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可憐な罠  作者: さばこ
7/9

第七話

更新、遅くなってしまってすみません。

後悔先に立たず、後の祭り。


あと何がある?

ああ、“強い自責の念にかられる”。


…どの言葉も、時間が経つにつれて俺の胃を更に重くする。





詰まるところ、俺はお嬢様へ働いた感情のままの言動を、非常に後悔していた。


小さい体が震えているのも気付かずに、『子どもじゃない』と突っ張るご令嬢に。目も合わせられぬ小心のくせに、体面だけを気にした突き放す言い方に。


…我慢がならなかったのだ。



ならなかったって…俺がガキか。何回も呟いた言葉が荒れた胃に染みる。





「スゥ〜〜〜〜〜」

隣りで、わざとらしい声が俺を現実に戻らせた。

「10回目」

「何が」

顔を見るのも腹立たしい。使い終わった道具をひたすらしまうことに専念する。


「善チャンの甘いため息。幸せ10こ消えたから吸ってあげたんだぜ〜」

「うるせぇな!数えんなアホ」

俺の罵声をもろともせず、やつは楽しそうに口笛を吹いた。

悔しいことに、長年の付き合いで俺の勝手知ったる幼馴染は、大方予想をつけているのだろう。



「何があったんだよ。ほんとにお前仕事先のお嬢様にいかれちゃったの?」


井手雅之…奴は腐れ縁であり、うちにパートに来ている井手さんの息子だ。

急に仕事が休みになった理由がボンクラ息子に筒抜けなのは分かる。

しかし、何故あのお嬢様のことを知っているのか。


「………」

「何で知ってるかって?そりゃ善美ちゃんに聞いたんだよ」

俺の仏頂面だけで読み取った井手は得意そうに答えた。ハァ…と本日11回目になるため息をつく。


「なぁなぁ、どんな娘なんだよ?可愛いの?」

「………」

「おン前、そんな面白いネタ早く教えろよなー!あんな暇人だったくせに急に大学来なくなったから、心配したんだぜ」

そういえば、こいつから着信がきてたな。夏期休暇であれ、毎日のように通っていたから不思議に思ったんだろう。



「なぁに?面白いネタって」

後ろで声が聞こえた。

「園田さん!」

井手が飛び付くように振り向いた。

「お疲れさまっす」

「お疲れ。ふー暑い」

パタパタと胸元を扇ぐ。院生2年の彼女は就活中なのか、見慣れないスーツ姿だった。


「どーしたんすか?久しぶりじゃないっすか」

井手から尻尾が見える。

「ん?来ちゃダメだった?」

「んなわけないです!」

艶のある黒髪を顎のラインで切り揃えた園田さんは、涼しげな目元を細めてにっこりと微笑んだ。彼女は俺たちの学部の先輩であり、男子のマドンナ的存在だった。



「園田さん、これ例の種です」

俺は、小袋を渡した。

「ありがとう!助かるわ」


これこそが、本日の俺の目的で、あんな直後だが仕事を休んで大学に来たのだ。世話になっている先輩の頼みだ、仕方なかった。



「卒論で、どうしても使わなきゃいけなくて。もう就活とWパンチで参っちゃうわ」

「あれ園田さん、造園業の会社内定もらってませんでした?」

井手が情報をフルに使って聞く。

「やだ、何で知ってるの?」

わざと唇を尖らせる姿でも嫌味なく様になる。

「…そうなんだけど。私、ウェディングプランナーやりたくて。園芸とちょっと外れるけど、ブーケとかそっちに興味あるんだ。だからまだ続けてる」

へえー!と大袈裟に井手犬が尻尾をふる。こいつは入学当時から園田さんに惚れてるのだ。

