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夜明けの作業


 単純な作業を繰り返して、息が切れた頃に休憩が入り、そしてまた作業をして……。それを何度繰り返しただろう。

 短冊を台紙に張り付けていた古庄が、息を吐きながら言った。


「さあ!終わりが見えてきたぞ。頑張れ!」


 真琴が時計の針を見ると、もう夜中の2時半を指していた。眠気を感じてもいい時間なのに、集中しているからか目は冴えわたっている。誰も眠そうな顔をしている者はいない。

 真琴は大きく伸びをした後、再びペンを取って数字を指で辿り、指定された色をただひたすら塗っていく。



 終わりが見えてきた……と古庄が言ったものの、なかなかゴールまで辿り着けず、それから2時間の沈黙が過ぎ去っていった。そして……。


「終わった――――っ!!!」



 実行委員長が最後の一枚を貼り付けた瞬間、一同はそろって声を上げた。

 憂き目を見たモザイク画は、きれいに修復され再び完成した。真琴と古庄と六人の生徒たち、その八人で修復する部分の半分以上の部分を手掛けたことになる。


 ホッとするのも束の間、古庄が口を開く。


「まだ終わってないぞ。これを屋上から吊り下げる作業が残ってる」


 生徒たちは「ああ……」とため息をつき、気を取り直してやる気を奮起させた。



「……お前……。今度は落っことすなよ」


 生徒の一人が、実行委員長に向かってポツリとつぶやく。


「もう、落とさねーよ!絶対に!!」


 実行委員長は真っ赤な顔でムキになって、そう叫んだ。


「今度は落としても、下に書道部はいないから、大丈夫よ。破れるだけなら、すぐに修復できるわよ」


 真琴が笑いながら言うと、生徒たちは必死になって声をそろえた。


「もう!勘弁してください!!」


 それを聞いていた古庄も、声を立てて笑う。


「それじゃ、今度は慎重にいこう。運ぶ時も、気を付けるんだぞ」


 一同は頷いて、巻き取ったモザイク画を全員で抱え、そろりそろりと教室を出て階段を上がった。




 屋上に出ると、すでに東の空がうっすらと明るくなりつつあった。徐々に夜の闇が取り払われて、手元くらいは確認できる。


「どっちにしろ、この時間になって良かったな。暗い時には、この作業はできなかった」


 屋上に置きっぱなしになっていた竹竿を、モザイク画の所定の場所に配置しながら、古庄が言った。


「そうですね。色塗り作業が終わって、明るくなるまで待ってたら、俺たち寝ちゃってたと思います」


「一旦寝たら即行熟睡だから、途中で起こされても、絶対に起きられないよな」


 生徒たちは楽しそうに、そう言いあいながら、ガムテープでしっかりとモザイク画に竹竿を接着させていった。


 竹竿にロープを結わえて、いよいよ吊り下げる作業に移り、皆の緊張が一気に高まる。作業の手順は解っているので、皆の口数は少なくなって、しまいには誰も口を利かなくなった。


「待って!手を滑らせても大丈夫なように、先にロープの端を手すりに結んでおけばいいんじゃないの?」


 沈黙を破って、側で作業を見守っていた真琴が横から口を出した。


「おー!先生、頭いい!!」


「そうだよ!そうしとけばよかったんだよ」


 生徒たちは口々にそう言って、早速それを実行する。


「あんまり身を乗り出して、落っこちるなよ」


 少し離れた場所から、古庄が声をかけた。古庄も、もう自分は手を出さず、生徒たちが慎重に作業を進めるのを、微笑みを含ませて見守っている。


 少しずつ夜が明けていく薄暗さの中に、古庄の安らかな表情が浮かぶ。その表情を見て、真琴の心もホッと和いでいく。



――あの人のあんな顔を見られるためだったら、私はどんなことだって……。



 それは、真琴の誓いのようなものだった。古庄が安らかで幸せでいてくれることが、真琴にとっても何よりも幸せなことだった。



「賀川先生、下に行って、絵が傾いてないか確認してもらえますか?」


 生徒の一人から、声をかけられる。


「分かった」


 真琴はうなずいて、急いで階段へと向かった。

 モザイク画は近くで見ていても、何が描かれているのか、よく分からない。生徒たちからも古庄からも、何をモチーフにしているのかは、聞いていなかった。


――早く、絵が見たい……!!


 逸る心を抑えながら、真琴は廊下からの出入り口に置いてあった靴にはきかえて、中庭へと出る。


 徐々に明るくなっていく、秋の朝の澄んだ冷たい空気の中、校舎の壁を覆い尽くすモザイク画が浮かび上がって、真琴の目に映された。





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