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神様の学校  作者: 村井
4月
5/5

入学式


パンパンパン、と突然に、勢いよく鳴らされた破裂音。

騒音に思わず耳を手で覆って、視界を覆った紙吹雪に眉根を寄せた。


「勇者様!勇者様!」

「ようこそいらっしゃいました、勇者様!」

「……は?」


一斉に四方八方から聞こえる勇者様、という歓声。

わーわー、きゃーきゃー。

破裂音がもうしない事は分かっていたのだが、勇希は塞いだ耳を退けずに、周りを見渡した。

入口の周りは、生徒達で溢れ返っていた。

手に手に、パーティーで良く使われるクラッカーを持っている。

破裂音はクラッカーから出された物のようだ。

全てが使われた後で、火薬の臭いが近隣に充満していた。


「ここ…」


勇希は茫然と、ゆっくりと周囲の様子を見やった。

明らかに、勇希が開けたはずの教室では無い。

後ろを振り返ってみたが、後ろにあるはずの扉も無かった。

勇希がいるのは、体育館らしい所だ。

当初の目的は果たされたことになるが、そんなことよりもどうやって自分がここまで来たのかが気になる所だが。

恐らく考えるだけ無駄なのだろうと、勇希は周りのわざとらしい程にこやかな笑みでこちらを迎えている学生を見て、渇いた笑みを漏らした。


「無礼な出迎えをお許しください、勇希様」


勇希を囲む生徒の中から、1人の少女が現れた。

俯いたまましずしずと、一歩一歩ゆっくり勇希に近づいてくる。

生徒達は勇希を中心とする円から、勇希と少女を中心とする円に変えた。

この子が、この場を統率しているのだろう。

いくら人は見かけによらないと言っても、少女にリーダーシップはなさそうだが。

固く組み合わさっている両手は、カタカタと、小さく震えていた。


「わたくしは黒羽…。宮古、黒羽と申します。勇希様」

「あんた…。何で、俺の名前を知ってるんだ?」

「鵜川 勇希様。ここにいる皆が、勇希様の御尊名を存じております」

「ふーん。知らない奴に名前を知られてるって、中々に気持ちの悪い体験なんだな」


何らかの損得勘定が働かなければ、顔も見た事が無い、若しくは話した事が無い人間の名前等覚えようとは思わないだろう。

勇希の場合にも、彼女たちは何らかの見返りを求めているはずだ。

今回は何を求めているのか。


「勇者様?」


黒羽は、恐る恐る顔を上げて、上目づかいに勇希を見上げた。

黒ブチ眼鏡のフレームが、光に反射する。

黒いおさげの髪が、顔を上げる時に揺れた。

地味で、大人しめな印象の少女だ。

やはりリーダーシップという物は在る様に見えない。

漸く目線を勇希と合わせた黒羽だが、手の震えは収まっておらず、一層酷くなるばかりだ。

黒羽が自分を恐れている事は分かっていたが、敢えて手の震えには何も触れずに、勇希は小さく顎を引くと、黒羽を見下ろした。

勇希が動く度に、黒羽は肩を震わせる。

弱い者虐めをしている様で気分は良くないが、仕方が無い。

勇希が何をした所で、恐らく黒羽の恐れを取り除く事は出来ない。

それ以前に、勇希には脅えさせない様に優しく話しかける、という様な事をする気は一切無かったが。


「申し訳ございません」


黒羽はそれ以外に言うべき言葉が見つからなかったのか、それだけ言うと大きく頭を下げた。

確かに、名前を知っていて申し訳ありません、等と言わせるのは勇希も忍びない。

不快を憶えたのは確かだが、謝って欲しい訳ではない。

黒羽が頭を上げるのを待つ。

しかし、一向に黒羽は頭を上げようとしなかった。

一定の角度で腰を折ったまま、微動だにしない。


「え、っと、宮古さん?」

「どうか、敬称などお付けにならないで下さい。黒羽という、わたくしの愚名をお呼びいただけただけで、身に余る光栄です」


黒羽の発言に、勇希は嫌味で言っているのか、素で言っているのか一瞬悩んだ。

言葉尻に含む所は見つからないので、恐らく天然なのだろうとおもう。

そんな風に言われたら、名前で呼ばない訳にはいかないじゃないか。


「…黒羽」

「勿体無いお言葉です、勇希様」

「黒羽、いいから顔を上げてくれ」


黒羽は勇希の赦しを得て、漸く顔を上げた。


「俺をここに、どうやって呼んだんだ?」

「僭越ながら申し上げます。勇希様が校舎に入られたと知り、教室扉に転位の魔術を施させて頂きました」

「…普通に呼ぶ事は出来なかったのか?」

「申し訳ありません。勇希様の御傍に魔王がいた為、勇希様に近づく事が出来ませんでした」

「魔王って、やっぱり」

「勇希様が先程お会いになった翠の瞳を持つ少女こそ、我々が魔王と呼ぶ存在です。」


黒羽はスラスラと、決まりきった言葉を言う様に、流れる様に勇希の問いに答えていく。

震える両手と顔を見ずに、声だけで判断するのであれば、実に堂々とした振る舞いだ。