「いや、まじ園田さんに似合うと思います!応援します!俺の憧れですから絶対大丈夫ですって」

最後はキャッと両手で顔を隠したため、聞こえなかったようだぞ、井手。

「ふふっありがと」

サラッと流す園田さんからは、大人の余裕を感じた。



「それより、榊くん。これのお礼させてよ」

渡した種の袋を振って、顔を覗かれる。ボタンの開いたシャツから胸元が見えそうで、慌てて目を逸らした。

「そんな、いらないっすよ。いつも世話になってるし」

「遠慮しない」

ぺしっと頬を叩かれた。

こうなると、この先輩も頑ななんだよなぁ…と俺は頭を掻いた。しばらく考えて、口を開く。


「園田さん、いくつでしたっけ」

「…やなこと聞くわね。まだ23よ」

学年は4つ違いだ。俺と、お嬢様の半分か。

「えーと…年下って気遣いますよね?」

「人によるけど。榊くんにはしない」

「もし、相手がえらく年下って知っててケンカ売っちゃったらどうします」

「売っちゃったって」

園田さんは吹き出した。

「なぁに?痴話ゲンカ?もーそういうのは相談なんかしないのよ!」

「ち、違います。妹です妹」

「あん?善美ちゃん?」

井手の言葉はシカトだ。

「悪いのが自分って分かってるなら謝るわよ」

当然でしょ?と言わんばかりの上目遣いが胸に刺さった。


「そうですよね…謝る」

「榊くんのプライドが邪魔してるんだ」

園田さんはおかしそうに言った。

「早く謝った方がいいわよ。日が経つにつれ頑なになっちゃうから」

「…………」


園田さんに呟いたはずの言葉が自分に返ってきて、うなだれるしかなかった。

「園田さん、コイツのこと良く分かってますね」

井手が感心する。

「そぉ?良く見てるからね―」

「すんません!俺、用事あるんで失礼します」


園田さんと同時に発した俺は、井出の慌てる声にも気付かず、屋敷に向かって走って行った。




井手、感謝しろよ。

二人きりのうちにデートの一つでも取り付けておけ。





やっと辿り着いた、見慣れたはずのでかい屋敷からは、訪れる者を巣食うような圧力を感じた。一歩を踏み出し辛いのは、自分にやましいところがあるからなんだろう。



「あれ?善くん?」

タイミング良く鳥居さんを見つけた。

「あー、えっと…お疲れさまです」

何と切り出せばいいのか、情けない声しか出ない。

「お疲れさま。今日は来られないってお父さんから聞いてたから、ありがとう」

「いえ…。―えっ?」



俺は瞠目した。

遠目に大きい麦わら帽子をかぶったお嬢様が、むさくるしい親父達の中にいたからだ。



「…びっくりでしょう?」

鳥居さんも嘆息する。

ハゲだったり、もじゃもじゃ髭だったり、太ってたり。見目よろしくない男たちの中に、ぽつんと咲いた花のような。

小さい顔からは確かに白い歯がこぼれている。笑っているのだ。


「今朝から急にあんなご様子で。善くん、何か言った?」

首を捻る鳥居さんの声は頭まで入って来なかった。

子どもらしく、体を曲げて楽しそうに笑う様は、お嬢様本来の姿のように思えた。

ここに来て初めて見た笑顔に、目を離せない。


しかし、何で笑顔?

昨日俺、怒ったよな。我ながら八つ当たりだったと思う。

ヤマザクラの件は、お嬢様がいらないと言ったらいらないことなのだ。そこを、納得のいかない俺は噛みついた。…結構ビビってたよな?固まって動かないお嬢様を放置して帰ったのを覚えている。


