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1話 友達の涙は舐めるもの

「ふんふふふーん」


 地竜車の中、わたしは上機嫌に鼻歌を口ずさんでいた。

 今わたしは地方の実家から独り立ちして、王立学園の入学式に向かっている最中なのだ。

 お母さんとお父さんと別れるのはちょっぴり悲しくもあったが、ゴトゴトと地竜車に揺られ始めてからのわたしは新しい生活に胸焦がれていた。

 だって王立学園っていったら王都で最高の教育機関だよ! 絶対にいるはず、わたしにぴったりなご主――


「ねえ、あんた」


 内心でそんなことを考えていたら、唯一の同乗者に話しかけられた。


「へ? わたし?」

「そうよ。もしかしてあんたも王立学園の新入生なの?」


 わたしはコクンと首を縦に振る。


あんたも(・・・・)ってことは、あなたも?」


 わたしは同じ竜車に乗るその人を見る。

 その人はポニーテールの赤い髪と赤い目をした、わたしと同じくらいの女の子だった。

 腰には刀を差している。剣士なのかな?


「ええ、あたしもよ」


 女の子はわたしに頷いた。

 夕日のように鮮やかな髪が動きに追随する。


「うっわぁ、すっごい偶然だね! こんなことってあるんだ。あ、わたしはリューネ! よろしくね!」

「さっきまで心ここにあらずって感じだったのに、急に元気になったわねあんた。……まあいいや、あたしはフィラリス。よろしくね」


 軽い苦みを帯びながら、女の子は笑った。

 凛々しかった顔が、ほんわかした花みたいに変わる。


「フィラリスって可愛いね」

「いや、どうみてもあんたの方が可愛いでしょ」


 わたしは桜色の髪と目をしている。もちろん鏡は見たことあるけど、あまり自分の容姿について考えたことはない。

 だけど断言できる。わたしよりフィラリスの方が絶対可愛い!

 だって見てよ、この燃えるような赤髪に、キッとした凛々しい目つき。

 それでいて女の子らしさまで感じられる顔をしている。隙がない! フィラリス、隙がない!


「いやいや、フィラリスの方が全然可愛いよぉ。可愛いしカッコいい!」


 わたしの訴えに、フィラリスは気恥ずかしそうに頬を掻く。


「な、なんかむずかゆくなってきたからこの辺にしときましょ。ね?」

「照れ屋さんなの? そんなところも可愛いね」

「~っ! う、うるさいっ!」


 フィラリスは顔をかぁっと真っ赤にして、ぷいっとそっぽを向いた。

 なにこれ、可愛すぎるでしょ。この可愛さは法律で規制するレベルじゃないでしょうか、お偉いさま方! 


「あああっ!」


 と、突然に御者のおじさんの声が響く。


「ぎゃっ!?」


 突然の減速にわたしの身体が宙へと浮く。

 数秒後、地竜車はその動きを止めた。


「いててて……」


 わたしは頭を上げる。

 顔を上げると、フィラリスの顔が真ん前にあった。

 どうやらフィラリスがわたしの身体を抱きかかえてくれていたようだ。


「庇ってくれたの? ありがとう!」


 わたしはフィラリスにお礼を言う。

 咄嗟にフィラリスがわたしの身体を抑えてくれなきゃ、屋根を突き破ってピューって飛んでいっちゃってたかもしれない。


「べ、別に……ただ勝手に身体が動いただけだし。それより何かあったんじゃないの?」


 フィラリスが前を向く。

 それにつられてわたしも前を向いた。


「えっ!?」


 わたしは声を上げてしまう。

 わたしたちの目の前で、御者のおじさんさんが女盗賊に鞭で倒されていた。


「出てきな!」


 別の盗賊が竜車の扉を乱暴に開け、わたしたちを外へと引きずりだす。

 リーダーらしきお姉さんがわたしたちを冷たい目で見た。


「二人か。まあ少ないけど、どっちも顔は良いから金にはなるね」


 それを聞いたフィラリスは素早い動きでお姉さんたち盗賊から距離をとった。

 すっごい速い。全然目で追えなかった。

 しかもいつの間にか剣まで構えてる。


「あんたの思い通りにはならない!」

「なるほど……あんた、王立学園の新入生だね? どうりで素早い身のこなしだ。だけど、こんな手はどうだい?」


 お姉さんは突っ立っていたわたしの首に鞭を添える。

 そしてにたりと笑った。


「この子を見殺しにしたくなきゃ、武器を置くんだね」

「くっ……!」


 フィラリスは悔しそうな顔をしながら剣を置く。


「クククッ、お優しい友情だね。……さあ捕まえな、あんたたち!」

「……あの、ちょっといいですか?」


 わたしは心臓をばくばくさせながら声を出した。

 だってこんな状況、もう耐えられる気がしないよぉ……!


