ねんがんの 童貞 をてにいれたぞ!(下①)
椿先輩が陽介と勝負をしてから、2ヶ月半の時間が流れた。
季節は春から夏に移り変わり、大学は長い夏休みに向けてにわかに騒がしくなってきている。
あれから椿先輩が陽介に接触した様子はない、陽介の童貞は無事守られたのだ。
陽介は相変わらずだ。
真面目に大学に通い、講義が終わればテニスコートで日向とテニスをしている。
こいつらは何が面白くて生きているのだろう?
もっとも俺も相変わらずだ。
俺は、適当に大学に通い、時間を選ばず合コン三昧の日々を送っていた。
大学の単位については、テニス愛好会のメンバー同士で協力し危なげなく取得できそうだ。
持つべきものは人脈である。
そして、俺の女遍歴は成功率が低いながらも、着実に経験人数を増やしている。
美姫はゴールデンウィーク頃、俺へ何度もリスカ画像を送りつけるという、ドン引き行動を行ってきたため、関係を切った。
テニス愛好会には入らなかったものの、同じ大学に通っているため、一時期俺は、常に美姫がいないかどうかを確認してから行動するという、ストレスの溜まる生活を送るハメになった。
メンヘラって恐い。
風の噂によると、美姫は6月ころに大学を退学したらしい。
「ねね、いいっしょ、いいっしょ?
マジで俺なんもしねぇから、俺マジで紳士だから」
「ええ~」
今日も俺は女を誘う。
統計的に考えれば、俺はフられる確率の方が高い。
それでも声を掛つづければ、結構何とかなるものだと、俺は学んだ。
「もう咲ちゃんも疲れたべ?
少し休むだけだからさ、どっか入ろうよ?」
「う~ん」
こいつ、さっきから面倒くせぇな。
どうせ頭はからっぽなんだから、黙って股を開けよ。
煮え切らない態度を取る女に、俺は苛立ちを感じる。
結局この日の俺は失敗に終わった。
まあいい、次だ、次。
「夏合宿? ウチのサークルで、ですか?」
思わず俺はマサキさんに聞き返す。
「おう、夏休みの間に3日間くらいな」
マサキさんの話しによれば、テニス愛好会では夏休みの間、2泊3日くらいの予定で夏合宿を行うのだという。
テニス合宿という名目上、テニスコートが付随したコテージを借りて行うが、そこはテニス愛好会、内容はほとんどキャンプのようなものらしい。
「そんでさ…夜、時々乱交になることがあるんだよ」
「乱交って、あの乱交っスか?
そんなのAVの中だけのものだと思ってましたよ」
悪戯っぽい笑みを浮かべるマサキさんに、俺は驚いて言う。
「もっとも、ある年とない年があるけどな。
いくらウチのサークルの女共でも、流石に乱交までやる奴は少ないからな」
「まあ、そうっスよね……」
俺はやや残念そうな声音を浮かべる。
最近、俺は女を誘ってもうまくいかないことが多く、あっちの方がご無沙汰であった。
乱交となれば、久しぶりに女が抱けると思ったのだ。
「だけど、今年は椿がいるからな、多分あるんじゃね?」
「椿先輩が? だって、あの人童貞厨っスよね?」
予想外の名前が出たことで、思わず俺はマサキさんに問いかける。
「ああ、椿は童貞が好みってだけで、基本的に唯のヤリマンだからな。
あいつ最近停滞期だったし、相当溜まってるだろうから、乱交にも参加すると思うぞ」
「うげぇ、マジっすか…あの女」
「別にいいだろ? 椿のルックスってタレント並みじゃん。
あのレベルの女とヤレるって、かなりの幸運だと思うけどな」
明らかな不快感を示す俺に対し、マサキさんが不思議そうに言う。
確かに椿先輩の見た目は、客観的に見て、ものすごく良いと思う。
しかし、俺の中であの女に対して、不快な感情が湧いてしまう。
何だろうな、これは。
とにかく夏合宿で乱交か。
椿先輩を抱きたいとは思わないが、目下の所は、これに参加することを目標としよう。
夏休みを間近に控えたある日の昼休み、俺は突然陽介に声を掛けられた。
何でも、相談したいことがあるらしい。
こいつと二人で話すのは、随分久しぶりのことだ。
とりあえず、俺はいつになく物憂げな表情を浮かべる陽介と、食堂の隅、あまり人の来ない場所で相談とやらを聞くことにした。
「で、どうしたんだよ?
お前が相談なんて珍しいな」
「ああ、そうだな」
俺の言葉に陽介がそう答えるが、いつになく声に力がない。
こんな陽介は珍しい…というか、初めてかもしれない。
「………」
「何だよ、相談があるんだろ?
