優雅 その壱
おひさしぶりです。伊藤びゅうです。
今作は「シサアク」の美術部員、高城条一郎の物語です。
地味にイカれてる彼の一日をぜひ体験してみてください^^
やあ、俺の名前は高城条一郎。道立しおさい高校の1年生だ。潮騒町は道南の函館と恵山と呼ばれる地区の中間にあり、山と海に囲まれた自然豊かな土地柄だ。人口は3千人ちょっとで名産物はこんぶアイス。アイスクリームに昆布を粒状にして入れたものだが、うまいと思ったことは一度も無い。過疎化が進んでおり、この潮騒町もいずれ函館市に編入するだろう。
6月の祝日、俺が居間のテーブルのメモを手に取ると丸い字で書置きがしてあった。「出かけてきます。」とだけ書かれたメモを再びテーブルの上に置きなおすと俺は冷蔵庫を開け、ウェルチのビンを取り出し、それをワイングラスに注ぐと、庭に置かれているプラスチック製のイスに座り、眼下に広がる町並みを見下ろしながらグラスを傾けた。高城条一郎のそこそこ優雅な一日。小説のようにタイトルをつけるとしたらそんな感じだろう。今週は両親がベトナムへ旅行中だし、妹のジョーコも友達と遊びにいくと昨日話していて、さっき書き置きを見つけたので家にいるのは俺1人だ。俺のオヤジは簡単に言うと家のデザイナーの仕事に就いており、この家もオヤジがデザインして建築家に作らせたものだ。潮騒町の小高い丘の上に作られたこの家は学校の近所で、通学には非常に便利だ。さて、今日はなにをしよう。こないだ親戚のおじさんにもらったお金を一気につかってしまおうか。
梅雨のない北海道の初夏の陽気で俺の気分はすこぶる良かった。贅沢といったらなんだ?俺は頭の中で自分の好きなものを思い浮かべた。
ラジコン、将棋、焼肉、アメフト。このなかで出来るとしたら、ラジコンと将棋か?でももうラジコンをする年でもないし、将棋を1人で指していてもつまらない。腹がぐうぐう鳴り出すのを聞いて俺は焼肉を食べに行くことを決めた。しかし、ひとりで焼肉を食べに行くのは恥ずかしいなぁ。
俺はポケットから携帯電話を取り出し、アドレス帳を広げ、しばしの考案の末、ダイヤルをタップした。
「はい、もしもし条一郎?何の様?」
「ああ、まっつん?今日俺、焼肉を食べに行こうと思ってるんだけどどう?」
電話の向こうで含み笑いが漏れる。まっつんと言うのは俺と同じくしおさい高校に通う生徒で同じクラスで席も近いので休日は一緒に
遊ぶことが多い。まぁ俺も高校生だし、しばらくしたら彼女の1人ぐらい、つくりたいと思ってるけどな。まっつんこと松野良風が答える。
「いいけど...お金はどうするのさ。僕、小遣い前だからあんまりお金ないよ」
「大丈夫」俺は事前にネットで調べていた情報を話した。
「函館の『安寿園』っていう店がランチタイム1000円でやってる。それならなんとかなりそうか?」
「函館、か。まぁ少し遠いけどたまには都会で遊ぶのもいいかな。よし、行こう。11時20分のバスでいいよね?」
俺は部屋にかけられている時計の時間を確認すると「ああ、いいよ」と返事を返した。「あ、そうだ」まっつんが甲高い声で言う。
「大和も一緒に誘ってみたらどう?」大和健か。大和は中学の時にネットのサイトで知り合って以来、親交が深かった。俺の家に遊びに来た
時は「なんか...条一郎の家...迷路みたい」と手の込んだ家の間取りをからかっていた。「どうせだから」俺は息を吸い込んだ。
「神崎とサイトも誘ってみようかな」「そうだね。それがいいよ」まっつんがしっかりとした声で言うと俺は声を出して笑った。
俺とまっつん、神崎とサイト、そして大和の5人はしおさい高校の美術部に所属する部員達だ。同級生達からは「Sea Side Art Clubの部員達」という妙な言われ方をしている。狭い部室の空間で共に長時間絵を描いているので自然と俺達の精神的な関係性は深いものになっていった。
その俺達が休日も一緒にランチとしゃれこもうとしているのだ。端から見たら少し気持ち悪いかもしれない。しかし、絵を描いている間は一切馴れ合いの感情はなく、自分達の絵の世界に没頭し、良い所は褒め、悪い所は遠慮なく指摘する。そんな関係性だと俺は思っている。
まぁ俺達はまだ入学して2ヶ月で、サイトなんてこないだ入部したばかりだから、付き合いがそんなに長いわけではない。これを機にみんなと親睦を深めるのも悪くないのかもしれない。
「じゃあ、切るね。それじゃバス亭前で待ち合わせで」
まっつんが言うと電話が切れた。グラスのグレイプを飲み干すと俺は言われた通り、大和、サイト、神崎の三人に電話をかけた。
今回は条一郎の視点で物語が進みます。本編であまり出番のない条一郎はどんな休日を過ごすのか。あ、ちなみに6月に祝日はありませんからね^^;
全部で4話で完結予定です。次は今日の正午ごろに投稿します。