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心の支え


 真琴に一目惚れしたのは、去年の春だ。

 性格や思想や生い立ち、その声さえ知らないのに、古庄は真琴に恋をした。それ以来、真琴との些細なことが積み重なって、いろんな真琴のことを知り、その度に古庄の想いはどんどん深くなっていった。


 こんな風に、真琴が古庄の手足になるように、そっと手助けしてくれる時は特に。常に気にかけて、見守ってくれなければできないことだ。自分を犠牲にできる、懐の深い人間でなければできないことだ。


 そんな真琴が、愛しくてたまらない。


 今はもう、出会ったころの淡い想いが滑稽に思えるくらい、一年間という時間に鍛えられて、真琴への想いはもっとずっと深く強くなってしまっている。もう、真琴が傍にいない自分なんて、何の意味もなかった。それほど、真琴は古庄にとってかけがえのない存在になっていた。



 生徒たちはあっという間に弁当を食べ上げて、再び作業に取り掛かる。お腹が満たされて、かなりやる気が出たようだ。加えて、台紙に短冊を貼る役目と休憩をローテーションで入れるようにしたので、作業効率は格段に上がった。


 真琴も一緒に弁当を食べ、ごみを片付けると、先ほどのように短冊を塗る作業を始めた。


 初めから、帰宅してしまうなんて、これっぽっちも考えていなかった。さっき、率先して帰るようなそぶりを見せたのは、ああでもしないと女子生徒たちを帰せないと思ったからだ。それも、古庄の意志を汲んで、行動したことだった。


 このモザイク画が出来上がるまで協力すると、生徒たちと約束した。

 それに、……どんな些細なことでも、古庄のためになりたい……。そのためには、真琴はどんな努力も惜しまなかった。


 一緒にやっていけるかどうか、なんてどうでもいい。今この瞬間、自分は古庄と一緒にいたいと思い、ただ一緒にいられさえすればこの上なく幸せなのだ。


 そのことを、やっと真琴は悟った。


 古庄がいてくれるから、自分も生きてここに存在する意味がある……。古庄は真琴にとって、恋するだけの対象ではなく、心の中の主柱だった。



 時間は刻一刻と過ぎていき、午後十時に差し掛かったころ、作業の途中で古庄が口を開いた。


「まだまだ終わりそうにないな。よし!遅くなったけど、ここで帰りたい者は帰っていいぞ。残る者は覚悟を決めて、今日は徹夜だ。家に連絡を入れておけ」


 生徒たちは当然、帰る気はないらしい。おもむろに作業を止めて、携帯電話を求めて鞄のところへ向かった。そして、それぞれもう一度家へと連絡する。


 五人の生徒たちはすぐに電話を切り、作業へと戻ってきたが、1人の生徒の親はなかなか納得してくれなかったようだ。様子をうかがっていた古庄がその生徒の肩を叩き、電話を代わってもらって教室を出た。するとすんなりと話が着いたらしく、すぐに教室へと戻ってきた。


「俺の母さん……。俺が相手だとぐちゃぐちゃ言ってたくせに、古庄先生が電話に出た途端、態度が豹変するんだから。いくら古庄先生がイケメンでも、あれはないと思うぜ」


 言うまでもなく古庄は、生徒の母親の間でも人気が高い。古庄とお近づきになるために、我が子をラグビー部に入れようとするくらいだ。電話の対応をしてもらった男子が、肩をすくめながら他の男子に話すのを聞いて、真琴は唇に笑いをもらした。



 古庄が古庄でいる限り、この現象は変わらない。

 歳を取っていくにつれて、女子生徒たちから想いを寄せられることは少なくなるかもしれないが、女性の心を一瞬で捕らえてしまうことは、これからも変わらないだろう。


 ……でも、それも古庄の一部だ。それを否定して、古庄を好きでいる資格なんてない。

 ……そう、真琴は思うようになっていた。


 それに、いくら女性に言い寄られても古庄がふらついたりしないことは、出会ってからの1年半の間、彼を見ていたから分かる。同僚の谷口が言っていたように、鉄壁とも言える「無関心」で、女性たちを自分の領域には踏み込ませなかった。


 真琴はふと目を上げて、懸命に真琴と同じ作業を続けている古庄の、端正な横顔を見つめた。



――私は、あの人の妻になった……。



 とても深い愛情と共に、特別な領域へと迎え入れられた。

 自分のどこに古庄が魅了されているのかは未だに謎だが、真琴は古庄に心の底から想われ、求められていることは身に沁みていた。




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