早く言えよ、昼休みが終わっちまうだろ」
「わ、わかった」
席に座ったものの、黙り込んでいる陽介に痺れをきらし俺が焚きつけるように言うと、陽介は意を決したように言う。
「実は…向居に告白された」
「ああ」
「昨日な、練習の後、一緒に帰ってたら……俺のことが好きだって言うんだよ」
いや、だから何だよって話しだ。
そもそもお前ら、まだ付き合ってなかったのかよ。
「そんで、付き合うの? お前」
「いや…その、どうしたもんかと思ってな」
「別に、今彼女いないんだろ? お前。
付き合えばいいじゃん。
それともあの子のこと嫌いなのか?」
「そ、そんなことはない! むしろ、昨日告白されてから、向居のことを考えると胸がドキドキするようになったくらいだ!」
「だったら付き合えばいいだろ、何を迷ってんのかわかんねぇぞ。
それとも自慢したいだけか?」
「ち、違う!」
陽介が顔を紅潮させ、俺の言葉を必死に否定する。
こいつもこんな顔するんだな。
「しかし…そうだな、確かに悩む必要なんてなかったな。
ありがとう、清澄。
俺、これから向居に会って、返事をしてくるよ!」
陽介がさっぱりしたような表情で、嬉しげに俺へ礼を言う。
別に俺は、礼を言われるようなことは何も言っていないんだが……。
それにしても、このテニス馬鹿に、とうとう彼女か……。
………。
あれ……
何でだ?
何かムカついてきたぞ。
「しかし、本当にいいのかね?
あの子だって、仮にもテニス愛好会の会員だぜ?」
何故かムカムカとした俺は、意地悪く陽介に言う。
「それがどうかしたのか?」
俺の言葉に陽介が不思議そうな表情で答える。
「お前だってわかるだろう?
ウチの会員なんてヤリマンばっかだぜ、あの子だってとっくにもう、先輩たちに食われまくった後だろうよ」
「清澄……?」
「いや、俺もさ、会員の女どもとは随分ヤリまくったけど、本気で付き合いたいとは思わねえな。
やっぱ彼女にするんなら、ちゃんとした女じゃないと……。
あいつらとは遊びでヤルだけだな」
何だ? 俺、なんでこんなことを言っているんだ?
本来なら陽介を祝福してやるべきだろう、仮にも元、親友として。
なのに、止まらない、止められない。
俺の口から下卑た言葉が次々と溢れ出る。
「日向ちゃんだってそうだぜ?
このサークルに入っているってことは、つまりヤリマンってことだ。
正直、そんな奴と付き合うなんて、正気の沙汰とは思えねぇな。
昨日だって、お前に告白した後、誰かとヤってたのかもな」
俺はそう言って、へへへと下卑た、にやけヅラを浮かべる。
俺はどうしてしまったのだろう?
俺はこんな嫌な奴だったか? ここまでクズだったのか?
陽介はそんな俺の目を、黙ってじっと見つめている。
殴られるかな? いや、むしろ殴ってくれ。
殴って、こんな痴れ言をほざく、俺の口を止めてくれ。
しかし陽介は寂しげな表情を浮かべると、
「清澄……お前、変わったな…」
と言い残し、食堂から去っていった、きっと日向のところへ行くのだろう。
一人取り残された俺は、にやけヅラを浮かべたまま、いつまでも食堂に佇んでいた。
その日、俺は高校生の頃の夢を見た。
決して思い出したくない、嫌な思い出の夢だ。
高校生の頃、俺は片思いをしていた。
相手は俺の隣の席に座っていた、おとなしめで、あまり美人ではないが、良く笑顔を浮かべる女の子だった。
当時、陽介ほどではないにしろ、ややテニス馬鹿が入っていた俺は彼女に良くテニスの話をしていた。
テニス部の練習がきついこと。
コーチがゴリラみたいな奴で、おっかないこと。
試合に負けてくやしかったこと。
でも、コーチや仲間たちがそんな俺を励ましてくれて、やっぱり俺はテニス部が好きなんだ、ということ。
今思えば、そんな話をしても退屈なだけだろうと思うが、彼女は笑顔で俺の話を聞いてくれ、練習が終わったあと、俺にスポーツドリンクを差し入れてくれたりした。
俺は彼女に夢中だった。
「お前、あいつのことが好きなの?」
ある日、俺の前の席の氷室という奴が俺にそう尋ねてきた。
中学生で、すでに童貞を卒業していた氷室は、いつも自身に溢れ、女にもモテる奴だった。
「ば、ばっか、違ぇーよ! そんな訳ねーじゃん!」
思春期真っ盛りだった俺は、そう必死に否定したが、氷室はニヤリと悪戯っぽく笑みを浮かべると、小声で
「じゃあさ、いいものやるよ」
と、俺にこっそりと携帯の画面を示した。
携帯の画面には氷室と俺の片思いをしていた女の子がヤっている動画が表示されていた。
………はい、俗に言うハメ撮りってやつです。
「この動画、お前にも送ってやるから、ズリネタにしていいぜ。
俺さ、卒業までにこのクラスの女全員とヤルって目標があるんだよ。
とりあえず三分の一は、もうヤリ済みだから、他に欲しい女の動画あったら言ってみ?
