第390話 魂共有
俺の魂に住む奴らは俺に似ているがそれぞれ違うところがある。吸血鬼は性別が女で射撃が得意。翠炎は翠色の瞳に両肩では翠炎が揺れており、白紙効果にはずいぶんお世話になっている。トールも俺の魂に来てから女になったが髪は紅いままで闇に至っては子供の姿。猫も猫耳と尻尾が生えている。つまり魂の住人たちの容姿は俺と似ていても見ただけで俺ではないとわかるのだ。
「「……」」
だが、今の俺たちは全く同じ姿だった。大きな漆黒の翼。吸血鬼より若干小さくなったが確かに存在する乳房。腰まで伸びたポニーテール。髪を一本にまとめている紅いリボン。骨格は女性らしく丸みを帯びており、手を繋いでいなければ鏡に映っているとしか思えないほど瓜二つである。
「「……」」
俺たちは同時に顔を上げてお互いの容姿を確認し、微笑み合う。そして、すぐに『きっと“俺が女”だったらこのような姿をしているだろう』、と苦笑を浮かべた。
『魂共有』は俺と吸血鬼の魂波長を合わせる技能だ。リョウとドグが使っていた『式神共有』と似ているが大きな違いはリョウとドグはお互いの力を足して2で割る。そのせいでリョウはドグの能力を手に入れた代わりに身体能力が低下した。ただの足し算や割り算をしただけなのだから当たり前である。
だが、『魂共有』は根本的に仕組みが違う。『式神共有』は能力を共有するが『魂共有』は魂波長が対象だ。能力であれば足して2で割るだけだが魂波長の場合、そう簡単にはいかない。足しただけで魂波長の意味が変わってしまうのだ。ましてや足して2で割った場合、意味は複雑に変化する。
更に俺たちの魂波長は同じだ。同じ波長を足したところで波長の大きさが変わるだけであり、それを2で割ったら元の大きさに戻る。しかし、ここで問題になるのが俺たちの魂波長は同じでありながら意味が違うことだ。同じでありながら意味が違うという矛盾を持ち合わせている魂波長を共有した場合、どうなるのか。答えは“俺たちの力は分割されずにお互いに配分される”だった。つまり、俺には吸血鬼特有の身体能力や吸血鬼の射撃の才能が、吸血鬼には博麗のお札や魔眼など俺の使える技が使えるようになる。言ってしまえば右の俺も左の俺も同一人物なのだ。地力も思考も性別も能力も全て一緒。分かれるはずのなかった何かが元に戻ったのだから当たり前だ。“俺たちは元から一つ”だったのだから。
「「さてと」」
『魂共有』は無事に成功した。後はこの状況をひっくり返すだけである。だが、このまま戦っても意味はない。ここまで戦況が悪化したのは単純に人手不足だからだ。ならば、俺たちで人手を増やそう。
「「禁じ手『ファイブオブアカインド』」」
俺たちは声を合わせてスペルカードを使用する。すると、俺たちの後ろに4人の分身が現れ、合計10人になる。本体に比べれば若干弱体化しているものの『魂共有』している今ならば妖怪に殴られた程度で消えることはないだろう。
『『今から向かうからもう少し耐えて』』
式神通信を使って雅たちにそう伝えた後、5人の分身が式神たちの元へそれぞれ向かって行った。ここに残ったのは本体2人と分身3人。
「「露払いよろしく」」
「魂同調『トール』」
「魂同調『猫』」
「魂同調『闇』」
分身がスペルカードを持って宣言すると3人の体がそれぞれ紅、白、黒のオーラに包まれる。そして、オーラが消えるとトールと『魂同調』した分身は髪が赤く、猫と『魂同調』した分身は黒い猫耳と尻尾が生え、闇と『魂同調』した分身は髪がストレートになり黒いワンピースを着ていた。共通点は『魂共有』の影響で“黒い翼”が生えていることぐらいだ。
闇との『魂同調』は暴走する危険があったため、今まで出来なかったがそれは闇に飲まれそうになるからだ。だが、今の状態であれば闇に飲まれることはないだろう。俺たちの絆に入り込める存在などいやしないのだから。