頭の中で何とかこの状況を整理しようとする俺がいた。

結局答えは出なかったので、親父たちを避けるように裏庭に逃げた。



俺が近付いて、あの笑顔がなくなるのが―悔しいことに嫌だったのだ。



「おい善!」

牙を剥く声に振り向く。機嫌悪さMAXの親父の声だ。

何がどう彼を怒らせてるのか、踏ん反り返るように仁王立ちする手には―小さな少女がいた。



お嬢様と、親父が、手を繋いでいる。



危険な絵面に何度も瞬きして、現実かどうか確かめる。


「おめぇはしょうもないこと言いやがって馬鹿野郎!」

隣の少女がいなければ殴りかからんばかりの形相に、思わず後ずさりする。

「よしパパ、怒らないで」

「“よしパパ”?」

目玉が取れるもんなら、間違いなく転がり落ちていたと思う。


「聞けばてめぇが100パーセント悪いが、和華ちゃんが謝りたいと言うので俺は我慢する。感謝しろ」

「“和華ちゃん”?」

突っ込んではいけないのに、してしまう悲しい俺の性。


「じゃあ、このボンくれに何かされたら遠慮なく言うんだよ」

それはもう気持ち悪いほどに優しい声で、親父はお嬢様を置いていった。

俺は混乱した頭を落ち着かせるため、凄まじいスピードで状況を繰り返した。しばらく沈黙が続く。



「あのう…昨日言われたこと、一生懸命考えました」

しっかり俺の顔を見て、お嬢様は切り出した。

「どんなものにも命があること。道徳でも習ったのに忘れていたと思います。ごめんなさい」

道徳?懐かしすぎる単語に、笑ってしまった。

「お父様がいない間は、私がこの家の主人なのに、お仕事してくれる方たちのこと何も考えてませんでした。だから…」

そこでお嬢様は大きく息を吸った。



「お花のこと、いろいろ教えてください!」



勢いよく頭を下げて、大きい帽子がころんと落ちた。

それを拾って、小さな頭に被せてやる。大きい目が、俺がどんな言葉を言うのか少し揺れながら待っている。


知らずに口元に笑みを浮かべて、俺は頷いた。

「いいよ。昨日は、俺も言いすぎた。ごめん」

俺も心から頭を下げた。後悔で、あんなため息ばかりの一日を送るのはこりごりだ。



顔を上げると、しかめっ面しか見せなかった顔が、一面に花を咲かせるように笑っていた。

頬を上気させ、日差しと重なって眩しいくらいに。




「じゃあ、仲直りだね。ゼン!」




―あん?!


幻聴か?目の前の小さい生き物を凝視すると、お嬢様はニヤリと口元を上げた。



「よしパパが、ゼンは小学6年生の問題も分からないって言ってたから、呼び捨てていいって」

「はい?!」

「私のこともワカって言っていいよ」

勝手に人見知りを解いて、馴れつく様子に俺の方がとまどってしまう。

「…ワカ?」

「はーい!」


何の警戒心も見せない、清らかな笑顔を見ていると、変に緊張していた心がほぐされていく。

―何だよ、これ。

こっそり悪態をついても、馬鹿みたいに嬉しそうにするお嬢様―ワカ、を見てると釣られて口元が上がってしまう。一度ため息をついてから、目をキラキラ輝かせる少女に告げた。


「おし、教えろって言ったな?俺の授業は厳しいぞ。付いてこれんのか?」

「はいっ」

「じゃ、一緒に土いじるぞ。まずお前、そんなひらひらした服着ないで、ジャージ着てこい」

「ジャージ?」

初めて聞くように首を傾げる。

「えーっと…体操服?」

「そんなはしたない姿、淑女だから見せられません」

自慢げに言いのける頭を軽く小突く。

「阿呆、汚れてもいい服着てこい」

「いたぁー…ゼンのばか!」

「淑女はバカなんて言わないぞ」

ハッと口を覆って、言わずともしまったとこぼす百面相に、俺は腹を抱えて笑った。


しかめっ面のときからころころ表情変えてたもんな。

この小さい生き物は、何をしでかすか予想がつかなくて、どうしようもなく俺をかき乱す。


でも、悪くない。




つられて笑いだすワカの笑顔を見て、そう思った。



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