「俺が勇者であるなら、俺に魔王、あの子を倒して欲しいんだよな?」

「はい、その通りです」

「魔王は一体どんな悪逆非道の限りを尽くしたんだ?世界征服、とか?」


勇希は含み笑いを零した。

先程、魔王は自分は世界征服をする気はない、と言っていた。あの少女が一体何をしたと言うのだろうか。何が出来るというのか。

黒羽は勇希の様子を気にせずに話を先に進める。いや、進めようとした。


「はい。魔王、は…」


そこまで言って、黒羽は唇を噛み締めた。

先程までの流暢に話していた様子からすると、可笑しな話だ。

黒羽はただ、これ以上言いたくなかった。

自分がこれから話す事は、魔王の悪行をこれ見よがしに語る事だ。

勇者に魔王の悪行を語り、情に訴えかけ、魔王の討伐を半ば強引に委譲する。

両手を、更に強く握る。


「姫様…」


生徒の中の誰かが、黒羽を心配そうに呼んだ。

姫様。

魔王も勇者もそうだが、これほど滑稽な名前は無いだろう。

黒羽は自嘲、もしくは自分を『姫様』と呼んだ誰かを嘲る様に、笑みを浮かべた。

一瞬、自分が姫、と聞いて勇希はどんな表情をしているのだろうと、黒羽はチラリと横目で見遣ったが、そこには何の変化も見られなかった。

勇者や魔王やら、といった話に姫様が現れても、インパクトに欠けたのかもしれない。

変化の無い事にホッとすると、黒羽は姫君の顔から少し宮古 黒羽の顔に戻す。


「魔王が悪い訳ではありません」


周囲の困惑を気にせずに、黒羽は続ける。

どうせ後で、魔王の悪行をたっぷりと見せ付ける予定なのだ。

これ位、魔王の印象を悪くさせないのは許容範囲だろう。


「へぇ、じゃあ、何故俺にあの子を倒させようとする?」

「彼女が魔王であるからです」

「それじゃ理由にならないだろう。魔王ってのは、初めっからなる人が決まってるのか?」

「いいえ。魔王は彼女一人。彼女に対する名称が、自然と魔王、というものになっただけの話です」


勇希には、彼女の話を余りよく理解する事が出来なかった。

魔王が悪くない、と言いながら自分を勇者として祀り上げようとする黒羽の心が分からない。

少なくとも黒羽は、魔王に対して親しみを持っている様に見受けられる。


「彼女はとても強い力を持っていました。それは彼女の意図とは無関係に私達を虐げる物でした。人間には持ち得ない力を持っていた彼女から、とにかく私達は距離をとりました。まだ幼かった彼女の叫びなんて、聞こえないフリをして。むしろ、そのまま死んでしまえばいいと思っていたんです。そうしたら、私達の生活は平和なままですから。けれど、彼女は死ななかった。死ぬことすら、彼女には許されていなかった。

彼女は私達を恨みました。いくら自分が死ななかったとしたって、彼女に対して酷い行いをしたのは私達ですから。彼女は意図的に自らの力を、他者を虐げる為に使う様になったのです。

そこから、彼女は魔王と呼ばれる様になり、そんな彼女への対抗手段として、私達が生み出したのが勇者、というシステムです」


黒羽の懺悔ともとれる言葉を、勇希は自分なりにかみ砕いて考えた。

初めは魔王で無かった存在を、魔王にしてしまったのが黒羽達。

そこだけ考えると、自業自得、という言葉がお似合いの様な気がする。

魔王という少女がどの程度の事を黒羽達にしているのか、勇希には分からないが、誰かを殺す、という事も少女はしているのだろうか。

自分の思考に、勇希は肌が粟立つのを感じた。

冗談ではない。

少女はそんな危険人物には見えなかったが、人は見かけによらない。

善人に見える様な奴が殺人犯だったりするのだ。

そこまでの事を少女がやっているのであれば、誰かにすがりつきたくなる黒羽達の気持ちは、何の力も無い勇希だからこそ良く分かる。

しかし、勇希は声を大にして言いたかった。

そこに自分を巻き込むな、と。

そちらの事情はそちらの事情であり、勇希には何の関係も無い。

それをこんな訳の分からない場所まで連れて来て勇者をやれとは、一体どういう話なんだ。

自分勝手も甚だしい。


「まあ、色々と言いたいことやら聞きたいことやらは尽きない訳だが。とりあえず、勇者にとって一番重要な事を一つ。勇者が倒すべき魔王は、殺人、若しくは暴行をどうやって行ってるんだ?」

「どうやって、ですか。それは殺人の方法、ひいては魔王の力、ということで宜しいのですか?」

「……それでもう俺が聞きたいことが大体分かったが、まあ、そうだな。魔王の力と、どの程度が魔王に殺されてるのか、だな」


勇希が聞きたかったのは、どう見てもまだ16歳程度にしか見えなかった少女が、本当に殺人犯なのかどうか、ということだ。

ファンタジーの世界でそんなことを考えてもどうしようもないのかもしれないが、勇希が今いる場所が学校、という場所だからか、そういった殺伐とした事態が起きているとはどうしても思えなかったのだ。

