分誰も正解を答えられなかったでしょう。……この学園はですね、地下に封印されている魔族を監視するために創られたのです」
魔族。
その響きに、皆の間に緊張が走る。
魔族っていうと、わたしたち人間と争っている人型の種族のことだっけ。
魔物はみたことがあるけど、人型である魔族は見たことがないからイマイチ実感がわかない。
「王都ができたあと、ここの地下に異常な魔力の塊があるのが発覚しました。それはおそらく魔族の中でもかなりの高レベル。その魔力の塊を監視すべく、初代学園長が私財を投げ打ってここに王立学園を創ったということです。あ、これ一応特進クラス以外の人には口外厳禁なので、そこのところよろしくお願いしますね?」
沈黙するわたしたちに先生は言葉を続け、最後に口元に指を立てた。
うーんと、つまりこの下には魔族が封印されていて、そこに初代学園長が王立学園を創設したってことか。
「あれ、そう言えば今の学園長って誰なんですか?」
わたしは先生に尋ねる。
会ったことない気がするし、顔も知らないや。
わたしの質問を受けた先生は、自分を指差した。
「ああ、私ですよ。私が今の学園長です。知りませんでした?」
……え!?
セリア先生が学園長だったの!?
全然知らなかった……。
「常識だよ、リューネ」
「あんた学園長が誰かも知らずに入学したの? 本当に規格外ね……」
「さすがに少し驚きましたわ」
三人がわたしに言う。
「皆、驚きの方にベクトル引っ張られ過ぎだよ。もうちょっと蔑みの方向を意識してみて」
「蔑みの方向って何よ」
あれ、伝わらない?
もうちょっとこう、ごみを見るような目で見てもらえると嬉しいんだけどなぁ。
「さあ、着きました」
先生が言う。
わたしはその建物を見上げた。
「ここは……」
「そう、六角館。私があなたたちと戦った場所ですね。実は、魔族はこの下に封印されているんですよ」
中へと入り先生が何か呪文のようなものを唱えると、六角館の床が中央でぱっくりと割れる。
その中はかなり暗い。
だけど、先生は躊躇いもなくその中へと飛び込んで行ってしまう。
わたしたちもその後に続いた。
中は洞窟のような構造になっていた。
先生の雷魔法のおかげで周囲は明るく保たれている。
そして数分歩いたところで、先生が立ち止まった。
「そしてこれが、その魔族が封印されている『封印の岩穴』です」
そこにあったのは、巨大な岩だった。
通路を塞ぐ直径十メートルほどの巨大な岩は、わたしたちがこれ以上先に進むことを防いでいた。
そのあまりの大きさに、わたしは少し呆気にとられる。
この岩に押しつぶされたら気持ちよさそぉ~!
絶対息できないよね! うわぁっ、そんなの最高じゃん!
「はぁ……はぁ……っ!」
「どうしたのリューネ。具合悪い?」
息の荒くなったわたしをみかねて、フィラちゃんが背中をさすってくれる。
さすがフィラちゃん、優しい。
「ううん、大丈夫。興奮してるだけだから」
あ、フィラちゃんの目が一気に冷たくなった。
わたしはその決定的瞬間を目撃したよ。網膜に保存した。
「こ、興奮? フィラリスさん、リューネさんは大丈夫なんですか?」
「ああ、この子の持病みたいなものです。心配ありません」
戸惑う先生にそう報告するフィラちゃん。
「フィラちゃんドライ……。でもそれもいい……」
フィラちゃんに見下されながら岩の下で喘ぎたい……。
シアちゃんとイヴと先生にはそんなわたしを嘲笑してほしい……。
……あれ、それってもしかしてこの世の天国じゃない?
「リューネさんはいつもこんな感じなので、封印の岩穴について話を聞かせていただきたいですわ」
「そうだね。リューネってこうなると構うだけ無駄みたいなところあるし」
「~っ!」
ありがとう二人とも! わたしをぞんざいに扱ってくれて、わたしとっても嬉しいよぉ……!
こんな素敵なことされたら、顔が赤くなっちゃうじゃん!
やっぱり持つべきものは友達なんだね!
お父さんとお母さんが友達は大事にしなさいって言った意味が今やっとわかったよ!
「この岩が魔族を封印してるんですか?」
興奮するわたしを放って、フィラちゃんは先生に質問を投げかける。
先生は私をチラチラと見ながら答えた。
「そ、そうですね。しかも抗魔法がかけられてますから、滅多なことでは開けられないと思います。開けるには……そうですね、リューネさんの全力でようやく、といったところでしょうか」
「……あんた、これ壊せるの?」
フィラちゃんが聞いてくる。
「……へ?」
え、何の話だっけ?
興奮しすぎて流し聞きしてた。
そうだそうだ、この岩を壊せるかって話か。
「あ、うーん、どうだろう……。頑張ればいけるかも?」
かかってる魔法も結構強力なものっぽいけど、全力を出せばいけるかもしれない。
まあやってみなきゃわかんないけどね。
「さ、さすがですわね……。わたくしの槍ではこの岩を壊すビジョンが見えませんわ」
「ボクにも到底無理だよ」
「あたしもよ。あたしたちもまだまだってことかしらね。もっと強くなって、リューネに追いつかないと」
「クラスメイト同士で高めあうのはいいことですね。やっと教師らしいことを言えて私は安心しています」
先生が嬉しそうにわたしたちを見る。
先生も色々苦労してたんだね……。
迷惑かけるような人にはもっと怒っていいと思うよ。例えばわたしとか。
先生に怒られて廊下に立たされる……誰もが一度は憧れるシチュエーションだよねぇ。
とその時、不意に真後ろから聞き覚えのない声が聞こえた。
「今年の特進クラスは女子だけなのかえ。ほぉー……しかし皆めんこいのぉ。まあ、妾には敵わんのじゃがな、カッカッカ!」
振り返ると、謎の美幼女が宙に浮いていた。
落ち着いた印象を与える綺麗な黒の長髪に、それとは対照的に燃えるようなワインレッドの瞳。
見た目からして多分年は六歳くらいなのだろうが、それとは不釣り合いなほど妖艶な雰囲気を醸し出している。
そんな幼女がぺったんこな胸を張り、偉そうに笑っていた。
そしてなによりこの子、半透明である。
半透明な人なんて初めて見た。
女の子のお風呂見放題じゃん! あ、女の子なら誰でもでも見放題か。
いや、でも女の子同士でもあんまりジロジロ見るのは失礼にあたるし、そういう意味では半透明の方が……というかこの子、半透明だけど壁とか抜けられるのかな。
それならいいけど、抜けられないならぶっちゃけ半透明の意味まるでないよね。
半透明になるだけじゃなくて、誰にも見えなくなるように調節とかできたらロマンの塊なんだけどなぁ。
透明人間って、誰しも憧れると一度は思うんだよね。
……って、この子なんで半透明なの!?
そんな思考が一瞬にして脳裏を駆け巡った。……大抵いらない情報だった気がする。
「……あなた、誰ですか?」
わたしは幼女に尋ねる。
すると、幼女は小さな口をあんぐりと開けて固まった。
「……変態少女、お主まさか妾の姿が見えるのか!?」
え、うん……というか、変態少女って誰のことですか? もしかしてわたし?




