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文化祭の準備!? Ⅰ

 月曜日、真琴がいつものように出勤すると、古庄もいつものように新聞を読んでいた。


「おはようございます」


「おはよう」


 別々の家から出勤し、こんな風に挨拶を交わしてはいるが、これでも結婚5日目の新婚さんだ。


 結婚してからこの二人は、その事実にかかわらず、一緒に暮らすどころかキスさえも、キスどころか一緒に食事さえもしていない。これでは今までと何ら変わりのない、ただの同僚だ。


「ラグビー部の練習試合はどうでした?」


 真琴も幾分心の硬直が解けて、自然な感じで古庄に話しかけることができた。その感じを受けて、古庄もホッとする。


「うん。相手はどちらかというと格上で、今まで勝ったことなかった学校だったんだけど、昨日の試合では勝ったよ。島田が2本もトライを決めてね」


 真琴はそんな古庄の話を聞いて、ニッコリと笑った。

 その笑顔に、古庄の胸がキュウンと痺れる。真琴のことを抱き締めたくてたまらなくなるが、ここが職員室だということを思い出して、必死で衝動を宥めた。


「賀川先生は、久しぶりの実家はどうだった?」


 そう尋ねられて、真琴は肩をすくめる。


「久しぶりですけど、相変わらずでした」


 古庄は次の質問が口に衝いて出てきたが、口には出さずに机上にあったメモ用紙に走り書きして、真琴に渡した。



『俺とのこと、ご両親には話した?』



 質問を目にして、パッと真琴は古庄へと視線を向けた。しかし、一瞬後には目を逸らして俯き、首を横に振った。

 そして、一つため息をついてからペンをとって返事を書いた。


『すごく驚かせてしまうのが分かっているから、とても言い出せませんでした』


 それでなくとも、真琴の年齢を考えて、親戚の間からも『結婚はしないのか?』という質問を頻繁にされている状況だ。

 そんな中で、彼氏の影も匂わせていない真琴が突然結婚したことを告げたら、それこそ大騒ぎだ。


「そうか……」


 古庄も、メモを見てため息と共に呟いた。もう一度、真面目な顔でメモを書いている。


『近いうちに、ちゃんとあいさつに行かなきゃいけないから、その時に一緒に報告するかな』


 メモを受け取って、真琴はぎこちなく頷いた。そのぎこちなさは尾を引いて……、真琴の態度は再び先週と同じようなものに戻ってしまった。



――……しまった……。



 学校で〝結婚〟の話をするのは、タブーみたいだ。それを真琴に意識させるとこうなってしまうということが、古庄にもやっと分かってきた。


 でも、それなら、学校でない所で話をしなければならない。そうしなければ、中途半端な今の状況は打開できない。しかし、今は仕事が忙しすぎて、その余裕がなかなか見つけられなかった。


 それに、約束の一年が過ぎ、結婚までしたというのに、古庄はまだ真琴を抱き締めることさえできていない。

 古庄はまず、結婚という強固なつながりを作って、それから細かいことを埋めていけばいいと思っていたのだが、なかなかその細かいことが埋められない。

 住まいなどの物理的なことも、真琴との心の距離も…。


 現状はずいぶん、古庄の計画とは違っていた。



「賀川先生、ちょっといいですか?」


 声をかけられて真琴が振り向くと、そこには理子が立っていた。とっさに手にあった古庄からのメモを丸めて、手の中に隠す。


 理子はそんな真琴の不自然な素振りに気づくことなく、意識はすでに真琴の隣にいる古庄へと向かっている。


「一宮先生、なに?」


 真琴に訊き直されて、理子は本題を思い出し、古庄から視線を移した。


「あの、特活部の先生たちが持ち回りでやっている放課後の見回りのことなんですが……」


「うん」


 真琴と同様に、理子も特別活動の分掌に配属されていて、文化祭の準備期間中は放課後の見回りをすることになっていた。


「賀川先生が担当する日と、私が担当する日を換わってもらえませんか?」


 そう言いながら、当番表がプリントされた用紙を指し示す。

 当番は2人ずつ組まれていて、表に書かれている真琴の相手は古庄だった。


 理由は訊かなくても解っている。理子は古庄と二人きりになりたいと思っている…。忠実に、お姉さん先生たちのアドバイスを実行に移しているようだ。


 小柄で華奢な理子は、目鼻立ちもくっきりと優しげに整っていて、男性ならば誰しも守ってあげたいと思ってしまうような可憐な女性だ。

 フェロモンを漂わせて押せ押せムードの平沢のようなタイプはまだしも、こんな理子のようなタイプに想いを寄せられると、古庄だって心が動いてしまうかもしれない。


 でも、古庄に理子を近づけたくないというよりも、理子の気持ちを後押しするような感じがして、真琴は気が進まなかった。

 何と言っても、古庄は「既婚者」だ。

 しかし、確たる理由も言えないのに断ると、理子を変に刺激しかねない…。


「うん。いいよ」


 気が付くと、真琴はそう答えていた。理子の表情がパッと明るくなる。


「ありがとうございます!」


 理子はそう言って頭を下げると、愛らしい満面の笑みを残して、自分の席へと戻って行った。




 文化祭の準備も佳境に入り、連日生徒たちは遅くまで残ってステージの練習やクラス展示の制作に励んでいる。


 真琴のクラスの展示は、真琴が世界史の担当ということで「世界遺産」。

 同じように古庄は地理の教師なので、彼のクラスの展示物は「世界の秘境」という、似たような内容だった。


 ただ、古庄は今年、生徒会担当ということもあり、文化祭全体を指揮しなければならず、自分のクラスの方にまでなかなか手が回っていない。

 古庄のクラスにも数学科の副担任がいるのだが、古庄のクラスの生徒たちは、真琴の方が詳しいと思うのだろう。展示の内容のことなど、古庄の代わりに真琴へといろいろと相談していた。


 古庄がそれに気づいているのかは知らないし、真琴の忙しさは増すけれども、陰ながら古庄の役に立てているのがとても嬉しかった。古庄のクラスの生徒に慕われるのは、彼の分身に慕われるようでもっと嬉しかった。


 それに、文化祭の時のように生き生きと生徒が活躍して、それに自分が力を貸せる時、真琴は本当に教師になってよかったと思うのだ。



 真琴の毎日は、日々の業務や授業の準備と、この文化祭の作業に追われ、真琴の頭の中はこれらのことで埋め尽くされていた。


 だから、心を少し曇らせる〝結婚〟のことは、学校にいる間は考えなくても済んだ。


 放課後はほとんど、古庄と顔を合わせることがなかったので、真琴は古庄に帰りのあいさつもできずに〝自分の家〟へと帰った。


 本来ならば、自分は〝妻〟として食事の準備をして〝夫〟の帰りを待たなければならないのだろうと……、真琴は思う。


 けれども、帰宅して自分のためだけの簡単な食事を作り、それを食べてお風呂に入ると、あまりの疲れに、古庄のことを考える余裕もなく眠りに落ちてしまう。

 そして、また朝が来て、バタバタと準備をして出勤する…。


 今の自分にこの生活を変える余裕があるのか……。


 そんなことを思いながら、まぶしい9月の朝日に、真琴は目を細めて車に乗り込んだ。




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