16話 ねじの外れた二人
「はぁっ、はぁっ……!」
荒い息を漏らしながら太陽の下を走る。
わたしの身体は寮へと向かっていた。
皆が受かったのかどうか、早く知りたいと思ったからだ。
寮へとたどり着いた私は廊下を駆ける。
そして部屋の前でキキッと立ち止まり、勢いよく扉を開けた。
靴、三人分ある!
ってことは、シアちゃんとイヴもいる!
視界の隅で確認したわたしは部屋へと駆けこむ。
「あらリューネ、おかえり」
「ただいまフィラちゃん! それで皆、試験どうだった……!?」
わたしの質問に三人の表情が変わる。
その変化が何よりの答えだった。
「えへへ」
「むふふ」
「にひひ」
三人は顔を綻ばせる。つまり――
「受かったんだね、おめでとぉー!」
わたしはぴょんぴょんとその場で飛び跳ねた。
喜びが身体から溢れてわたしの身体を跳ねさせるのだ。
皆努力してたもんね~! おめでとうおめでとぉ~っ!
わたしは飛び跳ねながらフィラちゃんに飛び込む。
フィラちゃんはガシリとわたしを抱き留めてくれた。
あ、フィラちゃんの匂いだー。
「すんすん、すんすん」
「ちょっ、匂い嗅ぐのやめなさいよっ!」
「うーん、あと三十分」
「やめる気ないでしょあんた」
「まったく……」と言いながら、フィラちゃんはわたしを引きはがす。
力ではフィラちゃんに敵わない。
この細腕の一体どこにこんな力があるのだろうか。
二の腕をつんつんするとぷにぷにした弾力が返ってきた。マシュマロみたいで気持ちイイ……。
「あんたも受かったんでしょうね。まあ心配はしてないけど」
「うん、受かったよ!」
おめでとうの言葉が三方向からわたしに浴びせられる。
喜んでくれて嬉しいけど、一人くらい調子に乗んなとか言ってくれるとわたし小躍りするよ。
どう? わたしの小躍り、見たくない?
「ボクたちずっとそわそわしてたんだよ。リューネなら絶対受かると思ってたけど、一発勝負の試験は何があるかわからないから」
「でも、その中でも一番そわそわしてたのはフィラリスさんですわよね。ものの五分でカップ三杯分の水を飲んだり、剣の手入れをした後また同じ剣の手入れを始めたり」
「そ、それは言っちゃ駄目でしょローレンシア!」
フィラちゃんがシアちゃんの口を覆うけど、もう遅い。
「ふーん……。フィラちゃん、わたしの心配してくれたんだぁ」
わたしはにやにやとフィラちゃんに言う。
フィラちゃんは唇を尖らせ、ぷいっと横を向いた。
「……当たり前じゃない。だって、リューネはあたしの友達だもん」
的確にわたしをきゅんきゅんさせてくるよねフィラちゃんは。
聞こえるか聞こえないかの声で呟くその感じも、頬をかあっと赤く染めるその感じも、全てがわたしをきゅんきゅんさせるよ。
わたしの小躍りよりもなんかよりフィラちゃんのこの顔の方が何倍も見る価値あるね、間違いない。
わたし、眼福ですっ。
「でも四人全員が受かるなんてすごいですわよね。わたくしは今とても自分とあなたがたが誇らしいですわ」
「あたしたち、天才なのかも」
「ボクが思うに……天才なんじゃないかな!」
皆凄い浮かれようだ。
無理もない、全員受かるなんて間違いなく凄いことだろうから。
「三人とも凄いよ! 戦いの才能も、ご主人様の才能もあるなんて!」
「後の方の才能はないわよ!?」
「またまたー」
わたしはつんつんと肘でフィラちゃんを打つ。
謙遜なんてしなくていいのに、フィラちゃんったら謙虚なんだからぁ。
「わ、わたくしにもご主人様の才能があるんですの……!?」
「うん、あるよ。でも残念なことに、シアちゃんはわたしのご主人様としての素質はあんまりよくないと思う。本当に残念なんだけど。だから違う召使い?ペット?……そんな感じの人を見つけてね!」
そうすればシアちゃんの才能が日の目を見るから!
