3話…そして「助けて」の声がした
軽くなったバイクは心なしか弾むようにすいすい進む。曲がり角も楽に曲がるし、加速と減速も速い。
「きゃー!」
Gがかかる度に後ろのマナが楽しそうにしがみつく。
ちゃんと景色を見ているのだろうか。そんなことを思いながらも、仮の拠点を用意して身軽になった今、運転そのものがいつもと違って楽しかった。
それなりに遊ぶことにも飽きてきて、周囲にあるものをそれなりに把握したが、人の気配はまだない。ここは外れか? と若干の落胆を胸に抱く。
「きゃあぁあ!」
そろそろ足りない荷物を補おうかと考えていたところに唐突に叫び声が上がった。
「っ!?」
強張ったマナの腕と急に響いた悲鳴が、シンラの胸をきゅっと締めた。
「……人がいるみたいだな」
「そう、だね……うん、けど、なにかあったみたい…」
「行ってみるか」
「うん、助けにいこう!」
聞こえてきた悲鳴の出所を、耳を頼りに探っていく。
それからも悲鳴は断続的に続いて、人のいない都市に吸い込まれるように響いている。
「…あっちか」
シンラが視線を向けた方向を見て、マナもまたこくりとうなずいた。バイクのハンドルを操って向かう間に、悲鳴はどんどん近づいた。
「ヘルプミー!」
「っ?」
目的地の近くまで来て、バイクを停めて周囲を探っていると、近くのビルから声が響いた。
「マナ!」
シンラは一声マナに呼び掛けて、彼女の手を取り駆け出した。
ビルは五階建てで、声は大分上の方から聞こえる。発音の良い英語が悲鳴にはちりばめられていて、余程余裕があるのでなければ外国人と考えるべきだろう。
たまにいるのだ。貨幣が意味をなさなくなった世界で、どうせならこの世界を自由に見て回ってから死のうとする旅人が。
「っ…! マナは後から上がってきてくれ! 危なくなったら逃げられるように、階段の近くで待ってろよ!」
「うん、分かった」
マナの素直な返事に頷き、シンラは埃の溜まった階段を駆け上がる。
死ぬことは怖くない。
「死」は両親のいる場所……あるいはいなかったとしても、無条件な安寧を受けられる場所に訪れるための片道切符だから。
それでもマナの安全を気にかけるのは、危険に晒さないためだ。
「……」
死後の世界を不安視しているのではない。この世界での不幸を不安視しているのだ。
自らが踏み込もうとしている、死後にはないはずの、世界の不幸の現場。
その場所へ踏み込む足は自然と重くなっていた。
なぜ人は、安寧の死から、不幸で満たしうるこの世界へと生まれ落ちたのか。
――少しだけ、そんな思考がよぎった気がした。