13話 普段凛々しい子がふと見せる女の子らしさ、それはこの世の宝である
わたしたちの部屋で特進クラスを目標にしたのももう数日前。
あれからというもの、わたしたち四人はそれぞれの科での訓練が終わった後に集まって特訓を始めていた。
特進クラスを目指すためには、普通に訓練を受けているだけじゃ駄目だと思ったからだ。
「せいっ!」
「やあぁっ!」
今はフィラちゃんとシアちゃんが戦っている。
身軽なフィラちゃんと、一撃の威力のシアちゃん。
赤と金の二人が攻守をめまぐるしく入れ替えながら武器を振るっている。
剣や槍のことなんてまったくわからないわたしでさえも圧倒されるほど、この二人の戦いのレベルは高い。
「ここですわっ!」
シアちゃんが隙を突き、渾身の一撃を撃つ。
フィラちゃんの赤い髪がはらはらと舞い落ちた。
しかし、フィラちゃんはすんでのところで避けている。
今度はフィラちゃんが隙を突き、シアちゃんの首元に剣をピタリと添えた。
「こ、降参ですの……」
それを聞いたフィラちゃんは剣を鞘にしまう。
「あたしの勝ち、これで十勝九敗ね」
「悔しいですわ……! 今のは絶対に決まったと思いましたのに」
「結構ギリギリだったわよ。避けられたのは運が良かったからね」
シアちゃんはギリギリと歯を食いしばる。
「次! 次ですわ!」
「望むところよ……!」
そして再び二人は剣と槍を交わし合い始める。
それを、わたしとイヴは少し離れて見守っていた。
「二人ともやる気満々って感じだねー」
「こうなるともうボクたちじゃ止められないね」
イヴが苦笑する。
あの二人が盛り上がりすぎててついつい見入っちゃうんだよね。
「さて、ボクたちの方もぼちぼちやっていこうか」
「そうだね」
わたしはイヴと共に魔法の訓練を始める。
わたしの場合、どのくらい魔力を使えばどのくらいの威力の魔法になるかがわからないので、もう少しそのあたりを鍛えないとなのだ。
「このくらいかな?」
わたしは魔力を解放して氷魔法を使ってみる。
手のひら大の大きさのものを創ろうとしたのに、わたしの身長くらいの直径の氷塊ができてしまった。
あれぇ?
「調整って難しいねぇ。イヴはすごい上手なのになぁ」
「ボクもまだまだだけど、まあリューネよりは調節できてるかな」
イヴはそう言うと、自分の掌に爪楊枝くらいの細さの氷柱を生み出す。
少しでも魔力のコントロールが下手だと折れてしまってはこんな柱は作れない。
わたしの下手な調節とはまさしく月とすっぽんだ。
「イヴすっごい!」
わたしは尊敬の眼差しでイヴを見つめる。
イヴは少し照れたように頬を掻きながらも、慢心はしていない様だった。
「いや、凄いのはリューネだよ。本当に凄い魔力量してるよね。『魔力の扉』でも開けたんじゃないかって思うくらいだよ」
「魔力の扉?」
なにそれ?
ちょっと聞いたことない。
知らないわたしに、イヴが説明してくれる。
「死にそうになると走馬灯を見るとかあるじゃん? それと同じでまことしやかに言われてることなんだけど、悟りを開く直前に心の中に大きな扉が見えてくるんだって。なんでもそれを開くと、凄い痛みと引き換えに自分の魔力量が大幅に増えるって話だよ。仙人とかにはその扉を開いたことがあるって言ってる人もいるけど、本当かどうかはわからないけどね」
「あ、わたしそれ開けたことあるよ」
へー、あれ魔力の扉って言うんだ。初めて知った。
「うぇぇ!? ほ、本当かい!?」
それを聞いたイヴはかなりの驚きようだ。
そんなにすごいものだったんだあれ。ただのおもちゃ扱いしてたの、罰当たりだったかも?
「うん、あのおっきな黒い扉でしょ?」
「黒いんだ、初めて知ったよ……」
「開くと気持ちよくて、ついつい何度もやっちゃうんだよね」
あの痛みで本格的に目覚めたね、わたしは。
もう、魔力の扉ったら。罪な人なんだから。
「……ち、ちなみに今まで何回くらい開けたことあるの?」
「うーんと、百回くらいかな? そしたら扉がガバガバになっちゃって、開けっ放しになっちゃったんだぁ。もうあの痛みを味わえないかと思うと本当に悲しいよ……」
わたしはがくりと肩を落とす。
わたしは一生あの扉と生きていくんだと思ってただけに、壊れちゃったときのショックは凄かったよね。
突然心の中に現れてわたしを虜にしたくせに、突然いなくなるなんて。魔力の扉、酷い人。
わたしはもうあなたなしでは生きていけない身体なのよ……って気分だったよ。
まあ、もう取り返しがつかないんだと思うとちょっとゾクゾクきたけど。
でもあれって一回開けば充分だったのかな?
