14話 緊張のほぐし方は人それぞれ
そして時は流れ、クラス分け試験当日。
「緊張してきたわ……」
試験を直前に控え、フィラちゃんの表情は硬い。
わたしはその背中にぼんっと抱き着いた。
フィラちゃんのあったかい体温が伝わってくる。
「頑張ったんだからきっと皆受かるよ」
振り返ってわたしの顔を見たフィラちゃんは、少し間の抜けた息を漏らした。
「……あんたの笑顔見てると、ちょっと自信がつくわね」
それはよかった。
ベストコンディションで試験に臨んでもらって、悔いの残らない日にしてほしいからね。
わたしはフィラちゃんのぷにぷにした頬にほおずりする。
「どうする? もっと自信をつけたいなら鞭で叩いてくれてもいいけど」
「それはあんたがされたいだけでしょ」
む、バレちゃったか。
でも今日一日はわたしにとっても正念場。
いつもより気合いを入れていかなきゃ駄目かもしれない。
「フィラちゃん!」
「なに?」
わたしはとてとてとフィラちゃんの正面に周りこみ、じぃっとその顔を見つめる。
「……」
「……なによ?」
通じて、この思い!
今だけあなたをぺろぺろさせて!
そしたらわたし、今日の試験も頑張れるから!
わたしはぬぅぅ、と必死で念を送る。
「……どうしたの? 具合でも悪いの?」
さすがに無言じゃ無理があったみたい。
仕方ない、かくなる上は――。
「ろ……ろ……」
「え、なに?」
「ぺろ……ぺろ……したい……」
「先行ってるわねー」
フィラちゃん冷たい……。
でもその冷たさ、興奮するぅ……。
さすがフィラちゃん、わたしのことをよくわかってくれてる。
どうすればわたしのやる気が出るかを熟知しているのだ。
「ありがとう、フィラちゃんのおかげで頑張れそうだよ!」
「あたしは何にもしてないんだけど……」
困惑するフィラちゃんと共に、わたしは意気揚々と部屋を出た。
よーっし、頑張るぞぉー!
フィラちゃんと別れ、わたしは運動場へとやってくる。
剣士科と魔法科はそれぞれ屋外の運動場と屋内の修練場を交互に使用していて、今週は魔法科が運動場を使うことになっているのである。
「フィラちゃんはちょっと緊張してたけど、イヴはいつもどおりだね」
「ボクはついこの間まで魔法が使えなかったからね。この試験を全力で受けれるだけで嬉しいんだ。だからキミにはすごく感謝してる。……ありがとう、リューネ」
「いえいえ、滅相もございません」
わたしが恭しく頭を下げると、「なにそれ」とイヴは笑う。
「それと、緊張ならローレンシアも結構してたよ。槍と間違えてただの傘持っていこうとしてたし」
「それは緊張しすぎじゃない……?」
傘じゃさすがのシアちゃんでも試験は突破できないと思う……。
「だよね! ボクが教えてあげたら凄い慌てて……ふふ、思い出したらまた面白くなってきちゃった」
イヴは楽しそうに笑う。
どうやら本当に緊張はまったくしていないようだ。
この調子なら多分イヴは受かる。
まだ魔法が使えるようになって短いっていう不安要素はあるけど、魔力量も私以外の新入生じゃ一番多いし、それに魔法の調節も凄く上手い。
プレッシャーをかけたくないから本人には言わないけど、イヴが受からなかったら誰が受かるのって感じだ。
フィラちゃんとシアちゃんは心配だけど、二人も実力通りの力を見せられればきっと特進クラスになれると思う。
二人とも、頑張れ~!
「では、試験を始める!」
……っと、それより今は自分の心配をしなきゃね。
わたしだって皆に置いてきぼりにされるのはやだもん!
