第476話 青龍の顎
『式神武装』――青龍の顎は龍の頭の形をした砲台である。その特性『龍』と『凝縮』。半人半龍であり、『凝縮の魔眼』を持つ弥生の『式神武装』だ。
もちろん、砲台というからには攻撃方法は砲撃。それも凝縮された炎を放つ驚異的な攻撃力を持つ変形である。
「すぅ……はぁ……」
響は深呼吸を繰り返しながら右腕の龍砲に意識を向け、準備が整うまでの時間を計算。やはりというべきか炎を限界まで凝縮させるため、準備に時間がかかってしまうのである。
(……よし、そろそろか)
青龍の顎を展開してから5分ほど経った頃になってやっと最低限の威力まで高めることができた。東に向かって放つ頃にはそれ相応の威力になっていることだろう。
「ちっ」
そして、森の中を走り続けている東からも青龍の顎の口から漏れる白い光が見えていた。だが、響が凝縮を待つ間も霙の鉤爪で氷柱を森へ落とし続けていたため、彼はそれを回避するのが精一杯で凝縮を止めることができなかった。
「ッ――」
準備ができた響は薄紫色の星が浮かぶ目に地力を注ぎ、『暗闇の中でも光が視える程度の能力』と『穴を見つける程度の能力』の効果を底上げしてから一気に降下して森の中へ侵入。最高速度を維持した状態で森の中を駆け抜けるには2つの能力が通常時のままでは心許なかったのである。
能力の効果を向上させたおかげで木々の隙間をすいすいと潜り抜け、少しずつ東へと迫る響。東も響が接近していることに気づいているが今もなお、氷柱が己の行く手を阻むように飛んでくるため、どうすることもできずにそれを躱しながら走り続けていた。
「……」
いつしか響は東を追い抜かし、まるで東を先導するように森を滑り抜ける。その間も東も東で前から迫る氷柱を驚異的な身体能力を駆使してやり過ごしていた。だが、先ほどと違うのは彼の顔にはどこか諦めの色が見て取れる点である。
そう、彼は響に追い抜かされた時点で逃げ切ることを諦めた。この命を捨てた。足を止めても、このまま走り続けてもあの龍の口から放たれる砲撃の餌食になることぐらい、青龍の顎を初めて見た東でもすぐに理解したから。
だから、氷柱を躱しながらも前を滑る彼を観察し続ける。次の命に繋いだ――また、死に戻った時に少しでも役立てるために。
「……はぁ」
そして、後ろを走る東が今の命を諦めたことに響も気づいていた。いや、東が諦めるようにすでにこの戦いの勝負は決まったも同然である。だからこそ、次に考えるのは東を殺した後の展開だ。
おそらく東は霙の鉤爪を持つ響から逃げられないことを悟った。ならば幻想郷が崩壊するまで彼は死に物狂いで抵抗するに違いない。そうなれば仕掛けがばれている棘の魔槍はもちろん、殺すほどの威力を持たない霙の鉤爪や凝縮が必要であり、砲撃の特性上、直線的な攻撃しかできない――なによりデメリットのせいで砲撃を連発できない青龍の顎では東を殺すことはできないだろう。
だが、5つの『式神武装』の内、最も殺傷能力の高い雅の『式神武装』なら地力さえあれば残りの蘇生回数を削り切ることは容易い。ならば、この一撃で東の蘇生回数を一つ削りながら雅の『式神武装』が使いやすい場所まで移動させる。
その場でくるりと身を翻した響は両足の霙の鉤爪を同時に東に向かって突き出す。ブレードから勢いよく飛び出した氷柱が東の左右を通り過ぎ、逃げ道を塞いだ。東も碌に抵抗せずに両サイドの氷柱に沿って走り続ける。
「……飲み込め――」
すでに目を庇いたくなるほどの光をその口内から漏らしている青龍の顎を東に向け、薄紫色の星が浮かぶ目が捉えた穴に従って微調整を行い――。
「――龍弾砲」
――その瞬間、幻想郷中に響き渡るほどの爆音が轟き、彼らが戦っていた森の一部は焼失。焼失せずに済んだ部分も木々のほとんどが龍弾砲の爆風で吹き飛び、事実上、一つの森が幻想郷から姿を消したことになる。その威力はまさに天災。
