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第14話 契約

「元気かしら?」

「うるさい。スキマババアが」

 不思議な浮遊感の中、目の前にあの忌まわしきスキマ妖怪が現れた。しかも、スキマに腰掛けた状態だ。腹が立つ。

「今、なんて?」

 ババアと聞いた途端、紫の目が据わる。

「な、何でもない……で? 何の用だ?」

「何よ~その言いぐさ。折角、夢の中に遊びに来たのに~」

「はぁ? 夢?」

 言われて周りを見渡した。本当に何もなかった。人もいなければ建物もない。地面すらない。夢と言われて納得がいく。

「ふふふ。驚いた?」

「ああ……で? 何の用だ?」

「変わらないのね……私は貴方を勧誘しに来たのよ」

「会社にか?」

「ええ、やっぱり入社させたいのよ」

「そうか……でも、残念だったな」

 妖怪たちと戦った時、俺は紫のコスプレをした。そして、気付いたのだ。自分の力で帰れる方法を――。

「私の力を使って幻想郷から脱出する。それが貴方の作戦でしょ?」

「っ!?」

 だが、紫にズバリと言い当てられた。

「それこそ残念ね。そのPSPは境界を弄られて1曲、終わる毎にリセットされる。つまり、同じ曲が連続で再生される可能性もあるってわけ。さて、何曲ぐらい入っていたかしら?」

 普通ならシャッフルにしていても1周しないと同じ曲は再生される事はない。しかし、このPSPはそういった履歴が毎回、消される。紫はそう、言いたいのだ。

「いつになったら再生されるかしらね~。私の曲」

「くっ……」

 例えば、ここに10本の箸があり、1本だけに赤い印を入れる。この箸をシャッフルしそれを一人ずつ引いて行く。最初は10本の中で1本しかない当たりでも引いて行く内にはずれの箸が少なくなり、確率が上って行く。

 でも、俺のPSPは違う。人が引いた後に新たにはずれの箸を追加して行くのだ。これでは確率は一生、上がらない。しかも、俺のPSPに入っている曲は150以上――。

「それでも! いつか再生される時が来るはずだ!」

 そう、どんなに確率が低いクジでもいつかは当たる時が来る。それを待っていられる自信がある。


「確かにそうね。でも、誰かがインチキをしていなかったら……ね?」


「え?」

 紫の発言の意味が分からず、硬直してしまった。

「それを私がさせるはずないでしょうに。貴方が私の力を使うのなら私だって自分の力を使って阻止するわ」

「な、何だって……」

「どうしようかしら……私の曲が再生された瞬間に別の曲に切り替える? それともイヤホンのコードを切る? もう一度、PSPの境界を弄ってバッテリー切れを起こす? それとも――貴方のPSPから私の曲を消す?」

 扇子で口元を隠して紫が言った。

「――ッ!?」

 背中に冷や汗が流れる。やっと見えた希望の光がゆっくりと消えていく。

「……それほどこの幻想郷から出たいの?」

 俺の様子を見て少し寂しそうに聞いて来る紫。

「……ああ」

「幻想郷が嫌い?」

「いや、そうじゃない。ここにいたらコスプレしなきゃいけない。でも――」

 ここに来てから一番、気になっていた事。一番、心配だった事。


「外には……家族がいるから」


「本当にあの家族の元に帰りたいの?」

「ああ」

「血が繋がっていないのに?」

「……そうだ」

「なら、なおさら私の会社に入りなさい」

「だから!! 帰りたいって言ってんだよ!!」

 会社に入ってしまえばもう帰られないはずだ。だから俺は拒んできたのだ。

「何言ってるのよ。帰すわよ?」

呆れたように紫。

「……は?」

「貴方が会社に入ったら“外界担当”にするつもりなのよ」

「外界ってまさか……」

「ええ、貴方は外の世界と幻想郷を行き来、出来る数少ない人間になるの」

(外の世界と幻想郷を行き来……?)

「い、いつから? そう考えていた?」

「最初からそのつもりだったわよ」

「じゃ、じゃあ俺はもっと早く――」

「帰れたわね」

 その場で脱力。紫の会社に入っていればコスプレを霊夢や魔理沙、アリスなど幻想郷の住人に見せびらかす事もなかったしあんな妖怪と戦わなくてもよかったのだ。

「マジかよ……」

「ふふふ。とても面白かったわよ? 響ちゃん」

「っ!? ちゃん付けすんじゃねえええええええええ!!」

 聞いた刹那、鳥肌が立った。それほど嫌なのだ。

「はいはい。わかった。でも、あの子にはちゃんとお礼を言うのよ?」

「あ、あの子?」

「目が覚めればわかるわ。じゃあ、貴方が元気になったらまた来るわ」

 そう言いながらスキマに足を入れ始めた。

「お、おい!? 仕事とかについては!?」

「それは後日。今日は契約しに来たのよ。それも今、成功したし私の用事はもう終わったの。帰って寝なくちゃ」

(寝るんかい)

「最後だ! 何で俺な――」

 しかし、質問する前に紫がスキマに完全に飲み込まれ、俺の意識もなくなってしまった。




――ねぇ? 大人になったら結婚してくれる?

――結婚って何?

――知らないの?

――うん

――やっぱり、こういうの興味ないんだ

――ねぇ! 結婚って何?

――結婚はね~好きな人と一生、一緒に暮らす事だよ!

――へ~! じゃあ、***ちゃんと結婚する!

――ッ!? ほ、本当!?

――うん! 好きだもん!

――大好きだよ!! ***ちゃん

――これからも一生、一緒だよ!

――うん!




「……」

 ゆっくりと意識が浮上して来て目を開けた。

(何なんだろう……今の)

 紫と契約を結んだのはよく覚えている。だが、今見ていた夢については霞んでいた。

「くっ!?」

 体を起こそうとして動いた瞬間、鋭い痛みが走る。仕方ないので首を動かして周りを観察した。

「……寺子屋?」

 慧音と仕事の話をした場所と同じだった。そこに布団を敷いて俺が寝ている状況だ。暗いので夜らしい。

「ん?」

 ふと右側に重みを感じてそちらを見る。

「すぅ……すぅ……」

 そこに霊夢がいた。看病していてくれたのかその横に桶があった。霊夢はうつ伏せの状態で俺の体に寄りかかっていた。

(紫が言ってたのはこれか……)

「響……」

 起きたと思ったが寝言のようだ。すぐに寝息が聞こえて来る。

「……ありがとな。霊夢」

 体が動かせないのでもう一度、目を閉じる事にした。

(こっちに来てから色々、あったな……)

 コスプレ、弾幕、コスプレ、妖怪、コスプレ、戦闘、コスプレ――。

(あれ? ほとんどコスプレだ……)

 思い出した景色はコスプレした俺の姿。嫌になる。

「全部……PSPから始まったのか」

 悟に東方を教えられ、気に入り、曲を入れ、聞き、ここに来た。

(偶然なのか?)

「響?」

 考え事をしていると霊夢が目を覚ましたようだ。俺の顔を覗き込んで来た。

「おはよう」

「おはよう……って! 慧音! 妹紅! 響が目を覚ましたわよ!!」

 大慌てで部屋を出て行った霊夢に苦笑してしまう。

(お礼……言いそびれたな)

 そんな事を思いつつ、霊夢が帰って来るのを待つ。


 俺は気付いていなかった。外と幻想郷を行き来するのだからまたコスプレする事を――。

 人生が180度ひっくり返ってしまう事を――。

 そして、運命の歯車が回り始めたのを――。


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