第492話 鎮魂歌
『象徴』とはその事柄と関係が深い、またはそれを連想しやすい具体的なものを言う。
例を挙げるなら、『吸血鬼』=『血』、または『不死性』。
『狂気』=『気が狂っている』。
『神』=『創造主』といったように言葉の等式を作った時の答えがその事柄の象徴である。
だからこそ、俺の能力は種族によって簡単に変化した。その種族によって象徴するものが違うためだ。そして、ちょっとした拍子に能力が変わってしまってはその負荷で俺の体は壊れてしまう。それを防ぐために『象徴を操る程度の能力』にはある程度の抵抗力が備わっていた。それが『干渉系の能力の無効化』として機能していたのだ。しかし、れっきとした能力ではないため、干渉系の能力でも物を経由すれば無効化できない、穴だらけの能力になってしまった。
閑話休題。
『象徴を操る程度の能力』は『狂気』の時は『気が狂う程度の能力』、『トール』の時は『創造する程度の能力』といったようにその能力以外にも持ち主の種族などにより派生能力が生じる。
では、『人間』の時はどうだろう。個人を特定するため――その人を連想するために人間が与えられるモノ、人間の象徴とは一体、なんなのだろうか。
それは『名前』である。
よっぽどの事情がない限り、人間はこの世に生まれ落ちた後、親から『名前』を貰う。それこそ人間が最初に与えられる個人を特定する記号である。
だから、俺は――『音無 響』は『幻想の曲を聴いてその者の力を操る程度の能力』になった。まぁ、途中で父さんと義母さんが結婚(事実婚だが)し、俺の苗字が『時任』に戻り、『幻想の曲を聴いてその者の力を操る程度の能力』から『時空を飛び越える程度の能力』になってしまったが、それも霊夢たちから二つ名を貰い、『幻想の曲を聴いてその者の力を操る程度の能力』を取り戻すことができた。
だが、あくまでもこれらは派生能力である。『象徴を操る程度の能力』自体にもきちんと使い道はある。
例えば、文化祭の時に使用した吸血鬼が愛用する狙撃銃の複製、改造。
あれは『吸血鬼の狙撃銃』という彼女の武器に干渉し、複製、改造を行い、人工妖怪を攻撃した。つまり、『象徴』を弄ることができるのである。しかし、あまり大きく弄ればその分、地力を消費する上、下手をすれば失敗してその反動でダメージを受ける羽目になるため、使いどころが難しい。
また、フランとレミリアとの『フルシンクロ』とトールとの『魂同調』を同時に発動させた『シンクロ同調』の時のように偽物に『概念』を持たせることも可能である。
そして、己の存在を塗りつぶして別の存在になる『象徴創造』。これを使い、俺は『死』となり、危うく幻想郷を滅ぼしかけた。
今回、俺が使ったのは概念を持たせる――付与である。だが、『シンクロ同調』とは違い、偽物はないため、多大な量の地力を消費する。そのために『マルチコスプレ』を用いて地力を確保する必要があったのだ。
「……」
『象徴付与』を発動した時に発生した余波でその場で尻餅を付いている東を一瞥し、翼を大きく広げた。その拍子に翼から数枚の羽根が東の足音に落ちる。専門家ではないため羽根を観察しただけでその動物を言い当てることはできないが、自分の能力が生み出した翼だ。その正体ぐらい、容易に想像できる。
もちろん、『魂を鎮める程度の能力』を持つ咲さんとの『魂同調』を使えば東の復讐心を鎮めることは可能だろう。だが、1万回以上『死に戻り』を繰り返すほど激しく燃える復讐心は時間が経てば必ず再び燃え始める。それでは意味がない。このいくつもの並行世界を超えた復讐劇はここで確実に止めなければならない。俺の手で終わらせなければならない。
そのために必要な『概念』――象徴はたった1つ。この背中の純白の翼が持つシンボル。
そう、これは――白い鳩の翼である。
「行くよ、キョウ君!」
無事に『象徴付与』が成功したのを確認した咲さんは俺の背中に手を当てる。そのまま彼女を受け入れ、『魂同調』を発動させた。白い鳩の翼とは別の真っ白な翼が生え、2対4枚となったそれらを羽ばたかせる。
「待っ――」
咄嗟に手を伸ばした東だったが尻餅を付いている状態では俺を掴むことはできず、奴を置き去りにして俺たちは一気に上昇。数秒足らずで幻想郷が一望できる高度に辿り着いた。数時間に渡って戦っていたからか、何も聞こえない状況に違和感を覚える。それだけ俺と東の戦いは激しく、周囲を気にしていられないほど必死だったのだろう。
「……」
だが、その戦いもこれで終わる。これで終わらせる。それが俺から大切な物を奪ったあいつへの罰であり、大切な物を守り切れなかった俺の責務だから。
そのために、これ以上大切な物を奪われないために、今にも爆発してしまいそうなほど暴れるこの想いを届けるために、俺の全てを込める
「――――」
2対4枚となった純白の翼を大きく広げると白い粒子が翼から跳ね、キラキラと月光を反射させる。そして、大きく息を吸い――俺は静かに歌い始めた。
歌詞はもちろん、タイトルすらないその歌はマイクを通していないにも拘わらず、幻想郷中に響き渡る。それもそのはず、俺の名前は『音無 響』。『幻想の曲を聴いてその者の力を操る程度の能力』を持つ人間だ。そんな俺が自分をテーマにした曲――『【無題】』を歌えばその効果は爆発的に跳ね上がる。
「―――――――」
響け、響け、響き渡れ。どこまでも、どこまでも、どこまでも。
この歌に込められたのは咲さんの能力である『魂を鎮める程度の能力』と白い鳩が表す『平和』。そして、俺の想い、願い。その全てをこの『鎮魂歌』に乗せ、響かせる。
「――――――――――――」
もう誰も傷つかないように。もう誰も泣かないように。もう誰も悲しまないように。歌う。願う。想う。
ああ、どうか、どうか東の――彼の怒りや悲しみ、憎しみをこの歌が全て鎮め、奪い去れますように。
そして、この歌を聞いた全ての生物に幸せが訪れますように。
「――――――――――――――――――」
俺はそんな想いをありったけ込めて歌う。その歌声は月明かりが照らす幻想郷に静かに響き渡る。まるで、子供を寝かしつける母親が歌う子守唄のように。




