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絶対絶命 Ⅲ


 古庄が動き始めると、生徒たちも一斉に動き始めた。破損した部分の修復の仕方を話し合い、早速作業に移る。


 作業の大半は、五色に塗り分けられた短冊を、もう一度作り直すことだ。必要になる短冊は、およそ千枚にものぼる。



 マス目入りの短冊の余りがないので、真琴が印刷をしに職員室へ走る。そこから戻る時、特別活動部の教員たちに、手伝ってくれるよう声をかけた。


「……そこには、古庄先生もいるんですよね……」


 こわばった顔をして、そう言ったのは理子だ。

 金曜日の夜、恋する古庄の前で醜態をさらしてしまった理子は、恥ずかしさと気まずさのあまり、古庄と間近で接することを躊躇した。


 理子の気持ちは、解らないでもない。でも、学生気分が抜けないのか、私情を挟んで行動を渋る理子に対して、真琴は一つ大きなため息を吐いた。


「一宮先生。生徒たちがやってることは遊びみたいに見えるかもしれないけど、これは私たちにとって仕事だから。自分の気持ちとかそういうことは割り切らなきゃ、自分に与えられた役目は果たせないと思う。…でも、勤務時間は終わってるから、都合が悪いんなら無理に…とは言わないけど……」


 いつも優しくしてくれる真琴から、自分の甘さと未熟さを指摘されて、理子は表情を硬くして黙ってしまった。


 理子を傷つけたかもしれない……。真琴はそう思ったが、自分の言ったことについて謝ったり訂正したりはしなかった。


 それに、ここでぐずぐずしてはいられない。

 理子に挨拶の代わりにニコリと笑顔を向けると、きびすを返して再び特別教室棟へと走った。

 


 教室内は、緊張した熱気に包まれている。生徒たちも古庄も、破損した短冊を新たに作り直すために、一心不乱に色の塗り分けをしている。


「短冊、新しく刷ってきましたよ。800枚あれば足りる?」


「ありがとうございます!足りると思います」


 真琴が声をかけると、どこからともなく応えが返って来る。

 短冊をひとつかみし、四色の油性ペンを持って、真琴が机に着いた時、理子が他の教員たちと共に、その教室に現れた。

 特活の教員だけではなく、有志の教員たちが手伝いに来てくれている。その中には例の平沢もいた。


「賀川先生。何をすればいいですか?教えて下さい」


と、殊勝な面持ちで、理子が真琴の側に立った。真琴は微笑みを浮かべて、彼女を見上げた。


「それじゃ、教卓のところにこの短冊があって、あの生徒のところに番号の書いたまた別の小さい短冊があるから、その並んでる数字の通り、マス目を5色に塗り分けてくれる?0は白、1は黒、234はそれぞれ赤青黄に対応してるから。こんな感じで。それと、必ず短冊の通し番号を裏に書いてね」


 真琴は、塗り分け作業をしかかっている手元の短冊を、見せながら説明した。理子もうなずいて、早速作業に取りかかる。



 それから、生徒たちと教員たち、総勢二十数名で黙々と作業を続けた。さすがの平沢も、今回ばかりは空気を読んでいるのか、古庄から遠く離れた教室の隅で作業にあたっている。


 作業に没頭しながらも、真琴は理子に気付いてもらいたかった。古庄にどう思われているかにこだわるよりも、生徒たちと一緒に何かを成し遂げることが、とても素晴らしいということを。

 それに気付けたら、理子はもっとずっと教師として成長できる……。真琴は生徒を思うような気持ちで、理子のことを見守っていた。



 色が塗られた短冊は集められて、大きな模造紙の台紙に貼られていく。黙々とした空気の中、時折古庄の声が響いて、台紙に貼る作業を手伝っているらしかった。


 顔を上げて確認したわけではないが、真琴には古庄がどこで何をしているのか、その目で見ているかのように分かってしまう。空気を伝わってくる、彼が発する波動のようなものを感じ取って。

 そして、そこに古庄がいると分かるだけで、真琴の心は切なく震えるのと同時に、安らかに和いでくる。


 けれども、それから真琴は目の前のやるべきことに無心になり、古庄の存在さえも意識から消えた。少しでも早くモザイク画を完成させて、生徒たちを延いては古庄を安心させてあげたい……。ただ、それだけだった。



 その時、誰かの携帯電話の着信音が鳴り、真琴に声をかけられて手伝いに来ていた特活主任が席を立った。


「申し訳ない。古庄さん。もう帰ってもいいかな?うちのカミさん、夕食が遅くなるとうるさいんだ」


 教室に戻ってくるなり、特活主任はそう言って謝った。


「いえ、とんでもない。どうぞ、お帰り下さい。来てくれて助かりました」


 古庄がそう答えるのを聞きながら、真琴も教室の時計に目をやる。時刻はすでに午後7時を過ぎていた。


「よし!じゃあ、ここでいったん切ろう。女子はここまでだ。遅くなると危ないから、すぐに帰ること。先生方も、ありがとうございました。もう管理棟が閉まってしまうので、お帰り下さい」


 古庄は潔く決断し、張りのある声で指示を出した。

 そうは言うものの、まだまだ作業は進んでいない。まだ修復が必要な部分の半分程度しか終わっていないので、帰れと言われても、皆なかなか立ち去りがたかった。


「分かりました。それじゃ、帰ります。管理棟が閉まるから、急ぎましょう」


 そう言って立ち上がり、片づけを始めたのは真琴だ。真琴が他の教員たちを急かすように動き始めると、皆もそれに倣って帰る準備をし始めた。


「男子はもう少し、頑張ってもらうけど、遅くなるって家に連絡を入れておけ」


 男子たちは頷くと、一様に自分の携帯電話を取り出した。古庄は再び、短冊の貼り付け作業に戻る。そんな光景を横目に見ながら、真琴は他の教員たちと共に職員室へと戻った。




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