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COUNTⅢ『始まりの灯火』

「初めまして、神影灯と申します」


それは一瞬の出来事だった。ボクと彼女の以外の景色、人物がまるでスケッチブックに描かれた絵のように真っ白だった。いや、もしかしたら…ボク自身も真っ白だったかもしれない…。ただ1つだけ確かなのは、その色付いた彼女がボクが今まで出会った女性の中でもダントツの『美少女』だと言うことだ。


クラスのみんなも彼女の姿を見るや否や大騒ぎするどころかその美しさに魅いっている。みんなの反応に困った彼女はチラッと先生に視線を送っている。それに気づいた先生は彼女の隣に立ち口を開いた。


「えぇ…というわけで…神影はお父様の仕事の都合により、急きょ新潟の学校から我が校へ転校してきた。東京に来るのは初めてだそうなので何かと不安なとこも多いだろうから、みんな仲良くするように!」


『……は~い…!』


全員の声は揃わなかった。無理もない。いきなり衝撃という異世界へ飛ばされ、まだ現実世界へ戻ってきていない奴もいるだろう。ボクもまだ狭間にいる。そんな時また先生が口を開いた。


「まあ、そういうわけだから…神影に早くこの学校に慣れて貰うためにも彼女の助太刀、つまり『生活係』をお願いしたい。…というわけで、小鳥遊!!よろしくな!」


この時初めて教室がザワついた。助太刀…『生活係』…小鳥遊……小鳥遊?


「え?ボク!?」


思わず立ち上がった。クラス中の視線がボクに集まる。凍りつきそうな冷たい視線…。特に男子。


「ちょ、ちょっと待って下さい先生!!どうしてボクなんですか!?」


そりゃあ…あんなキレイな子と早くもお近づきになれるチャンスかもしれないけど…。


「どうしてって…お前の隣の席。誰が座るか分かってて言ってるのか?」


隣の席…先週までこんな机椅子はなかった。今朝自分の席の隣に席が置かれていて掃除当番がズラして置いたのかと思ったがすぐに気づいた。これは『転校生』のものだと。クラスのみんなからどんだけ羨ましがられた事か…。…いやいや!!そんな事どうでもいい!!


「隣の席だからって…小学校じゃあるまいし!第一こういうのって学級委員がやるべきなんじゃあ…」


「その学級委員が今日欠席だからなぁ…」


はぁ!?転校生が来るってのに何考えてるんだ?学級委員!!


「あの…先生…ボクもこの学校入って2ヶ月なんで…まだ詳しいことまで分からないんですけど…」


「分かる範囲でいい!…何だ?嫌なのか?」


嫌?そんなわけないだろ?だがしかし、ボクは陽気な父や康浩とは違ってなかなかのシャイボーイなわけでして…。女の子と積極的にしゃべることなんて出来っこないよ…。ましてや相手は漫画に出てきたら即メインヒロインの座を射止めそうな超美人ですよ?ボクには重荷すぎますって!!


ボクは先生の隣にいる彼女を見た。まるで捨てられた子猫のような顔をしている。胸を射ぬかれる音が…。


「嫌なら無理にとは言わないが…じゃあ…」


「いえ!!…先生!!やります!!…ボク!神影さんの『生活係』やりますよ!!」


はぁ~…ボクも所詮…男だよなぁ~…。…あぁ…なんだか…寒い…。クラスのボクの評判が下がっていくのが身にしみてくる。特に男子。次の休み時間が恐ろしい…。


「そうか!じゃあ頼むぞ!神影、席につきなさい!」


彼女がこっちに近づいてくる。心臓の鼓動が自然と速くなる。周りの奴に笑顔を振り撒きながら徐々に自分の席に向かい近づいてくる。前提がアレだから顔が見たくても見れない…。彼女は自分の席に腰を下ろした。するとボクの方を見て、


「ありがとう」


と周りには見せなかったとびきりの笑顔で言った。……おいおい…。


その笑顔…反則だろ…。





SHRが終わるとクラス中が1つの席に密集した。補足するまでもないが、相変わらず窓越しの空が鉛のような本日、晴れてこのクラスの一員となった彼女、『神影灯』の席である。ついては神影の席から半径約5メートルの範囲は既に特売に群がる主婦のごとく、神影と話したいがため熱烈な戦いが繰り広げられている。


ボクはというと、その戦いから素早く抜け出し遠目で見物していた。いわゆる主婦の奮闘を重い荷物を持ちながら死に目で見ている夫のような感じだ。よく見るとウチのクラスじゃない奴、先輩方まで混じっている。どうやら今回の『転校生騒動』の規模は学年に留まらず学校中に広まっているようだった。


過疎化地帯にいるボクは肩をポンポンと叩かれた。振り向くと今までに見せたことのない満面の笑みをした運動着姿の少年とその他大勢の男子諸君が立っていた。あぁ…やっぱりそうなりますか…。


「…ど、どうしたんですか~?…みんなそんな笑顔で…」


「気分の方はいかがかな?『生活係』さん!」


うわ~…完全に怒ってるよ…。すごい笑顔なのにすごい怒ってるよ…。ボクは先頭を切る運動着少年の『それ』に目をつけた。


「えぇっと…康浩くん?君…剣道部だっけ?……何で『竹刀』を腰に下げてんの…?」


「何言ってんの?オレいつも帯刀してんだろ…竹刀…?」


いやいや、こんなところで新たなキャラ設定要らないから!