それを百回も開いちゃったからこんな魔力量になっちゃったのか。
「やっと自分の魔力量の多さの秘密がわかったよ。ありがとうイヴ」
「ど、どういたしまして。百回も開けばそんなに魔力量のも不思議じゃないね……」
イヴは呆れと驚きの混じった顔でわたしにそう言った。
特訓を少し早く切り上げたわたしとイヴは、フィラちゃんとシアちゃんの戦いを観戦する。
今丁度、シアちゃんがフィラちゃんの喉元に槍を突きつけたところだ。
「……降参。あたしの負けよ」
「勝ちましたわ!」
「あー、負けちゃったわ」
ぴょんぴょんと跳ねるシアちゃんの縦ロールが暴れ狂っている。
イヴがうずうずとその縦ロールを眺め、くいっと引っ張った。
「ひゃんっ!? ちょ、ちょっとイヴさん何をしてるんですの?」
「凄い揺れてたからつい。ごめんね?」
「べ、別に怒ってはいませんわ」
イヴに頭を撫でられ、シアちゃんは恥ずかしそうに俯く。
あ、鼻血でそう。
ちょっと健全な少女には刺激が強いよこの光景は。
「『ひゃんっ!?』なんて、可愛いわねローレンシア」
「う、うるさいですわ!」
ニヤニヤと笑うフィラちゃんと、口をとがらせるシアちゃん。
むむむ、これはいけない。
からかっているフィラちゃんにお仕置きをしなければ!
わたしはフィラちゃんの背後に回り込み、ポニーテールを引っ張ってみた。
「きゃっ!」
おお!?
予想以上に女の子っぽい悲鳴。
振り返るフィラちゃんに、わたしは下卑た笑みを浮かべる。
「げへへ、随分可愛らしい声あげるじゃねえか」
「リューネぇぇ……!」
「ごめんなさい、ふざけ過ぎました」
フィラちゃん怖い。
拳ポキポキ鳴らすのやめて。
「ちなみに二人の勝負の方は最終的にはどうなったの?」
わたしが恐怖に震えていると、イヴが助け舟を出してくれた。
ありがとうイヴ、さすが友達!
「十三勝ずつ、引き分けよ」
「最後に勝ててよかったですわ、すっきりしました」
晴れ渡った顔のシアちゃん。
「むむむ、勝ちたかったわね……」
対照的に、フィラちゃんの顔は晴れない。
まあ勝敗は同じでも最後に勝って終わった方が気持ちいいよね。
それはそうと、このレベルで二十六戦もやるって、二人とも体力あるなぁ……。
「あ、そうだ。二人とも聞いてよ。リューネが魔力の扉を開けたことあるんだって、しかも百回も」
イヴがさっきのわたしの話を二人にする。
「魔力の扉を? ……あんたが?」
「うん、そうなんだって」
魔力の扉とは知らなかったけど、開けたのは事実だ。
「あたし、あれって仙人が失神するほど痛いって聞いたんだけど……」
「そうなの? 私仙人じゃないから失神しなかったのかなー」
「そ、そういう問題?」
あれ、わたしなんか変なこと言った?
とその時、シアちゃんの方が少し興奮気味にわたしの手を握ってきた。
「すごいですわ、リューネさん!」
「えへへ、そうかなぁ」
シアちゃんに褒められて嬉しくなるわたし。
友達に褒められるっていうのも割と良いものだね。
今まで友達ほとんどいなかったから気づけなかった。
フィラちゃんはそんな喜ぶわたしを見て首をかしげている。
「あれ? でも魔力の扉ってたしか、悟りの直前まで至った人だけが開けるものなのよね?」
「そう言われてるらしいね。わたしは知らなかったけど」
「あんたみたいな煩悩の塊でも開けられるもんなのね」
「煩悩の塊て! まあ全肯定だけども!」
「全肯定なんですか……」
困惑した声を上げるシアちゃん。
「正直そこは否定できないよね」
そこを否定したらわたしがわたしでなくなっちゃうからね。




