第三話
無事トイレを済ませた俺は、屋敷に戻るのも気が引けて車のある場所を探した。
門の中に入ってすぐ左に行くと、どうやら駐車場になっているようで、親父の車や既に到着していたのか、業者の車も何台かあった。
今日はどこまでやんのかな?そんなことを考えていると、視界の端っこにブルーの布地が入った。
思わず眉を顰める。正体を見ようと奥を覗くと、淡いブルーのワンピースを着た女の子が身を乗り出してトランクの中を見ていた。
そよ風にのって、ふわふわとワンピースが泳ぐ。
トラックの数々には、植木の作業に使う道具がたくさん入っている。
俺の存在には気付かないのか、女の子はそおっと大きい断ち切り鋏に手を伸ばし始めた。
「ちょっと!」
慌てて声をかける。
するとびくっと肩を揺らし、こちらを振り向いた。
透き通るように白い肌に、大きい瞳。
少女と呼ぶには大人びていて、成人と言うにはどこかあどけない。
どこかの中学生か高校生か?言葉に迷いつつも、きちんと注意した。
「それ、危ないから勝手に触らないで。きみ、どこの子?」
ポインセチアのような真っ赤な唇を真一文字に結んで、その子はキッと睨みつけてきた。
謝る様子もなく、こっちがたじろいでしまう。
「あの、」
言い方がきつかったか?そう思って話しかけた。
すると、女の子は面白いくらいに、つんと顎を空に向けて背中を向け、走り去ってしまった。
「あ、おい!」
俺の言葉には振り向きもせず。
なんだ、あれは。あんな子どもっぽいことして、高校生が。
普通、謝らないか?善美でもあんな態度しないぞ。
途中で行き場を無くした手で、寂しく頭を掻く。
そして、思い立ったのだ。
まさか―“お嬢様”か?あれが?
今度は無意識に手のひらが口元にくる。
やばい、俺さっき『どこの子?』って言わなかったか?(言った)
子どもとは言え、相手は客だ。見るからに上客で、不躾な態度は許されがたい。
これは、先に謝っておかないと…!
そうして俺も慌てて屋敷に戻って行った。
「こら!どれだけ時間かけてんだお前は」
玄関に着くと、親父のかなり抑えたお叱りを受けた。
「和華様、ご子息の善治さんです」
鳥居さんに促されてこちらを見る瞳は、やはりさっきのものと同じだった。
しかし、相手は思いもよらなかったのか、また大きく見開いた。
「あ、さっきは…」
「初めまして、娘の和華です。このたびは学業の合間にお手伝いくださるということで、心よりお礼申し上げます。両親がいない間で不備があるかと恐縮ですが、何かありましたらお気軽にこの鳥居までお申し付けください」
ぺらぺらと、それはもう素晴らしい舌回りでお嬢様は言った。
その堂々たる様子に、鳥居さんも親父も見惚れているかのようだ。
言いきったあと、さっきは直線だった唇をふんわりと上げ、『淑女の微笑み』と言うのを目の当たりにした。
なんだ、ちゃんと(?)挨拶できるじゃないか。そう安堵して、口を開く。
「あ、こちらこそ」
「それでは」
くるっとワンピースが回り、お嬢様は階段を上って行った。
その華奢な背中には『話しかけるな!』と大きく書いてあるようで…。
おい、俺の話分かってぶった切っただろ。
よくよく見れば態度も、線が細すぎる体も小学生そのものだ。
それに加えてあの負けん気の強さ。どこが深窓のお嬢様だ!
と思ったら、先ほどのような大人顔負けの立ち振る舞いを見せたり、彼女のアンバランスさに、俺は目をいつまでも白黒させていた。