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東方楽曲伝  作者: ホッシー@VTuber
第8章 ~名前と存在~
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第294話 本物

「ぁ……」

 刀を振り切った姿勢で制止しているとドッペルゲンガーは小さく声を漏らしながら倒れた。

「も、えてる」

 振り返って彼女の様子を見ると切断された右足が燃えている。弱々しい炎だったが確実にドッペルゲンガーの体を蝕んでいた。彼女はその炎に触れようと震えている手を伸ばす。

「やめておけ。触れた場所も燃えるぞ」

 いつの間にか刀から人の姿に戻っていた翠炎がそう忠告する。ドッペルゲンガーはチラリと翠炎を見た後、手を伸ばすのを止めた。

「私……死ぬの?」

「元々、お前は生きていない。消滅するだけだ」

「それは死ぬのと違うの?」

「死ぬのは生きている人の特権だ。偽物のお前にそんな特権などない」

 人は死ぬ。そして、また産まれる。輪廻と呼ばれるものだ。だが、ドッペルゲンガーは作られた存在なので輪廻転生することはない。つまり、彼女の魂はここで燃え尽きるのだ。

「……仕方ない、か」

 翠炎の言葉を聞いた彼女は少しだけ残念そうに笑った。諦めた人が浮かべる笑みだった。

「偽物の私は結局、こうなる運命だったの。意志が生まれた時から予感はしてた。あの人から戦い方を教わってる間もずっと。でも、止められなかった。消えるのは嫌だったけど……それ以上にあの人の役に立ちたかったから。偽物の私に笑顔を向けてくれたから」

 翠色の炎はすでにドッペルゲンガーの下半身を全て燃やし、腹部まで浸食していた。

「お前は偽物だ」

 俺は倒れている彼女に向かって言葉を紡ぐ。翠炎とドッペルゲンガーは意外そうに俺を見た。

「作られた存在でその命が消えれば一生、転生することはない使い捨ての魂。それに価値があるのかどうか俺にはわからない。でも……その気持ちは俺にはないものだ。だから、その気持ちはきっと本物なんじゃないのか?」

 ドッペルゲンガーは俺の偽物だ。顔、能力、戦い方。力の差はあるがそのほとんどが酷似している。

 しかし、彼女が胸に抱いているその感情は俺の持っていない。この世に誕生した後に得た唯一の物だ。

「だからこそ、お前の気持ちは翠炎でも燃やせない。お前が消滅しても……俺の中で生きてる。お前が抱いた感情は確かにお前の中にあったんだって覚えてる」

 すでに緑色の炎は彼女の胸まで到達した。数分も耐えられないだろう。

「……本当に優しいんだね。君は」

 目を見開いて俺の話を聞いていたドッペルゲンガーは弱々しく微笑むと俺に向かって手を伸ばした。

「最期のお願い、聞いてくれる?」

「……何だ?」

「私を、受け入れて」

 その一言で全てを理解する。彼女が今から何をしようとしているのかを。

「私は矛盾の存在。偽物。偽物はどれだけ本物を模倣しても偽物でしかない。でも……君は私の気持ちは本物だって言ってくれた。私のことを覚えていてくれるって言ってくれた。それだけで十分。だから、私を本物にして」

