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15話 先生と生徒の禁断の関係

 特進クラスに入る試験を受けるためにやってきたのは、普段は使われていない建物だった。

 上から見ると六角形になっているらしく、『六角館』と言われている。


 ギギギッと扉を開けると、中には順番待ちの列ができていた。

 その最後尾に光る白銀の髪、あれは……イヴだ!


「イヴ!」


 わたしはイヴに駆け寄り、その勢いのまま抱き着く。


「リューネ、早かったね」

「うん、魔法を撃つ前に合格になっちゃったから」

「相変わらずの規格外だねキミは」


 わたしだってビックリだよ。

 まさか戦わずにAクラスになれるとは思わなかった。

 わたしは列の前の方に首を伸ばす。


「あの中でやってるの? ん~っ……見えないねー」


 六角館の中心は白い半球体で覆われており、試験の様子は見ることができないようだ。

 首をしきりに伸ばすわたしに、イヴは言う。


「なんでもこの国きっての女傑『蒼姫』が直々にボクたちの力を計ってくれるんだってさ。光栄だよね」

「あおひめ……?」

「……もしかしてリューネ、知らない?」


 問いかけてくるイヴに、わたしはニヤリと口の端を上げた。

 そして無言でイヴの瞳を見つめ返す。


「それはどっちの笑顔なのさ」

「知りません。蒼姫って誰ですか」


 ちょっと聞いたことないですね。


「じゃあ今の笑みはなに?」

「なんとなく笑ってみたよ。笑顔でいると楽しいでしょ? 贅沢を言えば、笑っている時にビンタしてくれると楽しさマシマシなんだけど」


 わたしは頬をイヴに向ける。

 そしてぷくっと膨らませ、指でつんつんと突いた。

 さあリューネ、ここにあなたのビンタをお見舞いして!


「……キミはこんな時でもマイペースだね。さすがリューネだよ」


 そう言って、イヴは蒼姫について教えてくれる。

 なんでも蒼姫と言うのは魔法だけでなく剣術、槍術、斧術なども扱える、いわゆる魔法騎士らしい。

 武器と魔法の両方の才能が必須な魔法騎士の中でもっとも優れていると言われている人、それが蒼姫という人なのだそうだ。


「じゃあ、凄い人なんだね」

「凄いなんてもんじゃないよ。あんな超一流の人と戦えるなんて、ボク夢みたいだ。この学園に入ってよかった……!」


 イヴがこんなに喜ぶほどなんだから、相当凄い人みたいだ。





 そんなことを言っている間にどんどんと番は進み、今はもうイヴの番だ。

 次はわたしの番……緊張まではいかないけど、ちょっとソワソワしてしまう。


 白い膜でできたドームの中は、見ることはおろか音を聞く事すらできない。

 一番近くにいても、中で何が起きているかは全くわからなかった。


「次の人、どうぞ中へ」


 しばらくして、中から優しい女の人の声が聞こえた。

 蒼姫っていうくらいだから、そりゃ女の人だよね。


 わたしは白い膜にぬぷりと身体を突っ込む。

 そこを潜り抜けると、中は外となんら変わらない空間が広がっていた。

 半円の広さは直径二十メートルくらい、戦うには十分な広さだ。


 そしてその真ん中に、綺麗な蒼の髪をしたお姉さんが立っていた。

 腰まである長い髪と透き通るような皮膚。

 男の人なら誰もが目を奪われ、女の人なら誰もが羨む完璧な体形。

 澄ました顔つきながら、どこか少女のようなあどけなさも感じさせる。

 目の前のお姉さんは、まさに美女という言葉を具現化したような存在だった。


「初めまして、試験官を務めさせてもらうセリアです。お名前をどうぞ」

「あ、りゅ、リューネです」


 わたしは口ごもりながら答える。

 こ、こんなに美人なんて聞いてない!

 第一線で活躍してたっていうからてっきり筋肉の鎧を纏った人でも出てくるのかと思ったのに、なんですかあのわがままボデーは! けしからんですよ! ありがとうございます!


 ……あれ、でもこの人……?

