流し読み、比べる
安東が花村ミキの胸を刺したとき、彼女は倒れる自身の身体と入れかわるようにその場に立っていた。
一体、何が起こったのか――?
安東は、生温かさを右手に感じながら、同じくあ然とした彼女と目を合わせた。寸分違わぬ派手な服装で、二日前に買い与えたブランド物のショルダーバッグを提げている。
「死んだんじゃないのか……」
ポツリと零した自身の声に驚き、いまだ目を見開いて見つめてくるミキから目を逸らした。
地面には黒黒とした血溜まりの上で彼女がうつ伏せに居る。
確かに彼女は死んだのだ。
安東はごくりと唾を呑み込んだ。闇夜に青白く佇んでいたミキが、雲の隙間から伸びた光で透けていた。ささやかな白い蛍火を数匹纏わせ、薄い両手を返してはまた返していた。――途端、安東は怖くなった。足先から悪寒が駆け上がった。気付けば外灯を避けるようにしんっと静まり返った住宅街を駆けていた。
§
安東とミキが出会ったのは、半年前の夜の繁華街。仕事で疲れ、人に当たらないようけれど独り身の寂しさを切り外せずに、喧騒の傍らをぼんやりしながら歩いていた。
すると、もうすぐ家に辿り着くところで、柔らかい何かを踏んだ。
ぎょっとして踏んだ片足を上げる。足元を見れば山積みのゴミ袋の間から手が生えていた。
それがミキだった。
ミキは踏まれても声を出せないくらい、気付かないくらいに泥酔し、服や髪の毛に生ゴミをつけ、掻き分けたゴミ山で寝ていた。年は二十過ぎたばかりか幼さを残していたが、青白い顔色で半開きの口元にはそそるものがあった。ぷーんと鼻に付く臭いもまたいい――
安東は、初めて感じた自身の性癖に信じられなかった。何の取り柄もない、しがなく普通の人間だと思っていたが、ミキを抱き起こした手は興奮で震えていた。
五十も過ぎてからの嗜好の異常さは、まるで初恋を覚えた少年の頃に戻ったようだった。
安東は、自宅のボロアパートの一室へ連れ込むと、ミキを玄関ヘ座らせて、首にぶら下がっていたちいさなショルダーバッグから財布とスマートフォンを抜き取った。財布の中には、『花村ミキ』と書かれた近所の女子大学の学生証と千円札が三枚、スマートフォンはロックを外せるわけもなくバッグの中へ戻した。
正直、安東はわからなかった。介抱してやろう、ゴミ山の中で可哀想だという気はなく、連れ帰って来てしまったことに戸惑うが、身体の奥底から響く「それでいい」と肯定する声に従ってしまった。
自分で、自分がわからない……しかし――、汚れた服を脱いだミキの身体はしなやかだった。
蛍光灯の下で艶かしく輝く肌、薄っすら口紅の残ったそこから甘い誘いが聞こえるようだった。
けれども、安東は手を出すことはしなかった。いや出せなかった。この瑞々しく妖しい色香を放つ身体に神々しさを覚え、こ汚い自身に舞い降りた奇跡に思えたのだ。彼女はそう――女神だ。
女神は言った。この身体を拭け、と。
安東は、言われるがまま――自身の妄想であるとわかっていながら――湯を沸かし、一番綺麗なタオルを引っ張り出した。御中元の余りだと言われて仕事場から貰ったそれは、『加西工業』の青文字が印刷されている。ゴワゴワとした手触りに申し訳なく思ったが、いまだビニール袋に入ていたものはそれしかない。誰にも触れられていなく、まっさらなものだ。
仕方なく、溜め息を零し、湯に浸した。そして、堅く絞り、畳の上に寝かしたミキの身体を優しく、丹念に拭いていった。明日は、彼女に見合ったものを買いに行こう。柔らかで、色鮮やかな彼女だけのものを……
安東は一晩中ミキを眺めた。
暫く裸のままにしていたのだが、可愛らしいくしゃみを聞いて、慌ててシャツを着せた。
一安心してまたボロアパートの壁に寄りかかり、物音一つ立てずに膝を抱えて見つめた。
隣の部屋から聞こえるイビキがより安東の世界を引き立てる。ミキに触れていたときに感じた恍惚さは幻のようで、時折、夢を見てると錯覚させた。
だが、彼女は現実のもの――
安東は歓びを隠せず、終始不気味な笑みを浮かべた。
ミキが目覚めたのは、次の日の朝だった。
二日酔いなのか見た目から想像出来ない低い唸りを上げて、むくりと身体を起こした。
「……大丈夫か?」
こめかみを押え、俯く彼女のあまりにも苦しそうな姿に安東はずりずりと膝立ちで近付いた。
手を伸ばし、もう少しで彼女の華奢な肩に触れそうになった瞬間、バシッ――と頬に痛みが走った。
ミキは振り向き様、左手を振り抜いた。
「ちょっと、あんた誰よ!」
女神は、苛烈な女だった。
§
∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵
安東が花村ミキの胸を刺したとき、彼女は倒れる自身の身体と入れかわるようにその場に立っていた。
一体、何が起こったのか――?
