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女子会で恋バナ Ⅱ


 いっそのこと目の前にいる仲間たちに、古庄と結婚してしまった事実を打ち明けてしまおうか…という衝動が、真琴の中に起こってくる。


 そうすれば、聡明な同僚たちが今自分の中に渦巻いている悩みのような心情を解明し、整理してくれるかもしれない。いつも親身になって心配事の相談に乗ってくれる彼女たちならば、秘密も守ってくれるだろう…。


 真琴はそう考えて、話を切り出そうとした。その矢先、


「ま、この人たちの結婚のことはどうでもいいとして、一宮ちゃん。彼氏いるの?」


 理科教師の中山が、理子へとズバリ質問した。

 真琴は機会を逸して、喉元まで出てきていた言葉を引っ込め、口を閉ざして話の成り行きを見守ることになった。

 質問された理子は、目を丸くしてナイフとフォークを置く。


「…いや、あの。彼氏はいないんですけど……。」


と言いながら、その顔はみるみる間に真っ赤になった。


「いないのは、それでいいとして。『けど』って付くのが気になるね」


「さては、好きな人はいるなぁ?!」


「誰よ?誰よ?教えてよ!」


 理子はすっかり、お姉さま方のオモチャになっているようだ。

 再び助けを求めて、理子は真琴に視線を向けたが、今度は真琴も気の利いた言葉が出てこなかった。観念した理子が、恥ずかしそうに口を開く。



「……あの…好きな人は、古庄先生です……。ずいぶん年上なんですけど……」



 『古庄』という名前を聞いて、真琴の心臓が口から出てきそうなくらい飛び跳ねた。それと同時に仲間一同は、驚くよりも「あぁ……」というため息のような声を上げた。


「古庄先生ねぇ…。そっか、そうだよね。あの完璧な容姿の男性がいきなり目の前に現れたら、そりゃ、誰でもコロッと参っちゃうよね」


 谷口がニッコリ笑いながら、そう話す。


「えっ?!誰でも…なんですか?」


 理子は両手を胸のところで結んで、話題を掘り下げる質問をした。


「彼の存在は、女性にとっては衝撃そのものでしょ。草食系でも肉食系でもなくって、本当に心地いいのよね。私だって、出会った時はポーッとしたわ」


「えっ?ウソ。谷口先生も?」


「ってことは、中山さんも?」


と、一同そろって古庄に出会った時のことを暴露し合う。


 確かに、古庄と出逢ったばかりの真琴にとっても、彼の存在は衝撃というより脅威だった。


「まあ、彼の魅力にのぼせちゃうのは、女子生徒だけじゃないってことよね」


「…そ、それじゃあ、皆さん。皆さんも古庄先生のことが好きってことですか…?!」


 理子は焦りのあまり、泣き出しそうな声を上げた。


「いや、それはそうじゃない。今は別に何とも思ってないしね」


「確かに、素敵な男性だとは思うけど、好きではないわね」


 理子は胸を撫で下ろしながら、さらに確かめる。


「今は…ってことは、前は好きだったんですよね?」


「そうねぇ、好きになる手前って感じだったかな?でも、食事に誘ったりいろいろアプローチしてみても、古庄先生なびいてこないし、そんな相手にされない自分が虚しくなったのよね」


「そうそう。彼っていつも新聞読んでて、とても物知りでしょ?だから何でもないことをわざわざ彼に質問しに行ったりしてたんだけど、真面目に答えてくれるだけ!それ以上何も進展しなかったわ~」


 谷口と中山は面白そうに言い合って、声を立てて笑った。

 表立っては分からないが、大概の女性は水面下で、何かしら古庄に行動を起こしているということだ。


 目の前で繰り広げられている古庄談義を、真琴はドキドキと激しい鼓動を打ちながら口も出せず、ただ黙って聞いていた。

 初めから分かっていることだけれども、古庄がこれだけモテるということを、真琴は改めて思い知らされた。



「賀川先生はどうなんですか?…古庄先生と仲がいいみたいですけど……」


 いきなり理子からそう振られて、ドキッと真琴の心臓がいっそう大きく脈打つ。目を見開いて、不安そうな理子の表情を捉えた。


「…わ、私は、出会った時から特に何にも思わなかったし。古庄先生と同じ学年で同じ教科で、たまたま接点が多いだけだから」


「そうなんですか……よかった……。実はちょっと気になってたんです」


と、理子のホッとした声を聞くことはできたが、嘘をついてしまった真琴の良心は著しく苛まれた。

 心の中の目を閉じて、「ごめんね」と理子に詫びる。


「賀川先生より、気をつけなきゃいけないのは、平沢先生じゃない?」


と、しばらく黙ってスズキを食べていた石井が、食べ終えて口を開く。


「ああ、9月から来てる産休代替の?あの色気で押しまくってるよね~」


「そうそう、人目をはばからず、職員室でよくあれだけ露骨に迫れると思けど」


 平沢のような、男に媚びを売る感じのタイプは、女からは煙たがられるようだ。中山の言葉には、ちょっとトゲがあった。


「ま、古庄先生は、あんなタイプにコロッと行っちゃわないとは思うけど、気をつけるに越したことないからね」


 石井は微笑みながら、理子にそうアドバイスした。


「…き、気をつけるって、どうすればいいんでしょう…?」


 純粋培養の理子にとっては、恋の駆け引きも未知の領域らしい。お姉さま方に、さらなるアドバイスを求めてくる。



「うん、でもね、一宮ちゃん。他の誰が古庄先生を好きかは、どうでもいいことなのよ。両想いになるためには、古庄先生に想ってもらわなきゃいけないわけ。それが一番難しいことなのよ」



 今こそ、結婚はしないと断言している谷口だが、今に至るまでにはたくさんの恋愛を経験してきているのだろう。熟練者の含蓄のある言葉だった。


「私、古庄先生と同じ年に赴任してきたんだけど、この4年半、彼には全く女っ気っていうものは感じなかったわね~。確かに、彼に想ってもらうっていうのは、難しいかも」


 というのは、石井である。彼氏のいる石井は、さすがに古庄には言い寄らなかったらしいが。


「生徒を含めて、これだけいろんな女の人からモテてるのに、女っ気がないとは…!もしかして、古庄先生ってホモなんじゃない?」


 中山が笑いながらそう言うと、谷口と石井も吹き出した。


「それ!あり得るかも~」


「ラグビーやってて、いい体してるから、その筋の人からもモテそうだしね~」


 などと言いながら、他人事の3人は笑い転げている。


 理子は、もしそうなら古庄と両想いになる望みがなくなるので、気が気ではなく笑うどころではない。

 古庄が『ホモなどではない』と断言できる真琴だったが、それを話すとその根拠を尋ねられるだろう。理子の前で、古庄と結婚したなどと言えば、彼女を傷つけてしまう。

 重苦しい秘密を抱えて、真琴も到底笑える気分ではなかった。



「ま、一宮ちゃん。うまくいくといいね。私たちでよかったら、いつでも相談にのるからね!」


 頼もしいお姉さまたちの言葉に、理子はその恋心を奮起させて、嬉しそうに微笑んだ。

 その光景を見て、真琴は何とも言えず気が重たくなる。もしこれから、理子に古庄のことを相談されたら、どうすればいいのだろう…。


 その時、コースの最後のメニューであるデザートが運ばれてきた。プレートに載せられたシャーベットや小さなケーキたちに、感嘆の声が上がる。


 古庄のことから話が逸れて、真琴は少しホッとしたが、その胸に渦巻く悩みはいっそう深くなった。





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