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4話…イヴ

 自分がなぜここにいるのか彼女はわかっていなかった。

 知識ならある。今いるこの国は日本という国だ。


 ……いや、国だった、と言うべきか。


 世界で今なお「国家」としての体裁を保っている枠組みは、今や少数派だ。というよりも存在しないかもしれない。

 その辺り、情報が入ってこないのでどうともいえない。特に知りたいとも思っていない。


 当然、今でも国力とも言うべき組織力に大きな隔たりはあるが、他国の国土に侵略し、資源を略奪するような「無駄」をするような国家はない。

 快楽、悦楽、幸福を得るための努力は、死のみで事足りることは最早常識であるからだ。


 彼女が元いた国はアメリカだった。子供の頃から天才(ジーニアス)と羨望の視線で持て囃されていたこともあったが、それらはすぐに畏怖に変わった。彼女はあまりにも天才過ぎた。

 世に言う天才たちは、彼女を知ると自らを凡夫としか思えなくなると言う。


 明らかに異端。

 呼称が天才(ジーニアス)から、化け(モンスターやクリーチャー)と呼ばれるようになるのもまた、時間の問題だった。そんな彼女でも、自分がなぜこんな場所(くに)にいるのか分からない。天才の中の異端にも分からないことがある。


 生産は殆どなくなったが、人口当たりに比較して、土地も資源も豊かになった今、犯罪の危険性もまた殆どない。平和な世界で彼女は異国に放り出されたが、持ち前の「天然さ」で図太くも手頃な都市で生活していると、それは唐突に襲ってきた。


「は…はは…」

「?ハロー、何を笑っているですか?」

 不気味に笑う少年。彼女は不思議そうに、自分に向けてその笑いを向ける少年に、そう問いかけた。


 返事はない。ただ一層少年は笑みを深くして、狂気に顔を歪ませた。

「ははっ…!」

 突然伸ばされた手を、常人から逸脱した判断能力で、力を逸らしながら後ろに下がる。


「何をするです!」

「今からあんたを襲うんだよっ!」


 襲う? 襲う…? その言葉の意味は理解できたが、同時に訳も分からない。

 なぜ襲うのか。彼女は暴力を、精神の自己防衛のための手段(ツール)だと理解している。暴力で得られる依存性のある悦楽もストレスの発散作用も、自身の安寧を齎さんとした動物的本能による自己防衛のための行動で、理性のエラーだと考えていた。

 況んや(いわんや)安寧など、死すれば良いだけだ。悦楽も同様。

 暴力を振るうならば、なぜ死なない? 彼女の脳が軽くエラーを見つけ出したが、それとは別に自分が今危機的状況なのだとも理解した。


 彼女はまだ死ぬつもりはない。この世界で、やり残していることはまだまだあった。

「っ…きゃあぁあ!」

「っ!?」

 人の気配の減った世界でどれほどの効果があるのか、あまり助けには期待はできない。叫び声をあげると言うのは、助けよりも相手の心理への動揺を誘うことに目的がある。

 精一杯の声をあげて、彼女は自分が根城にしているビルの中に入っていった。


「(ああっ、もう!一体何だって言うんですかっ!)」

 声にせずに悪態を吐きながら、自室のある五階まで一気に駆け上がる。

 高階層にある部屋を使う理由は単純だ。彼女は高いところが好きだった。

 かといって、整備もできないしするつもりもないエレベーターを使う勇気は彼女にはない。いつワイヤーが錆びて落ちるか、分かったものでもない。自分の足で日常的に行き来できると判断したのが五階だっただけだ。

 そんな自分の趣味で選んだ場所にある自室まで走る間、全力で階段を駆け上がらないといけない現実に悪態を吐く。


「(でも、あの場所以外は鍵が空いているかも分からないですし……走り回ってもワタシの足ではすぐに追い付かれるのは目に見えているですし、ね……)」


 その場所以外は基本、利用していない……が、五階を調べた際に、半分以上に鍵が掛かっていたので、楽観はするべきではないと思う。


 ――というのは後付けで、気が付いたらすでに自室に向けて走り出していたというのが正解だ。


 ともあれ五階に到達し、背後から迫る駆け足の音に急かされるように自室へと音をたてて駆け込んだ。

「はぁ…はぁ…」

 内扉から鍵を掛けて、ざっと椅子にへたりこむように腰を落とした。そしてすぐに男も追い付く。


 がちゃがちゃどんどん、舌打ちまぎれに扉が乱暴にされるのを、肩を震わせて眺めた。

 思ったよりも距離がなかったようで、一息つこうと腰を落としかけたときの出来事だった。それでも扉は開くことはなく、扉の音は諦めたように鳴りを潜めて、彼女も安堵の息を吐く。


 ――しかしそれはあまりに早計だった。


「えっ?」

 別室の扉――彼女が物置に使っている扉からがちゃりと音がする気配。

「…っぁ!」

 あの場所に何があったかを思い出すのと同時に、彼女の全身から血の気が引いた。


「っりゃあぁあ!」


 がちゃんっ! 扉の把手(とって)が悲鳴のような音をあげる。隣の部屋にある、この部屋で不要になった椅子が叩きつけられた音だった。

 一度目の把手の叫びは、まだその寿命を奪いきらない。それでも何度も叩きつけられたら保たないことは明白だった。


 がちゃんっ! がちゃんっ! がちゃんっ!


 何度も悲鳴をあげながら、扉はその形を歪まされ、その役目を終えさせられようとしている。

 それに対処しようと、常用している机を扉に運んで即席のバリケードを作ろうとしたが、いかんせん彼女は非力すぎた。


 ろくに机を動かせないままに運命の時は訪れる。


本日から数日開くかもしれません。

原型は完成していますが、編集したりするのに少し手間取るので、暇がないときは投稿できないので。

読んでくださっている誰彼様。もしいらっしゃったら、申し訳ございません。

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