「……」
もちろん、森を消し飛ばすほどの砲撃を放った響自身、無事ではなかった。青龍の顎を装備していた右腕の骨は粉々に砕け、それ以外の部位も反動によって筋肉が千切れ、体を支えていた両足は皮膚が破けて血だらけになっている。霙の鉤爪も衝撃に耐えきれなかったのか、破損して通常状態のホバー機構に戻っていた。
『ぐっ……うぅ……』
また、彼が身に纏う『着装―桔梗―』も赤熱し、周囲に焦げ臭い匂いが漂っている。響の耳に装着されているインカムから桔梗の呻き声が漏れた。
東の企みを止める方法として『新しい変形を生み出す』という悟の意見を聞いた桔梗はまず驚異的な身体能力を持つ東ですら耐え切れないほどの高威力を持つ変形を設計した。
その結果、桔梗の望み通り、最初に作り出した青龍の顎は『式神武装』の中で最も攻撃力を持つ変形となる。だが、初めて『式神武装』を設計したせいで加減がわからず、青龍の顎は攻撃力が高くなりすぎた。
そのあまりに高すぎる威力のせいでリーマの『式神武装』である棘の魔槍のようにデメリットが存在する。それは何か対策を考えなければ東に勝てないほどに桔梗にとって致命的だった。
そのデメリットは桔梗の機能が一時的に停止してしまう『オーバーヒートを起こす』こと。
つまり、青龍の顎を使えば桔梗は機能を停止し、熱が冷めきるまで身動きが取れなくなってしまうのである。東の蘇生残数を削り切る前に|幻想郷が崩壊する《タイムリミットを迎える》だろう。
「急速冷却!」
響が叫ぶと『着装―桔梗―』の装甲から凄まじい量の白い水蒸気が噴出する。そして、赤熱していた装甲が元の白黒へと戻った。
急速冷却は文字通り、桔梗の熱を一瞬にして冷やす機能である。
青龍の顎を使うと『オーバーヒート』を起こしてしまうと判明した後、桔梗は慌てて霙の『水と氷を司る』特性を活かして『オーバーヒート』を回避する機能を作り出した。しかし、その機能に素材を使いすぎたせいで霙の『式神武装』はサポート系にするしかなくなったのである。
「桔梗、無事か?」
『はい、大丈夫です……ですが、やはり青龍の顎の攻撃力は過剰でした。申し訳ありません』
「いや、気にしなくていい。むしろ、好都合だった」
桔梗がオーバーヒートを起こしてないことを確認した響はすっかり燃え尽きてしまった森を眺める。青龍の顎の龍弾砲に飲み込まれた東の姿はない。もちろん、あのまま死んだわけではない。彼の付けているネックレスの効果はネックレス本体が無事であれば東の体そのものが消滅しても蘇生能力が発揮される。
そして、ネックレス本体も何重にも術式を重ね、いかなる攻撃を受けても傷つかない効果が付与されているため、龍弾砲ですら破壊できない。それを東の経験を体験した響は知っていた。
だが、ネックレス本体は傷つかずとも衝撃は受ける。龍弾砲を受けたネックレスは吹き飛ばされ、蘇生はネックレスを起点として発動するので吹き飛ばされた先で東は蘇生している。その場所こそ次の戦場だ。
「行くぞ、桔梗。ここが正念場だ」
『はい、マスター』
東の残り蘇生回数は3回。それを雅の『式神武装』で削り切る。しかし、これから東は死ぬ気で抵抗するだろう。雅の『式神武装』がいくら殺傷能力が高いとはいえ一筋縄ではいかないだろう。
(頼むぞ、雅……そして――)
「……いや、まずは足止めか」
青龍の顎で破損した霙の鉤爪の修復が済み、再びそれを装備した響は次にその手に白黒の弓を持つ。魔力の矢を作り出して弓に番え、力いっぱい引き絞る。
狙うのはここからでは肉眼では見えないほど遠い場所で蘇生した東。それでもまるで的を見ながら狙いを済ませる弓兵のように彼は一点に狙いを定め――。
「――風弓」
――矢を放った。