『魂同調』した分身たちは頷き合うと前線へと向かった。彼らはただの時間稼ぎ。とにかく妖怪の放出を止めなければ人手を増やしたところで戦いはいつまで経っても終わらない。だが、ただ霊脈を破壊するだけでは駄目だ。『霊力爆破』が起きて学校が吹き飛んでしまう。じゃあ、同時に解体すればいい。俺たちにはそれができる。
「行って来る」
「行ってらっしゃい」
本体の片方がもう1人の本体にそう言うと霊奈たちがいる屋上へ飛んで行った。残った本体は砲撃準備の終わった10丁の狙撃銃を動かして再び照準を合わせ――。
「砲撃開始」
――砲撃を再開させた。
中心の霊脈がある屋上。そこでは霊奈が額に汗を滲ませながら霊脈の解体作業を進めていた。その後ろには護衛役の築嶋さんと椿。そして、異変をいち早く察知できる望の姿。
「あ……お兄ちゃ、ん?」
彼女たちの中で俺に気付いたのは望だった。最初は笑顔を浮かべていた彼女だったが俺に違和感を覚えたのかすぐに首を傾げる。望の声で築嶋さんと椿も俺に気付いたようで目を丸くしていた。霊奈はよっぽど集中しているのかこちらに見向きもしない。
「そっちの状況は?」
「え、あ……霊脈の解体作業は進んでるけどまだ時間がかかりそう、かな」
「ああ、わかった。よく頑張ったな」
「っ……うん、うんっ」
説明してくれたお礼と心配させてしまったお詫びをかねて望の頭にポンと手を乗せる。その途端、緊張の糸が切れたのか望の目から涙がこぼれた。そんな彼女の肩を築嶋さんが叩いた後、俺に顔を向ける。
「お兄さん、よく来てくれた」
「いや、遅くなってすまない。後は任せろ」
「ああ、期待しているぞ」
微笑みながら頷いた彼女はそのまま泣いている望を連れて霊脈の傍を離れる。それを見ていると椿も俺に一度だけ頭を下げて2人について行った。
「……霊奈」
「わかってる」
俺の声に霊奈はそう応えるだけだった。すぐに彼女の元へ駆け寄り、魔眼を発動して霊脈の様子を確かめる。雅の話の通り、反転していた。それに複雑な術式がぐちゃぐちゃに絡み合ってまた別の術式になっている。まさに時限爆弾だ。
「どこまで進んだ?」
「……ごめん。全然進んでない。どこからか妨害されてるみたいで術式を解体してもすぐに修復されちゃうの」
「だから、術式を解体してすぐに固定化の術式を組んでるのか」
術式を固定化すれば修復されないが、その分手間が増える。そのせいで解体作業が進んでいないのだろう。敵の目的は解体作業の邪魔をして時間を稼ぐことか。解体作業を遅らせれば妖怪の放出が続く。そして、妖怪の足止めをしている雅たちは――。
「響、何とか出来る? このままじゃ皆が……」
術式を解体しながら霊奈が悔しそうに顔を歪めた。自分の作業が遅れているせいで雅たちを危険に曝し続けているのだ。それが悔しくてたまらないのだろう。
「方法はある。そのために少しでもこの霊脈の仕組みを理解したい」
「理解? 解体じゃなくて?」
「翠炎ならこんな術式、一発だ」
「あ、そっか……でも今壊しちゃったら霊力爆破が起きる」
そう、それがネックなのだ。この霊脈さえ解体してしまえば他の4つの霊脈を乱暴に破壊しても『霊力爆破』は起きない。だが、翠炎でこの霊脈を破壊してしまったらこの霊脈に仕掛けられている妨害用の術式が作動する。おそらく破壊された瞬間に発動するように仕掛けてあるのだろう。翠炎の力をもってしてもそれは避けられない。その仕掛けが施されているのは他の4つの霊脈の方なのだから。
「じゃあ……他の4つの霊脈も同時に破壊したらどうなる?」
「え? それは……うん、いけるかもしれない。中央の霊脈が破壊された場合の仕掛けも、4つの霊脈が破壊された時の仕掛けもどっちかが残って初めて作動するものだから。それが本当にできるなら、だけど」
「ああ、できるよ。今の俺なら」
そのために分身5体を彼女たちの元へ向かわせたのだから。