わたしは試験の様子を見守る。
試験はどんどんと進んでいた。わたしはまだだけど、すでに半分くらいは受け終わっている。
試験内容は先生と戦うというもので、数分戦った後、先生の口からクラスが発表されるみたいだった。
Aクラスが二割、BクラスとCクラスがそれぞれ四割って感じだ。
Aクラスに選ばれた人はそのまま別の場所に移動して、特進クラスになれるかどうかの試験をやるらしい。
「よし、次」
「はい」
女の子にしては低目な声で返事をしたのはイヴだ。
その雰囲気からは、特に気負っている様子は見られない。
わたしは手を祈りの形に組む。
うぅぅ、自分の試験より、イヴの試験の方が緊張するよぅ……。
頑張れぇ~イヴ~!
「いつでも来い」
「……じゃあ、遠慮なく」
イヴは手元に氷の礫を創りだし、先生へと撃ち込む。
対して先生は、それを火魔法で溶かした。
「ふむ、なかなかの威力だな」
さすが王立学園の先生なだけはある。
イヴの氷魔法は普通の火魔法じゃ溶かせないくらいの威力なのに、軽々溶かしちゃった。
「……」
イヴは様子を窺う先生を見て、またも仕掛けた。
今度はその白銀の髪を靡かせ、前へ。
その行動に、先生が一瞬たじろぐ。
「おいおい、魔法使いが距離を詰めてどうする。成人した男に接近戦で勝てると思ったか?」
たしかに先生の言う通りだ。
イヴは特に華奢な身体をしてるし、接近戦で勝ち目があるとは思えない。
距離を詰めたイヴに、先生の炎の灯った拳が襲い掛かる。
それはイヴの身体を直撃した。
勝負の決着を感じとった先生。
しかし、その先生の顔色がすぐに変わる。
「この感触……まさかっ!?」
「接近戦で勝てるとはボクも思ってないですよ」
殴られたイヴが氷となって砕け散る。
先生が殴ったのはイヴではなく、イヴが作りだした分身だった。
本物のイヴは分身の後ろに隠れて接近していたのだ。
それに気づかなかったのはイヴと正面から向かい合っていた先生だけ。
イヴの分身を殴った先生の腕は完全に凍り付いていた。
「――これで、終わりです」
イヴが至近距離から氷魔法を撃ちこむ。
それを受けた先生の額から、一筋の血が流れ出た。
「ほう……見事だ」
自らの額に触れた先生はイヴに称賛の言葉を贈る。
それと同時に先生の圧が消えた。イヴの試験はどうやらここまでのようだ。
わたしはパチパチと拍手を送る。
大興奮の内容だった。
分身を作りだすなんて、相当な魔法の調整力がなきゃ到底できないよ。
わたしがやったら、多分二十メートルくらいの巨人なわたししか作れないと思う。
やっぱりイヴは凄い。
「イヴ、Aクラスだ。続いて試験を受けに行け」
「はい。ありがとうございました」
イヴは運動場から去る前にわたしの方を振り返り、小さくピースする。
「お、め、で、と、う~!」
わたしが口の動きでそう伝えると、イヴは胸の前で腕をグッと握る。
きっと「頑張れ」って意味なんだろう。
そしてイヴは次の試験の場所に駆けて行った。
「次」
イヴが去った後、先生が言う。
「はい、よろしくお願いします!」
わたしは元気よく返事をした。
「よし、いつでも来い」
どうやらわたしたち生徒側に先手は譲ってくれるみたいだ。
じゃあ、最初っから全力でいこ!
ぎゅぎゅぎゅーっと魔力を詰め込んで……っと。
わたしは掲げた右手の掌に、直径二十メートルくらいの大きな火球を作りだす。
そして先生に笑いかけた。
「じゃあ、行きますね!」
「やめろ、俺を殺す気かお前」
先生はふるふると首を横に振る。
……へ?
「あれ? でもいつでも来いって……」
「さすがにお前は規格外すぎる。そんなもん作れる時点で文句なしのAクラスだ。次の試験を受けてこい」
え、わたしの試験もう終わり?
なんにもしてないんだけど……。
「あ、ありがとうございました?」
一応先生にお辞儀する。
なんだか腑に落ちないけど、でもこれでAクラスは確定だ。
あとは特進クラスになれるかどうか。
もうひと踏ん張りだね!
わたしは軽い足取りで次の試験会場へと向かうのだった。