 お姉さんの顔と身体を凝視していたわたしは、少し遅れてあることに気が付く。

 わたし、このお姉さんとどこかであったことがあるような……。


「どうしました? 私の顔に何かついていますか? ……あら?」


 どうやらあちらにも引っ掻かるところがあったようだ。

 わたしとお姉さんは二人そろって首をひねり、そして同時に思い出した。


「あの時の入学試験の人!」

「あの時の魔力珠の人!」


 そう、入学試験の時の試験官がこの人だったのだ。

 あの時は魔力珠、全部壊しちゃったんだよね。

 悪いことしたなー。

 だけどお姉さんはそれを気にするそぶりも見せず、わたしを見てうんうんとひとり頷く。


「やっぱり来ましたか。一目見たときから、あなたはここまでは来れる人材だと思ってたんですよ。私の勘もなかなかどうして捨てたもんじゃないですね」

「お褒め頂きありがとうございます」


 わたしは頭を下げる。

 この人のことは知らなかったけど、雰囲気だけで強いのは痛いほど伝わってくる。

 そんな人に評価してもらえていたのは光栄だった。


「でも、なんで受付にいたんですか?」


 わたしは知らなかったけど、この人有名人なんだよね?

 だったらなんであんな試験官なんてやっていたんだろう。

 そんなわたしの疑問に、セリア先生はぴんっと指を立てながら答える。


「あの時はちょっと男の子を漁ってたんですよ」


 なにそれ怖い。


「私にはもう時間がないですからね。もう二十五歳……そろそろ周囲の目が厳しくなってきたんです。同期はもう皆結婚してしまいましたし。ヤバいです。ヤバヤバです」


 セリア先生は深刻な表情で続ける。


「ありがたいことに『蒼姫』なんて呼ばれてはいますが、私には彼氏の一つも出来ません。このままじゃ結婚できないまま、蒼姫じゃなくて蒼おばさんになってしまいます。ああ神様、なぜあなたは私にこのような試練をお与えになるのですか……」


 よくわからないけど、大変そうだ。


「それにしても、よく気が付きましたね。私あの時、騒ぎにならないように適度に認識疎外の魔法を使っていたんですが」

「そりゃ気が付きますよぅ。こんな綺麗なお姉さん滅多にいませんもん」


 わたしは先生に笑いかける。

 お姉さんはわたしを見てぽつりと言った。


「もしあなたが男の子だったらこの時点で合格にするところでした。危ない危ない……」


 ……この人、試験官として大丈夫なんだろうか。


「さて、それではやりますか」

「あ、はい。よろしくお願いします」


 こんな感じの始まり方なんだ。

 なんかもっときちっと始まるのかと思ってた。


「初手はリューネさんからどうぞ」

「わかりました」


 真剣勝負ではなくあくまで試験の場、そういうことだろう。

 ならわたしはその大きな胸を……じゃなくて、胸を借りるだけだ。


 わたしはむぅぅ、と魔力を練り上げ、魔法を形作っていく。

 セリア先生は凄い人みたいだし、遠慮はいらないよね?

 でも避けられたらまずいから……うん、このくらいかな。

 わたしは全魔力の半分くらいを魔法にぎゅぎゅぎゅっと詰め込む。


 そうして作ったのは雷魔法だ。

 先生は魔法騎士っていう話だったし、避けられないように速い魔法にした。

 うん、我ながら会心の出来!

 これだけ魔力を込めたのは初めてだけど、凄いねこれ。

 本来影響のないはずの使い手のわたしでさえちょっとピリピリ来てるや。


「……ちょっとまってくださいリューネさん。それはなんですか?」


 わたしが魔法の出来に満足していると、セリア先生の声がかかる。


「これですか? 雷魔法です」


 蒼姫なんて二つ名がつく人でも雷魔法を知らないんだ。

 なんか意外。


「か、雷魔法ですか? それが?」

「はい、雷魔法ですけど……」


 どうみても雷魔法だよね、これ。

 なにかおかしなところでもあるのだろうか。


「いや、え? なんかすごいバッチンバッチン言ってますけど」

「雷魔法ですから」

「直視できないくらい光ってますけど」

「雷魔法ですから」


 雷魔法ってそういうものだよね?