「……ちょっと探してみましょうか」
「ローレンシア!? あんたはこっち側の人間でしょ、戻ってきなさい!」
「……ハッ! ありがとうですわフィラリスさん。わたくし危うく奈落の闇に飲み込まれるところでしたわ……!」
ぶるぶると身体を震わせるシアちゃん。
でもその認識は間違いだ。
「奈落どころか天国だよ? ご主人様になれば、召使いになった人の眼球をぺろぺろしていいんだよ?」
「天使みたいな顔でえげつないこと言うのやめなさい」
こてんと小首をかしげたわたしに、フィラちゃんはそう言ったのだった。
「あ、そうだ」
合格の余韻も冷めてきた頃、イヴが声を上げる。
「今度人形を作ろうと思うんだけどさ」
「人形?」
「うん。それで相談なんだけど」
「何でも言って。出来る限り協力するから!」
今日は皆合格して気分がいいし、大抵のことは協力しちゃうよ!
ぺろぺろしろと言われればすぐにでもする!
そんな思いでニッコリと笑う私を見て、イヴは顔をぱあっと明るくさせる。
「本当かい? じゃあ、髪の毛を少しくれないかな」
「……? ……え、今なんて?」
髪の毛? 髪の毛って言った?
変だな……イヴは今まで床に落ちた髪は拾っても、直接わたしにねだるようなことはなかったのに。
不審に思ってイヴを見るが、イヴは飄々とした態度を崩さない。
強いて言えばお願いすることに少し申し訳なさそうな顔をしているだけだ。
にしても、一体なんで髪が必要なんだろう……?
イヴは疑問に思うわたしの前で口を開いた。
「ごめんね、今までに溜めた分じゃ足りないんだ。人形の髪を全部リューネの髪にしたいと思ってるから。リューネの髪の毛を使った手作り人形……素敵だと思わないかい?」
「ひぇぇー!」
発想が完全にねじ外れてるよぉー! 怖いぃー!
「えへへ……」って照れ笑いしてるイヴかわいいー! でも怖いー!
「イヴさんはもうわたくしの手の届かない領域まで到達してしまったのですね……」
「本人に対して直々に頼み込むところが凄いわよね。真似したいとは思わないけど」
シアちゃんとフィラちゃんがそう感想を言う。
ひ、日の目を見ない方がいい才能もあるんだね。わたし、覚えた。
「それで、どうかな? 髪の毛くれる?」
「髪の毛はごめん……」
「そっか……いいんだ、ボクのわがままだったから。皆そろって特進クラスに受かったせいで、ちょっと浮かれ過ぎちゃったよね。……ごめん」
こちらリューネ。なんだか罪悪感が凄いです。
イヴは落胆を隠しているつもりだろうが、バレバレのバレバレである。
無理に作っている笑顔が余計痛々しいです。わたしの良心にダイレクトアタックはいってます。
というかこの子はわたしの髪にどれだけ心惹かれてるの?
ただの髪だよ? 普通の人の髪となんら変わらないよ?
でも、せっかくのこんなおめでたい日に落ちこまさせたままじゃ駄目だ!
なんとか喜んでもらえるようなことをしないと……喜んでもらえること、喜んでもらえること……。
「イヴ!」
「……なんだい?」
「元気出してイヴ! イヴの全身を、わたしが舌で掃除してあげるからっ!」
これなら絶対元気がでてくれるはず!
わたしも嬉しい、イヴも嬉しい。WIN-WINの関係だ。
ね、イヴ?
「いや……リューネ、それはちょっと……」
「え、引かれた!?」
わたしの髪の毛を人形に使おうとした人に引かれたのわたし!?
混乱しながら、わたしはフィラちゃんとシアちゃんの方を振り返る。
二人ならどっちがおかしいか判断してくれるはずだ。
「どっちもどっちよ」
「どっちもどっちですわ」
二人は揃ってそう言ったのだった。
そ、そんなぁ~。




