第四話
寒い、この部屋は、この家は。
いつも静かで独りぼっち。
ドタドタドタ…っ。
屋敷の中でこんな足音を平然と出せるのは一人しかいない。
「和華さまっ」
トリィの得意技、“ノックと同時に扉開け”だ。
返事をするのも怠いので、布団の中にもぐり込む。
「和ー華ー様!ご昼食いただいてくださいっ」
長年の私専属の教育係である使用人、もとい姉のような存在である彼女には遠慮というものがない。
「いやぁー」
か細い抵抗もこの女には片手で足りること。にべもくれず、一気に布団をはがされる。
「もうおご馳走様しました!」
ちゃんとしたんだ!と言う悔しさから頬が膨らむのを止められない。
「え、あれで?今日は和華様の大好きなハーブのサンドイッチですよ」
「もうお腹いっぱい」
一口かじってお終い。
最近はちっともお腹が減らなくて、食事が億劫だったのだ。
「お熱ありますか?」
トリィの眉毛が少し八の字になって、指先が荒れた細い手を額に当てられる。
私を心配する手は、母よりトリィのときが多かった。
「そうですねぇ…少し微熱がありそうですね」
「私、寝とく。ピアノの練習は夕方にします」
「それは構いませんが…何かお飲み物持ってきましょうか?レモネードかハーブティーは?ココアでも良いですよ」
どれにも首をふって、横になる。
「今日から榊さんのお仕事始まりますから、騒がしいかもしれませんが、ゆっくり寝ていてくださいね」
さっきとは全く違う、優しくてちょっと甘い声で、トリィは布団を喉が隠れるくらいにかけてくれた。
お父様とお母様がフランスへ行ってもう1週間。帰ってくるまであと…それでも両手で数えきれないことにため息をついた。
大体その前でもお仕事の準備に忙しいと、ほとんどお顔を合わせることもなかったから、この夏休みが退屈過ぎて仕方がない。
まだ学校がある方が良かった。
親友の七ちゃんもこの時期は家族でオランダか何処か行くって言っていたし。
宿題もとうに終わってしまった。週に2日、お茶とピアノのお稽古があるだけ。
外に出て遊ぶ術も知らないし、とっても暇を持て余している。
世話焼きでうるさいトリィが興奮して、いつものお花屋さんに家の周りを綺麗にしてもらうと言って、昨日お父様くらいの男の人と、口が悪い男の人がやってきた。
トリィはいつもその花屋さんの話をしていた。聞いてもないのに、今日のお花はどうこうで、花言葉はどれそれで…って。
そりゃあお母様はお花が大好きだから、この洋館風なお家が綺麗になったら喜ぶと思う。
でも私は嫌い。
土は汚れるし、泥の匂いもする。
虫なんか見たくもないから、お花屋さんになる気持ちがちっとも分からない。
し・か・も!見たことない大きいハサミとか、掃除機があったから、ほんのちょっとよ?
ほんのちょっとだけ触ろうとしたら、あの言い方。
子どもじゃありませんっての!!
くたくたのジーンズとよれよれのTシャツ姿の男の人を思い出した。
ムカムカムカ…。大声を上げるのははしたないと怒られるからギュッとシーツを握って我慢する。
これから毎日来るのか…。嫌だな。
そんなことを考えてるうちに、だんだんと夢の世界に入っていった。