「……俺はお前を受け入れる。だから、お前も俺を受け入れろ」

 そう言いながらゆっくりとドッペルゲンガーの手を握った。

「うん。受け入れるよ。私は君。君は私。私の力が君を助けるって……信じてるから」

 ドッペルゲンガーはそう言った後、緑色の炎に包まれて俺の中へ消えて行った。

「終わったな」

「……ああ」

 翠炎の言葉に頷きながら立ち上がろうとするも緊張の糸が切れたのかバランスを崩してしまう。

「おっと」

 それを翠炎が支えてくれた。丁度、彼女の胸に抱かれるように。その温もりでやっと翠炎が帰って来たのだと実感することができた。

「……おかえり、翠炎」

「ただいま、響。立てるか?」

「ちょっと難しい」

 翠炎の力は強力だが、その分俺の地力をごっそりと使った。そのせいで回復したにも関わらず上手く立つことができない。

「外の黒い障壁もなくなってる。外に出られそうだ。運ぶぞ」

 そう言って俺をお姫様抱っこする。ひょいっと軽く持たれて驚いてしまった。

「え、ちょ……この運び方は」

「お疲れのお姫様を運ぶのには適してるだろ」

「俺は男だ」

「拉致られそうになった奴が言うな。どっかのゲームのヒロインだろ完全に」

 思わず、納得しそうになって顔を歪める。それを見た翠炎は嬉しそうに笑って旧校舎の中を歩き始めた。




「お兄ちゃん!」

 翠炎に抱っこされたまま、旧校舎を出ると望たちがいた。どうやら、俺がいないことに気付いて学校中を探し回り、旧校舎に辿り着いたようだ。

「おお、また増えてる……」

 俺を抱っこしている翠炎を見て“奏楽を抱っこしている悟”が顔を引き攣らせていた。まぁ、俺に似た奴が俺を運んでいるのだから仕方ない。

「響、大丈夫!?」

 望と一緒に駆け寄って来た雅が慌てた様子で問いかけて来る。

「ああ、何とかな」

「よかった。式神通信が使えなくなってものすごく心配したんだから! 旧校舎は変な壁のせいで入れないし!」

「色々あったんだよ……俺だってお前たちを呼べなくて結構、苦戦した」

 独りで戦うことを止めた矢先にこれだ。今回は翠炎が助けてくれたから何とかなった。もっと力を付けなくては。

 『苦戦』というか『絶体絶命』まで追い詰められたのを知っている翠炎は呆れたような表情を浮かべていた。あまり心配させたくないのだ。察して欲しい。

「それで……その人は?」

 望が俺の体に異変がないか確認し終わったようで翠炎に目を向けた。

「響の魂にいた狂気だ。今は翠炎だけど」

 手短に話した翠炎は俺を雅に預ける。肩を貸してくれた雅にお礼を言った後、周囲の様子をうかがう。ここにいるのは俺、望、雅、霙(子犬モード)、霊奈、奏楽、悟、翠炎だ。霙と奏楽は家にいたはずなのだが、俺がいなくなったので急いで来てくれたらしい。

『響! 生きてる!?』

 これからどうしようかと思っていると弥生の声が頭の中で響いた。雅が式神通信で俺の無事を伝えたのだろう。

(ああ、心配かけた)

『本当に響は人に心配をかける天才だよね』

(……すまん)

『……はぁ。でも、良かったよ無事で。じゃあ、先に家に帰ってるね』

 そこで弥生との通信が切れた。どうやら、彼女は上空から俺を探していたらしい。後でお礼を言っておこう。

「響。すまないが魂の中に戻る」

 突然、俺にそう告げた翠炎はスッと消えていく。やはり、力を使い過ぎていたようだ。

(ありがとな、翠炎)

『お前を助けるのは当たり前だ。気にするな』

「お兄ちゃん、歩ける?」

 翠炎が自分の部屋に戻るのを感じていると望が俺の顔を覗き込みながら質問して来た。

「支えて貰いながらなら何とか」

「また無茶したの?」

「今回のは怪我じゃなくて地力の使い過ぎだって」

 翠炎が回復してくれたとは言え、極限状態がずっと続いていたのだ。地力もそうだが、精神もすり減っている。早く寝たい。

「寝る前に全部説明して貰うからな」

 俺の考えていることがわかったのか悟はジト目で俺を見る。

「わかってるって……なぁ、何で奏楽を抱っこしてるんだ?」

 少し気になった事を聞いてみる。奏楽はいつも霙の上に乗っていた。しかし、今は悟の服をギュッと掴んで離そうとしない。何かあったのだろうか。

「あー……なんかお前がいなくなったから不安になっちゃったみたいで。抱っこしてって言われたんだよ」

「おにーちゃーん……」

 悟に抱っこされたまま、奏楽は涙目で俺に手を伸ばす。本当に不安だったのだろう。

「ゴメンな、不安にさせて」

 その手を握り、空いている手で(雅に体が倒れないように支えて貰いながら)奏楽の頭を撫でる。撫でられた彼女は少しだけ微笑むと安心したのかそのまま、寝息を立てて眠ってしまった。それでも悟の服を離さない。

「随分、懐かれたみたいだな」

「まぁ、この前の誘拐事件の時、こうやってずっと抱きしめてたから少しは、な」

「おにーちゃん……さとる……」

 むにゃむにゃと寝言を言う奏楽を見て俺たちは静かに笑い合った。






「失敗しましたか」

 モニターに映るターゲットたちを見てそう呟く。丁度、学校から出ようとしているところだった。今、ちょっかいをかけても返り討ちにあるのは目に見えている。

「さて……今回の戦いで興味深いものが出て来ましたね」

 両肩から緑の炎を噴出している音無響と同じ顔を持った女。きっと、彼の中にいる誰かが自分の存在を変えたのだろう。

「翠炎、でしたか?」

 彼女の力は人工生物にとって天敵――いや、それ以上の存在だ。触れたらそこで終了なのだから。

「……」

 だからこそ、次の作戦は少し見直さなければならない。このまま作戦を進めてもすぐに燃やされて終わってしまう。

(翠炎に対抗できる人工生物……いえ、人工妖怪を作りましょう)

 大丈夫。時間はたっぷりある。多少、計画が遅れても問題はない。むしろ、焦り過ぎて失敗でもしたら全てがおじゃんだ。

「音無響……必ず、貴方を手に入れます。私たちの野望のために」

 そう呟きながらそっと手に持っている黒い鉱石を指で撫でた。


次回、翠炎とドッペルゲンガーのその後を説明出来たら嬉しいです(願望)。

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