優雅 完結
最終回です。
「よし、ボールも選んだし、って、あれ?」神崎が自分達のレーンのディスプレイを指差すと大和がフフっと笑う。さっき店員に渡されたのはゲームのエントリーシートだったのだ。まっつんが含み笑いをしてこっちを振り返る。サイトが文字を読み上げる。
「えっとドウブツガ、アボルケーノ、ヒカリ、ネッタイギョ、ハナメメントモリ。なんじゃこれ?」「こないだの発表会でみんなが描いた絵のタイトルだよ」
俺が16ポンドのボールを掴みながらレーンに向かうと「恥ずかしいことすんなよ。俺なんか熱帯魚になっちまった」神崎がボールを磨きながら笑う。
「じゃあ先頭バッターは俺でいいな」そういうとサイトは14ポンドのボールを持ちレーンの前に向かった。「大和、見とけよ」そういうとやや左側から1、2、3のリズムでサイトはボールを手放した。ガン!おおきく右にガーターするとおい!と全員がつっこみを入れる。
「わりぃ、わりぃ。カーブかけようとしたら失敗しちまった。次からはちゃんと投げるよ」しかし次の投てきも右側に外れ、サイトは屈辱の2回連続ガーターを喫した。「どんまい、ドウブツガー」大和が小声で冷やかすと「うるせぇ!」とサイトが大和の頭をはたく。次はアボルケーノ、まっつんの番だ。「まっつん、手!手が逆だよ!」サイトが左手でボールを構えるまっつんを制止する。
「おめー、ほんとにボーリングやったことあんの?」神崎が笑い転げる。バカにすんな、という顔でまっつんが睨み返す。ごん!まっつんがバスケのパスのように投げたボールはコースに大きな音を立ててそのままゆっくりと転がった。ピンがぱたぱたと5本くらい倒れる。
「やった!倒れた!」まっつんがガッツポーズをすると店員がとんできた。店員から注意を受けるとまっつんは隣のレーンの人のフォームをまねしてボールを投げた。もちろんピンはひとつも倒れなかった。次は「光」という絵を描いた大和の番だ。
サイトが「あ、あいつうまいかもしれない」と声を漏らす。大和は低い構えからボールを置くような投げ方でレーンの上にボールを滑らせた。
しゃんと突き上げた手が握られるとピンが全て弾けとんだ。画面に大きく「Strike!」の文字が躍る。
「こういう時って...ハイタッチとかするもんじゃないの?...」「次、ともちゃんだよ」「あ、そうか俺か」サイトが不機嫌そうに次の神崎にプレイするよう促す。神崎の次は俺か。ボールを磨くために立ち上がると急に腹が痛くなった。あれ?これはやばいかも。
「条一郎、大丈夫?顔青いよ?」「悪い、俺が帰ってくるまで他の人が投げてていいよ」それだけ言うと俺はトイレに直行した。脂汗が顔から引かない。ちょっと食いすぎたか。これは長期戦になりそうだ。ぐにゃぐにゃと歪む視界の上をピンが弾かれるスポーン、という音が突き抜けていく。
俺が長い戦いを終わらせ、自分達のレーンに戻るとゲームは10ターン目を回っていた。「あ、条一郎が帰ってきた」サイトが全員を代表するように言った。
「条一郎の回はみんなで交代で投げてたんだ。どうする?もう1ゲーム延長する?」「いや、いい」そういうと俺は席についた。
せっかく豪遊するつもりで食べた焼肉を全部出しちまった。なにやってんだ、俺。すると急に照明が半分落ち、ナレーションが響き渡った。
「ハーイ!いまからタイムチャンスでーす。一番早くストライクを出した人には景品をプレゼントしまーす」それを聞くと次の投てき者、サイトが言った。「せっかくだからあと全部条一郎が投げなよ。俺達もう十分投げたから」「そうだよ。僕もう注意されんの嫌だよ」
「目標の150は達成したから...」「俺、このゲームが終わったら帰るわ。おやじからメールあったし」全員が口々に俺に投げろと言うので俺はみんなにありがとう、といいボールを投げた。ピンの手前でガーターすると「どんまい!」「大丈夫!大丈夫!」「あきらめんな!」
と俺の背中に声援が飛ぶ。まぁほとんどサイトの声だろうが。次のボールを俺が力強く投げるとまっすぐとした軌道をボールは描き、こなごなに破壊するような強さで10本のピンを吹き飛ばした。後ろから歓声がとどろく。照明が明るくなるとナレーションが響く。
「おめでとーございます!ストライクを出した方は、えっとドウブツガーさんです!ドウブツガーさんにはのちほど景品をプレゼントしまーす」
隣のレーンの家族が「ねーまま、どうぶつがーだってー」「こら、人に指差しちゃいけません!」と騒ぎ出す。俺はエントリーシートにこんな名前をつけたことを後悔して恥ずかしくなった。もちろんサイトが描いた「動物画」は良い絵だけどな。
「はい。これが景品の昆布男ストラップでーす」ナレーションをしていたと思われる女性店員が俺に景品を手渡した。俺がそれをもらって微妙な顔をすると「よかったじゃん。最後に良いことがあって」とまっつんが笑った。まぁこういう一日も悪くないか。俺達はその後解散し、帰宅した。
「ジョーコ、これ、今日もらったから欲しかったらやるよ」そういうと俺はさっきもらった昆布男という顔が妙に人間的なキモキャラのストラップをテーブルの上に置いた。ジョーコはそれを手に取るとうれしそうに笑った。
「これ、今話題になってるご当地キャラのこんぶおとこじゃん!いるいる!明日学校に連れて行くわ」そういうと鼻歌を歌いながらジョーコは昆布男を握り締めて自分の部屋に戻っていった。俺は冷蔵庫を開け、ウェルチをグラスに注ぐと窓の外の月に向かって「乾杯」とグラスを突き上げた。
高城条一郎のそこそこ優雅な一日はこうして幕を閉じた。次に金が入ったら何して遊ぼうか。次に私が訪れるのはあなたの町かもしれません。なんてね。
この話は昨日の夜に衝動的に書き上げました。なんだかブログを更新していたら「ストーリーにあまり関わらないキャラでショートストーリーを創れないかな」と思い立ち、ふと条一郎の顔が浮かんだのでここに発表するに至りました。本編と微妙に書き方が違ったりキャラの性格が少し異なっていたりしますがそれも本作品の味だと思って読んでみてください^^
近いうちに「SeasideArtclub」の第2部を始めるかもしれません。ここまで読んでいただいてありがとうございました。