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chapter1(ー1)

 優は自分達三兄弟の中で最も努力家で最も報われるべき存在だった

 兄に似たのかは定かではないが、あまり社交性は高くなく、友人と言える友人は少なかったが、とても充実した人生を送っていたように見えた。少なくとも拓斗にはそう見えていた。

 親達からの教育という名のやつあたりに対して、拓斗は反論や説得という手段をはなっから諦めていたのに対し、優は自分の正義を貫く為に真っ向から対立していた。その姿は、拓斗には眩しい程に勇ましかった。

 拓斗が家を出た二年後、高校を卒業し、友人のコネで中心企業に就職した優は十八歳という早さで結婚した。お相手は高校時代からの同級生で亜里抄(ありさ)という女性だった。

 頭が良く、出るべきとこは出て締まるとこはしっかりと締まっているという世間一般で言うナイスバディーな方だった。

 生来、真面目で人望を集めやすい事も相まって、紆余曲折の末、ついには支部長にまで上り詰めた彼は、彼女との間に今度は二十歳というこれまた驚くような早い期間で子を生した。娘の名は亜優(あゆ)といった。

 名前の由来は自分に次ぐという意味と安に父と母の名前を一文字ずつ使いたかったというなんとも彼らしい考えだった。

 そんな彼も今年で36歳。娘も来月には高校生となり色々と金のかかるお年ごろだろう。会社では、「さあ、人生これからだ。まだまだ若い奴らには負けられないぞ」と今年入ってきた新人よりも俄然(がぜん)張り切りながらもそろそろ少しのガタが出始めただろう体や脳を動かして仕事をし、家では「お父さん、この頃頑張り過ぎじゃない?」と妻子に心配されながら毎日を過ごしていたのだろう。

 そこに辿りつくまでに、拓斗はよく優から何度も世間話や愚痴、相談等をされた。

 だからこそ、優の苦労を他人よりよく知っている拓斗だからこそ心の底から思うのだった。

「何で……何で優が死ななきゃいけないんだよ!」

 優達が死んだ理由は交通事故だった。

 昨日の晩、春休みを利用して家族で行った旅行の帰り道で、

いきなり反対車線からとび出してきた居眠り運転中のトラックに真正面から衝突されたらしい。

 ――積み上げるのは難しいけど崩すのは容易(たやす)い。

 そんな積木に似た人生の崩壊は本当に些細な出来事だった。

『運が悪かった』

 いつもならそんな一言で片づけているだろう事なのに、葬儀の途中で(くだん)の運転手が表れた時、気付いた時には、警察官に両肩を支えられている運転手の胸倉を両手で掴み、近づく時の勢いを利用してそのまま地面に叩きつけていた。

 当然ながらすぐさまに拓斗は警察官に取り押さえられてしまったが抵抗せず素直に運転手から離れた。

 こいつを()ったところで優は戻ってこない。そんな簡単な事実に相手を地面に叩きつけた後に気付いたからだ。


「外見は大幅に変わったのに中身は変わらないんだな。拓斗ぉ」

 葬儀が一通り終わり、外で関係者と夕食を取っていた拓斗にでっぷりと肥えた男がその汚い腹をかきながら声を掛けてきた。

「お前もな、宋真(そうま)。まだ二―トなんだろう?」

 宋真と呼ばれた男がフケを撒き散らしながら首を振った。

「家事はしているから二―トじゃないよぉ」

「ああ、そうかい」

 宋真は優の弟、つまり西院家の三男にあたる。

 幼少の頃から兄達には喧嘩を売り、親たちには媚を売って生活してきた。

 そのお陰か、こいつは三十三になろうという歳になっても親の脛を齧ることにより何の不満も不自由もない生活を送れている。

「そういえば、優の娘はどうなるんだろうねぇ」

「なんだと? 亜優は生きているのか」

「勝手に人を殺すなよぉ。 葬儀の時にしっかりいたじゃないかぁ」

 拓斗は葬儀の時の様子を思い出す。

 参列者のほとんどが優達の死を悼み、泣き崩れる中で、拓斗は涙を流すことなく終始うつむいていた一人の少女の姿を思い出した。

「あ、あの子か。そう言われればうっすらと面影があったような……」

 拓斗と亜優はお互いに顔を合わせた事があるとはいえ、それは十数年前の、まだ拓斗がデビューしたての新人で亜優はようやく二足歩行が出来るようになった頃の話だ。

 外見は大きく変わっていてそうだと言われなければ気付かなかっただろう。

「どうなるって、亜里抄さんの両親が引き取ってくれるんじゃないのか?」

「知らないのぉ? 亜里抄のお母さんもお父さんも既に死んじゃってるよぉ」

拓斗を小馬鹿にするように栄真は言った。

「じゃあ、あのババア共が……」

「ああ無理無理ぃ、5年位前から『お金が無いお金が無い……』って口癖のように言ってるからぁ」

「……そうか」

 あえて「それはお前のせいだろう」とは言わなかった。言ったらめんどくさい事になる事を拓斗はこれまでの経験で知っているからだ。

「ま、誰も引き取らないなら孤児院にでも連れてけばいいんじゃん」

「お前、他人事だからって……」

「だって他人事だもぉん」

 そう言って宋真は自分の席に戻って言った。

「まったく、毎度のことながらあいつには不愉快にさせられる」

 独り言を言いながら拓斗は残った料理を平らげた。

「さて、そろそろお暇させてもらうか……」

「……拓斗伯父さん?」

 食後のコーヒーを飲みほし、荷物を持って立ち上がったところで拓斗は声を掛けられた。

 誰かと思い振り返るとそこにはこげ茶色のショートボブカットの少女が立っていた。

「亜優……か?」

「お久しぶりですね」

 まさか自分を覚えていて、ましてや話しかけてくるとは思っていなかった拓斗は予想外の出来事に一時思考が停止してしまった。



話に一区切りついたら一つに統合します。

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