「なんだい。言っておくけど泣き落としなんて効かないよ」


 冷徹な声のお姉さんに、わたしは震える声で言う。


「その鞭で……その鞭でわたしを叩いてください!」

「……はぁ?」

「早く! もう我慢できないんです!」


 わたしは口角を上げながらお姉さんに懇願する。

 さすがに我慢の限界だった。

 首元に鞭が添えられてるんだよ!?

 こんな状況で興奮しない人なんている!? いないよね!?

 おあずけしないで早く叩いてほしい!


「ね、ねえリューネ、あんた何言って――」

「フィラリスは今ちょっと黙ってて!」


 わたしはフィラリスの言葉を遮り、地面に膝をつく。


「さあ盗賊のお姉さん、早く!」

「わ、わかったよ……」


 お姉さんがわたしの背中を鞭で打った。

 ぴしんっ。


「弱いっ!」

「弱いっ!?」

「もっと強く! やる気出して!」


 その鞭は飾りなの? 違うでしょ!

 ならもっとやる気を見せて、お姉さん!


「あ、あんた、あんまりわたしを舐めてると――」

「口を動かしてる暇があったら手を動かしてください!」

「あんたは何様だい!」


 お姉さんは最早遠慮をなくした様子で、わたしの背中に鞭を打ち込んだ。

 びしんっ! びしんっ!


「リューネ、大丈夫なの!?」

「はぁ、はぁ……。こ、これでどうだい? 参っただろう?」


 お姉さんが息をあげながらわたしに尋ねてくる。

 そんなの、答えは決まってるじゃないか。


「誰が休んでいいっていいましたか? もっとです!」


 わたしは厳しい声でお姉さんに言った。

 それを聞いたお姉さんは鞭を地面に落としてしまう。


「な、なんなんだいあんた……。もう勘弁しておくれよ……」

「もう終わりかぁ……」


 全然気持ち良くなかった。

 こんなんじゃ駄目なのに……。


「消化不良だなぁ……。あ、忘れてた。悪い人は捕まえなきゃですよね」


 悪い人は騎士団の人のところまで連れて行かなきゃダメなんだった。

 鞭で叩かれたい一心でつい忘れちゃってたや。

 もう、わたしったらドジなんだから。


 わたしは魔力を解放する。

 すると、お姉さんの顔色が変わった。


「おいあんたたち、こいつはやばい! ずらかるよ!」

「やだなあお姉さん、逃がさないですよぉ」


 わたしは魔力をそのままお姉さんにぶつける。

『魔力砲』だ。

 魔力砲が直撃したお姉さんは意識を失う。

 魔力砲は魔法に変換しているわけでもないただの魔力の塊だから、攻撃力は弱い。

 まあでも、この人たちくらい相手なら充分な威力だ。


「他の盗賊さんたちも、逃がしませんからね?」

「ひ、ひぃぃ……!」


 わたしは逃げ惑う盗賊の人たちに魔力砲を放ちまくったのだった。




 数分もすれば、立っているのはわたしとフィラリスだけになった。

 わたしは地竜の横に倒れている御者のおじさんに近づく。


「おじさん、大丈夫ですか?」


 わたしはおじさんに回復魔法を使った。

 回復魔法はわたしの一番得意な魔法だ。

 回復魔法が使えるから、普通の人じゃ死んじゃうような痛い経験も楽しんでできるんだよね。

 ちなみにそれ以外の魔法はあんまり得意じゃないかも……。ぶっぱなすだけならできるんだけど、細かい調整はどうにも苦手だったりする。


 回復魔法のおかげで、おじさんの傷はきれいさっぱりなくなった。


「ありがとう、お嬢ちゃんたち」

「お安い御用です。ね、フィラリス?」

「う、うん……」


 ついでに傷ついた地竜車も直し、わたしたちは再び中に乗り込んだ。





 地竜車の中。

 王立学園まではあと二日くらいかな?


 わたしは地竜たちを操る御者のおじさんを見る。

 あの後、地竜車とおじさんを治したお礼に、今回の料金は無料でいいって言われちゃったんだよね。

 なんだか得した気分。


「ねえリューネ」

「どうしたの、フィラリス」


 リューネがわたしに声をかけてくる。


「リューネはなんで王立学園に?」


 なんで……なんで、かぁ。


「だって、王立学園にはわたしと同世代の子がいっぱいいるって聞いたから」


 わたしがそう答えると、フィラリスはなるほどというような表情をした。


「ああ、友達が欲しかったの? あたしもまあ似たようなものよ。……なんか、あたしたち仲良くなれそう――」

「ううん、ご主人様が欲しかったの。わたしを気持ちよくしてくれるご主人様が」

「仲良くなれそうって言ったこと撤回してもいい?」

「嫌だ!」


 悲しいこと言わないでよぉ!