「じゃあ、行きますねー?」


 わたしは右手を掲げ、セリア先生に合図を出す。

 すると、慌てていたセリア先生の顔がキッと引き締まった。


「……良いですよ。来てください」


 セリアさんの発する圧で膜の中が満たされる。

 うわ、なにこれ、すっごいビリビリ来てる……!

 これが一流の人の雰囲気なんだ……!


 わたしは一気に右手を振り下ろす。

 振り下ろされた右手はセリア先生に向かって雷を射出した。

 それがセリア先生へと直撃する。


 周囲に轟音が響き渡り、鋭い風が吹き荒れる。


「うわっ!?」


 その風はわたしの身体を浮かせ、わたしは周囲に張られた膜まで吹き飛ばされた。

 危ない危ない、この膜があってよか――あれ?

 わたしは膜に触れる。

 膜がピキピキと嫌な音を立て、そして割れた。


 その光景を間近で見て、ようやくわたしは気が付く。

 ……もしかして、やりすぎた?


 わたしは恐る恐るセリア先生の方を振り返る。

 セリア先生、大丈夫だよね……?


「まったく、想像以上ですよこんなの……けほけほ」


 そこには軽く咳をするセリア先生の姿があった。

 血は出ているものの、四肢は健在なままだ。

 よかった、消し飛ばしちゃったかと思ったぁ。


「合格です。こんな威力の魔法使い、合格以外にありません。正直ちょっと舐めてました」

「ご、ごめんなさい! 大丈夫ですか!?」


 手足はくっついているけど、それでもかなりの怪我だ。

 わたしはすぐさまセリア先生に近づいた。


「すぐに回復魔法で治療を――」

「ああ、大丈夫ですよ。私も回復魔法は使えますから……って、あら? ……どうやら先ほどの攻防で魔力切れのようです。お願いできますか?」

「はいっ!」


 わたしは先生の胸に触れる。

 そして回復魔法を使った。

 先生の傷が見る見るうちに完治する。


「治りました! あと、魔力も分けておいたのでこの後の試験も大丈夫なはずです」

「わざわざ魔力まで……ありがとうございます。リューネさんは心優しい子ですね」


 セリア先生はにこりと微笑む。

 美人の微笑みってやつは一種の凶器なんですよ先生。

 何が言いたいかっていうと、わたしはその微笑みに心を奪われてしまったってことだ。

 わたし、この人にご主人様になってほしいかも!

 よし、思い立ったらすぐ行動だよね!


「それでですね、先生」

「はい、なんでしょうか」

「わたしはやり過ぎてしまったということで、ここは一つおしりぺんぺんをしていただきたい所存なのですが」

「……はい?」


 あれ、聞こえなかったかな?


「おしりぺんぺんです先生。もしくは鞭で叩いていただけると大変ありがたいといいますか、ぺろぺろといいますか。どうでしょうセリア先生!」

「リューネさん怖い、目が怖いです!」


 セリア先生は一旦わたしから距離をとる。

 そして混乱したみたいに頭に手を置いた。


「すみません、ちょっと整理してもらっていいですか? 突然すぎてよくわからないといいますか……」

「簡潔に言うと、そうですね……先生、わたしのご主人様になる気はありませんか?」

「私が欲しいのは召使いではなくて、彼氏なんです。ごめんなさい」


 断られてしまった。

 いや、だけどわたし諦めない! ここは押しどころだっ!

 わたしは床に膝をつき、四足歩行で先生に近づく。


「わたしは召使いじゃなくてペットでいいですよ。くんくぅーん!」

「どうしよう、この子は魔法を学ぶ前にもっと大事なことを学んだ方がいい気がします……」

「先生と生徒の禁断の関係……どうですか先生!」

「こんな禁断の関係には全然心惹かれません」


 結局にべもなく断られてしまった。

 ご主人様になれそうな人はたくさんいるのに、なんで皆なってくれないのだろうか。

 世知辛い世の中だなぁ。


 まあでも特進クラスに入れたわけだし、そっちでまた探して見よぉー。

 強い人ばっかりなはずだから、きっと理想のご主人様も見つかるはずだよね!

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