安東は、生温かさを右手に感じながら、同じくあ然とした彼女と目を合わせた。寸分違わぬ派手な服装で、二日前に買い与えたブランド物のショルダーバッグを提げている。
「死んだんじゃないのか……」
ポツリと零した自身の声に驚き、いまだ目を見開いて見つめてくるミキから目を逸らした。
地面には黒黒とした血溜まりの上で彼女がうつ伏せに居る。
確かに彼女は死んだのだ。
安東はごくりと唾を呑み込んだ。闇夜に青白く佇んでいたミキが、雲の隙間から伸びた光で透けていた。ささやかな白い蛍火を数匹纏わせ、薄い両手を返してはまた返していた。――途端、安東は怖くなった。足先から悪寒が駆け上がった。気付けば外灯を避けるようにしんっと静まり返った住宅街を駆けていた。
§
安東とミキが出会ったのは、半年前の夜の繁華街。仕事で疲れ、人に当たらないようけれど独り身の寂しさを切り外せずに、喧騒の傍らをぼんやりしながら歩いていた。
すると、もうすぐ家に辿り着くところで、柔らかい何かを踏んだ。
ぎょっとして踏んだ片足を上げる。足元を見れば山積みのゴミ袋の間から手が生えていた。
それがミキだった。
ミキは踏まれても声を出せないくらい、気付かないくらいに泥酔し、服や髪の毛に生ゴミをつけ、掻き分けたゴミ山で寝ていた。年は二十過ぎたばかりか幼さを残していたが、青白い顔色で半開きの口元にはそそるものがあった。ぷーんと鼻に付く臭いもまたいい――
安東は、初めて感じた自身の性癖に信じられなかった。何の取り柄もない、しがなく普通の人間だと思っていたが、ミキを抱き起こした手は興奮で震えていた。
五十も過ぎてからの嗜好の異常さは、まるで初恋を覚えた少年の頃に戻ったようだった。
安東は、自宅のボロアパートの一室へ連れ込むと、ミキを玄関ヘ座らせて、首にぶら下がっていたちいさなショルダーバッグから財布とスマートフォンを抜き取った。財布の中には、『花村ミキ』と書かれた近所の女子大学の学生証と千円札が三枚、スマートフォンはロックを外せるわけもなくバッグの中へ戻した。
正直、安東はわからなかった。介抱してやろう、ゴミ山の中で可哀想だという気はなく、連れ帰って来てしまったことに戸惑うが、身体の奥底から響く「それでいい」と肯定する声に従ってしまった。
自分で、自分がわからない……しかし――、汚れた服を脱いだミキの身体はしなやかだった。
蛍光灯の下で艶かしく輝く肌、薄っすら口紅の残ったそこから甘い誘いが聞こえるようだった。
けれども、安東は手を出すことはしなかった。いや出せなかった。この瑞々しく妖しい色香を放つ身体に神々しさを覚え、こ汚い自身に舞い降りた奇跡に思えたのだ。彼女はそう――女神だ。
女神は言った。この身体を拭け、と。
安東は、言われるがまま――自身の妄想であるとわかっていながら――湯を沸かし、一番綺麗なタオルを引っ張り出した。御中元の余りだと言われて仕事場から貰ったそれは、『加西工業』の青文字が印刷されている。ゴワゴワとした手触りに申し訳なく思ったが、いまだビニール袋に入ていたものはそれしかない。誰にも触れられていなく、まっさらなものだ。
仕方なく、溜め息を零し、湯に浸した。そして、堅く絞り、畳の上に寝かしたミキの身体を優しく、丹念に拭いていった。明日は、彼女に見合ったものを買いに行こう。柔らかで、色鮮やかな彼女だけのものを……
安東は一晩中ミキを眺めた。
暫く裸のままにしていたのだが、可愛らしいくしゃみを聞いて、慌ててシャツを着せた。
一安心してまたボロアパートの壁に寄りかかり、物音一つ立てずに膝を抱えて見つめた。
隣の部屋から聞こえるイビキがより安東の世界を引き立てる。ミキに触れていたときに感じた恍惚さは幻のようで、時折、夢を見てると錯覚させた。
だが、彼女は現実のもの――
安東は歓びを隠せず、終始不気味な笑みを浮かべた。
ミキが目覚めたのは、次の日の朝だった。
二日酔いなのか見た目から想像出来ない低い唸りを上げて、むくりと身体を起こした。
「……大丈夫か?」
こめかみを押え、俯く彼女のあまりにも苦しそうな姿に安東はずりずりと膝立ちで近付いた。
手を伸ばし、もう少しで彼女の華奢な肩に触れそうになった瞬間、バシッ――と頬に痛みが走った。
ミキは振り向き様、左手を振り抜いた。
「ちょっと、あんた誰よ!」
女神は、苛烈な女だった。
§
流し読んで気になるのは、空いた行間。好みとしてはぎゅっとしたのがいい。セリフの前後を空けないとか。
で、強調したいところの前後だけ空けたいが、それもどうだろうかと悩む。場面が変わるところだけを空けるべきではなかろうか?
読者が読みやすことも重要だ――と幾つかのエッセイを読んだこともあるが……ほんとにそうだろうか?というか、読みやすいってもっと別のことだと思う。
ちなみに、読みやすいか読み難いかで答えると、文頭が一マス空けられていなく、改行はしてあるものの空けられた行間もなく、ズラズラと続いているのはとても読み難い。タイトルが気になって開いてみても、そんな風に書いてあるものは読まずに閉じてしまう。
例えば……
ポツリと零した自身の声に驚き、いまだ目を見開いて見つめてくるミキから目を逸らした。
地面には黒黒とした血溜まりの上で彼女がうつ伏せに居る。
確かに彼女は死んだのだ。
安東はごくりと唾を呑み込んだ。闇夜に青白く佇んでいたミキが、雲の隙間から伸びた光で透けていた。ささやかな白い蛍火を数匹纏わせ、薄い両手を返してはまた返していた。――途端、安東は怖くなった。足先から悪寒が駆け上がった。気付けば外灯を避けるようにしんっと静まり返った住宅街を駆けていた。
これが最初から終わりまで連なっていると、私にはとても辛い。それが好きな方もいるでしょうけどね…
次こそは、続きを書いていこうと思います。