「小鳥遊ぃ~人は何で目や耳が2つついてるか知ってるぅ~?」


怖い怖い怖い怖い!!


「あ、あの~…皆さん…怒ってるよね?」


「それはねぇ~片方なくなっても大丈夫なようにだよ~」


「ねぇ!!聞こう!!?せめて人の話を聞こう!!?んでもって質問に応えよう!!?」


…あ、そうか。「怒ってる?」って聞いて返事がないってことは…。


「怒ってるんだよね~」


『観念しろぉぉぉお!!!!』


教室の密集地帯では荒々しくも華やかなトークで盛り上がっている最中、過疎化地帯では『集団リンチ』という名の一方的かつ醜い内乱戦争が勃発していた。か細い悲鳴が次第に消えてゆく…。



《キーンコーンカーンコーン…》


1時限目予鈴のチャイムがなった。密集地帯は次第に散っていき、過疎化地帯にはボロボロになったボクがいた。戦時中、趣旨が『生活係撲滅』から『神影ちゃんと会話出来なかったじゃねぇーか八つ当たり』に変わっていたことは言うまでもない。


ヨタヨタと足元を於保つかせながら席へと戻った。すると隣から心配そうに神影が声を掛けてきた。


「あの…大丈夫ですか?」


「あぁ…大丈夫。ありがとう…」


初めて会話が成立した瞬間だった。もっと違ったシチュエーションがよかったなあと少し後悔した。まさか、君の生活係を請け負ったから嫉妬した奴らに雑巾させられました…なんて言えないからな…。しかし今までボクよりも大勢の人を相手にしたとは思えない表情をしている。疲れを全く感じさせないその表情にまた心臓を射ぬかれる。


教室に1時限目の先生が入ってきた。現代文の『佐藤文彦 さとうふみひこ 』先生だ。今年ボクたちと同じくこの学校に転任してきた教師歴3年の新米教師である。最初の授業で家族構成の話をした際に我が子を溺愛する様が20代後半とは思えないほど少年の様だったことから生徒からは『ヒコちゃん先生』の愛称で呼ばれている。


「はい!じゃあ皆さん、新しい仲間『神影』さんの事も気になるかもしれませんが、授業の方も進めていかないといけないので、教科書は…26ページを開いてくださいねぇ~!」


…と言った具合に学校中の話題である神影をスルーして授業を進めるヒコちゃん先生。先生は新米ゆえ授業がとても丁寧なため、他の現代文教師が受け持つクラスとウチのクラスにちょっとした差が出てしまっている。


先生に指示されたページを開いていると隣から声が聞こえた。振り向くと神影が困った顔をしている。


「…どうしたの?」


「実は、まだ教科書がなくて…だからその…見せてもらえませんか?」


…えぇ!!?何その展開!?なんか見たことあるんだけど!!……てか…。


可愛すぎだろ…お前…。


「ああ、いいよ」


あれ?なんか変にカッコつけてないか?ボク?


「ホント?ありがとう!」


神影の机がボクの机と接触した。その境に教科書を置く。


ヤバイ…神影が…近い…。心臓の鼓動が高鳴る。なんだか…甘い香りが…。イカンイカンイカン!!理性を保て!理性を保つんだ慶!!そうだ!今は授業に集中しろ!授業に…。


ふと神影を見る。シャープペンのキャップ部分を下唇につけ板書を見ている。…唇…。


何なんだこの子はぁぁあ!!!?素か?素なのか!?素でこんなことしてんのか!!?ダメだ…集中できない…。やっぱりボク…男なんだなあ…。女の子のこんな些細なことでさえ過剰に反応してしまう…。今までこんなことなかったのに…。


「あの…次のページ…」


「え?…あぁ…ゴメン!」


「大丈夫ですか?」


「ううん…大丈夫だよ…」


ホント…大丈夫かな…。こんなんで『生活係』務まるのかな…。



―――何故


何故ボクは、この仕事を引き受けてしまったのか。


彼女、神影灯との出会いがあんな残酷な物語の幕開けとなることを、この時のボクは知らなかった。



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