もしまだヤってない奴なら、これから声掛けるし……」
「ふざけんな!!!」
話しが終わる前に、俺は氷室の胸ぐらを掴んでいた。
俺の口からは、唸り声が漏れる。
言いたいことは沢山あるのに、頭が混乱して言葉が出てこない。
そんな俺に対し、氷室は憮然とした表情を浮かべる。
「何だよ、人が親切にネタを提供してやるって言ってんのに……」
「俺は……!」
俺はやっとの思いで、言葉を紡ぐ。
「俺は…あいつのことが…好きで…!
なのに……どうして…!?」
俺の言葉を受けると、氷室はつまらなそうに言う。
「何だ、純情気取り君かよ。
はっきり言ってやるけどさあ――――そういうのってキモいぜ?」
「あぁ!?」
「あいつも、そう言ってたよ」
「‥‥‥‥‥‥え?」
俺が、キモい?
あの子が、そう、言っていたのか?
俺の手から力が抜ける、俺から開放された氷室は、苛立った表情で制服の襟を直すと、さらに言葉を続ける。
「純情気取りもいいけどさぁ、女から見てそういうのはキモいんだよ。
お前、よくあいつにテニスの話とかしてたけど、そういうのキモいから、普通ありえねえから!」
「そ、そうなのか……?」
「大体テニス部って何だよ。
あんなもん、女がやるスポーツだろ? だせぇから!
そんなんじゃ、お前は一生彼女なんて出来ねぇぜ?」
そうなのか…?
テニスはダサいのか?
そうだったのか?
あの子も、そう思っていたのか?
狼狽する俺に対し、氷室はまとめるように言い放つ。
――――お前は女に幻想を抱きすぎなんだよ――――
!!!
ガバッと俺はベッドから起き上がる。
全身汗まみれだ、目には涙の後が残っている。
――――嫌な、夢を見てしまった。
大学生になってから、あの日のことはあまり思い出さないようになっていたのに、何であんな夢を見てしまったのだろう?
あの日から、俺はあの子に声を掛けなくなった。
あの子から気持ち悪がられていたのだと考えると、当時の俺にはとても耐えられず、あの子と関わることが恐くなった。
あの子は、突然声を掛けなくなった俺に対し、困惑したのか、俺に声を掛けてきたりもしていたが、いつしか疎遠になり、卒業のころには話すことも無くなっていた。
そして俺は、テニスが嫌いになった。
毎日通っていたテニス部も、休むことが多くなり、コーチが教室に怒鳴り込んで来たりもしたが、受験のためだと答えると、すごすごと帰っていった。
何より俺は、あの日から自分を変えたいと強く願うようになった。
人から気持ち悪がられるのは、もう嫌だ。
キモいのは、嫌だ。
俺は格好よくなりたい。
もっと自分に自身があって、余裕があって、魅力的な…イカした男に変わってやる。
そう、心に誓ったのだ。
『清澄……お前、変わったな…』
昼間の陽介の言葉が蘇る。
そうだ、俺は変わった。
当たり前だ、だって俺は変わりたかったんだ。
俺は自分の姿を鏡に映す。
俺は、あの日誓ったような人間に変われたのだろうか?
俺はキモくはなくなったのだろうか?
俺は格好よく、なれたのだろうか?
童貞は捨てた。
おかげで女に対する幻想を捨て去ることが出来た。
女も何人か抱いた。
女を抱けたということは、俺はキモくない、ということだ。そうだ。そうに違いない。
だから俺は間違っていないんだ。
そうだよな?