 理想のご主人様探しこそが、わたしが田舎から王都まででてきた理由なんだから!


 わたしは決意を込めて拳をギュッと握る。

 絶対に見つけるんだ、わたしだけのご主人様を。

 わたしはその人にいーっぱい苛めてもらうんだから!

 あ、そういえば……盗賊と戦った時の身のこなしといい、フィラリスって結構いいご主人様になれそうかも?


「ねえフィラリス、提案があるんだけど。あのさ、わたしのご主人様になる気はないかな?」

「あるわけないでしょうがああああ!」


 わたしの上目遣いをしながらのお願いを、フィラリスは一蹴した。

 ぬぬぬ……で、でもまだ諦めないよ!


「お願いフィラリス、ちょっとだけ! さきっちょだけでいいから!」

「さきっちょだけって何よ!? 絶対嫌! わたしは友達を作りに来たの! 初めての友達を! ……あっ」


 フィラリスはそこで口を押さえるが、もう遅い。

 わたしの小さな耳にも今の言葉はしっかりと聞こえていた。


「ふぅ~ん。初めてのお友達が欲しかったんだぁ~?」


 わたしはにやにやといじらしく笑う。

 正直内容は別に恥ずかしがるようなことじゃないと思う。わたしだって故郷ではほとんど友達いなかったし。

 だけどこんなに凛々しいフィラリスが顔を赤くさせているのだ、少しからかいたくなってしまうのも仕方がない。

 初めてのお友達が欲しいとか、フィラリスはどれだけ可愛いの? 天使なの? ねえ天使なの?


「ぐうっ……な、何よ……」

「別にぃ~? そっかぁ~、初めてかぁ~」

「と、友達なんていたことないわよ……。それが悪いって言うの? ……ぐすっ」


 フィラリスの目にみるみるうちに涙が溜まっていく。

 違う違う、泣かせるつもりじゃなかったんだ。

 わたしが言いたかったのはそうじゃなくて。

 わたしはフィラリスに手を差し出した。


「じゃあ、わたしと友達になろう? フィラリス……ううん、フィラちゃん!」

「……え、いいの?」


 フィラちゃんの顔がパアッと明るくなる。


「うん! 本当はご主人様になってほしいけど、嫌がる人に無理やりなってもらうのは違うかなって。いや、むしろそれも興奮するところではあるんだけどさ」

「あ、ありがと……。後半の言ってることはほとんど理解できなかったけど、嬉しい」


 よかった……。

 わたしはホッと一息つく。

 フィラちゃんを傷つけちゃうところだった、反省しなきゃ。

 でも、嬉しい。


 フィラちゃんを見る。長い睫毛をぱちくりさせて不思議そうに見返してきた。

 フィラちゃんはわたしと同じ十五歳だと言っていた。

 こんなに早くお友達ができるとは思ってなかった。この調子で行けばご主人様もすぐに見つかるかもしれない。

 それにしてもフィラちゃんの目、キラキラしてるなぁー。あ、涙が目尻に溜まってる。


「ところでさ」


 わたしは口を開く。


「なに?」

「その涙、舐めてもいーい?」


 わたしはフィラちゃんの目尻に溜まった透明な聖水を指差した。

 美少女から出た水分は美味しいって相場は決まってるんだよね。

 是非ともぺろぺろさせていただきたい。


 息を荒くするわたしに、フィラちゃんはゾゾゾと胸の前で身を守るように腕を交差させる。

 フィラちゃんは腕も華奢だ。剣を扱う人とは思えないくらい。

 ……って、あれ? なんでちょっと後ずさってるのフィラちゃん。

 まさか……。

 フィラちゃんは口を開ける。


「……いやよ」

「なんで!? 友達じゃん!」

「あたしの思ってる友達と違う!」


 そんなこと言われても、普通友達っていったら涙の一つや二つぺろぺろするものだよね?

 常識だよね?


「フィラちゃんは一体友達を何だと思ってるの……?」

「それは絶対あたしのセリフだと思うんだけど」


 どうやらフィラちゃんはわたしに涙を舐めさせてくれるつもりはないらしい。

 このままでは貴重な天からの贈り物(フィラちゃんの涙)が渇いてしまう。

 ぬぬぬ……こうなれば!


「ぺろぺろ~」


 実力行使、あるのみ!


「ぎゃーっ! 舌伸ばしてくんなこの変態っ!」

「ああ、もっとぉ……! もっと言ってぇ……!」

「あんた怖すぎるわよ!?」


 心臓がどきどきするよぉ……!

 こんなにわたしの胸をときめかせるなんて、フィラちゃんってば罪な人!


「フィラちゃんがご主人様になってくれればよかったのに……」

「絶対やだ! あたしはご主人様じゃなくてリューネの友達なんだからっ!」


 フィラちゃんはそう言ってフン、と腕を組んだのだった。

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