氷室。
「ほらほら、これ飲んでみろよ、マジでうまいから! マジで!」
「いや、だから無理だって……私、もうかなり酔ってるし……」
俺は今日もナベさんたちが開いた合コンに参加し、女に必死で酒を勧めていた。
ここ一ヶ月の間、女に断られ続けた俺は、手っ取り早く酔潰してヤっちまおう作戦へ移行していた。
「ほら、一口! 一口でいいから飲んでみろよ! ちょっとでいいからさ!」
「おいおいキヨちゃん、あんま無理強いすんなよ。
良くないぜ、そういうの……」
横からマサキさんが口を挟んでくる。
うるせえよ、俺をダシに使っていいところを見せたいんだろうが…そうはいかねぇ。
「一口でいいって言ってんだろ、ほら、ほら、ほら!」
「もう何なの、この人!? しつこい! マジでキモいんですけど!?」
「あ?」
キモい…だと?
この俺が?
キモくないように、こんなに努力しているのに?
俺の頭の中が真っ白になる。
この…この糞女……!
「調子こいてんじゃねぇぞ!! コラァ!!」
「ちょっと…いたっ、痛い! 離してよ!」
俺は、女の腕を掴んで怒鳴りつける。
まずいとは分かっているが、自分を抑えることが出来ない。
「わわ、キヨちゃん、落ち着けって!」
慌てた様子でマサキさんが俺を止めに入る、しかし華奢なマサキさんでは俺を止めることなどできない。
「キヨ!! やめろ!!」
ずっと黙り込んでいたナベさんが、大声で怒鳴る。
「………!」
流石に俺も動きを止める。
温厚なナベさんが、本気で怒っている。
……やべぇ、滅茶苦茶恐い。
「で、どういうつもりだ、キヨ?」
合コンはその場でお開きとなり、女たちを先に帰らせた後、ナベさんが厳しい表情で俺に詰問する。
「ま、まあまあ、ナベちゃん。
そんな恐い顔すんなって」
取りなすようにマサキさんが言葉を掛ける。
「でもキヨちゃん、確かに最近お前、ちょっとおかしいぜ?
必死すぎるっていうか、余裕がないっていうか…」
「だって俺、ここ一ヶ月、女に振られてばかりなんですもん。
もう、無理に酔いつぶしてでも、女とヤらなちゃ……」
「誰だって、そんな時もあるだろう?
そんなことしてたら、お前いつか捕まるぞ」
俺の言葉にナベさんが答える。
「そうだぜ、キヨちゃん。
ほら、セックスは愛、だぜ?」
「マサキさんだって、新歓コンパで新入生酔いつぶして、ヤリ逃げしてたじゃないですか」
「い、いや…だって、あれはあの子が勝手に酔いつぶれてただけで…別に俺が無理強いしたわけじゃ…」
俺の言葉にマサキさんがブツブツと言い訳をする、そんな俺たちを見て、ナベさんは一つため息をつくと、静かに言い放つ。
「とにかく、キヨ。
最近のお前はおかしい。
そんなままでいるなら、もうお前を飲み会には誘えない」
そんなナベさんの言葉に、俺は皮肉っぽく笑みを浮かべ言う。
「要するに、俺みたいなキモいやつは、家でオナってろってことっスね。
わかりました、わかりましたよ!」
「誰もそんなことは言ってねぇだろうが!!」
ナベさんが怒鳴る、ビリビリと空気が震えるような大声だ。
それでも俺は怯まずに言い返す。
「そういうことだろうが!!
要するに、てめえらは俺みたいな奴がいると、女とヤれねぇからもう来るなって言ってんだろ!!? このチャラ男どもがあ!!」
あーあ、言っちまった。
もう、俺はテニス愛好会にも、いられないかもしれないな。
でも、止めらんねえ。
「なあ…キヨちゃん。
何で、泣いてんだ…?」
「え…?」
不意にマサキさんが俺に声をかける。
俺が慌てて頬に手を当てると、確かに涙が流れていた。
なんで俺は泣いているんだ?
何だ、何だよ、これ?
俺はそのまま、無様に泣き続ける。
そんな俺を、ナベさんとマサキさんが複雑な表情で見つめていた。。
――――今日は、少し頭を冷やせ――――
俺が落ち着いた後、二人はそう言って店から出ていった。
店の中には俺が一人、取り残される。
「………」
俺は変われたんじゃなかったのか?
イケてる男になったんじゃないのか?
俺は望みを叶えたんじゃなかったのか?
その結果がこれか、居酒屋で逆ギレして、泣きべそをかいている俺が、理想の自分?
情けない……情けなさすぎる。
虚しい。
苦しい。
居酒屋でただ一人、俺は閉店になるまで呆然と俯いていた。
「上、中、下」で終わる予定でしたが、長くなりそうだったので「下」を2篇に分けました。
ごめんなさい。