まあ、少女の発言で、魔王が殺人を犯していることはもう確実となった訳だが。


「そうですね…。魔王は触れた物を何でも、若しくは望む物を消滅させる力を使って、多分…、1000万人程度は、消滅させているんじゃないでしょうか」

「…は?え…、っと、良く聞き取れなかったんだが、もう一回言ってもらってもいいだろうか?」


前半の部分はまあいい。

魔王の力に対して、多少中二な設定だなあとか思わないでも無かったが、まあそこはいい。

そんなことよりも、問題は後半だ。

勇希は自分の聞いた数字を理解出来ない、いや、したくなくて、動きを一時停止させた。

その後で、ゆっくりと、強張った笑みを浮かべる。

間違えました、と否定しても構わないという事をアピールする為の笑みだ。


「はい、復唱させていただきます。

魔王は触れた物を何でも、若しくは望む物を何でも消滅させる力を使い、1億人程度を消滅させたと思われます」

「は?1億?」

「はい、1億人です。勿論、一度の顕現でそれを為した訳ではありません。歴代の勇者の方々も、魔王を完全に消す事は出来ず、封印してきただけだったので、何度か封印が緩んでいるのです。総計が1億、というだけであって、1度の顕現でいえば、恐らく1万人~5万人程度かと…、勇者様?」


何だその天災厄災、いや、それ以上の被害は。かの黒死病、ペストと同程度か、それ以上の被害じゃないか。

勇希は痛む頭を押さえた。

人間が出していい被害人数では無い。

というかそんな人外に自分が敵うと思っているのか。

勇者になったから爆発的な力を持った、等と言うご都合主義があったとしても、1億も殺してる魔王サマに勝てる訳が無いだろう。

馬鹿じゃないのか。

勇希は思わずニッコリと、目の前の少女を威圧的に見下ろした。

勇希が怒っている事は気配で察し、少女は小さく縮こまった。

自分達が理不尽な事を勇者に強要している、という自覚はあるらしい。


「え、えと…。最近は、魔王様も落ち着いてて。一回の顕現で大体1000人位しか抹消していませんよ?」

「凄いな。1億って甚大な数を聞いた後だと、1000人が少ない数に聞こえる。約1万分の1だからな」

「あ、いえ、すみません。前回は1000人じゃないです。996人です」

「4人でも重要なのにな。俺達の世界で4人も殺してたら連続殺人犯って騒がれてるだろうにな。4って数字が馬鹿馬鹿しくなる」

「あ、あの…。怒っていらっしゃいますか?」

「怒ってる、っていうより呆れてる、だな。俺は勇者にはならない。絶対にならない。平穏無事な生活を投げ出して、アンタらの為に自分を犠牲にする気は無い」

「勇希様…」

「俺を返してくれ。頼むから。俺を家に返して、アンタらにとって都合のいい、正義感が強くてお人好しな勇者でも呼べばいいだろ」


辛辣な言葉を笑顔のままで吐くと、勇希は胸糞悪い、と顔を歪めた。

彼らはとても身勝手だった。

勇希が自分達を救うと妄信し、勇希を一人の人間というよりも、神聖な、得難い物の様に扱う。

要するに、彼らにとって勇希は“勇者”なのだ。

自分達と同じ存在では無く、神様、とでも称すればいいのか。

勇希は自分の思考を思わず嘲笑いたくなったが、それがあながち間違っていない所が哀しい所だ。


「申し訳ありません。勇希様を家に還す事は、我々の心情としても、物理的にも、我々には不可能なのです」

「はぁ?まさか、こっちに呼ぶ方法はあっても、帰す方法は無い、とか言わないよな?」

「いいえ、ございます。…ですが、勇希様をお呼びしたのは、わたくしでは無く我々の世界の神がおよびしたのです」


どんどんきな臭い話になっていく。

後付け後付けで、どんどん話を付け足していっているんじゃないだろうか。

今の所物語の破綻は見られていないが、黒羽の話が本当だとも信じ難い。

その話が全て嘘だ、とも断言出来ないが、少なくとも多少は嘘、脚色があり、自分に話していないこともあるのだろう。

それが、勇希には気にいらない。

無理やり呼び出しておいて、肝心なことは語らない。


「あぁ、もういいよ」

「…え、勇希様?」

「黒羽の事情とか、世界の神とかいう話は聞く気ないんだよ。俺はただ、帰り方を知りたいだけだ。…黒羽じゃあ、それを教えてはくれないんだろ?」


黒羽は初めと同じ様に俯いて、唇を噛んだ。

多少意地が悪い気もしたが、グダグダと電波な話をされても勇希には何も出来ない。

こんなことになっている時点で、既に黒羽の話が電波では無かったとしても、だ。


「そう、ですか。そうですね。今こんなことを言われても、勇希様がお困りになるだけですもの。わたくしの配慮が至らなかったせいです、申し訳ありません」

「………」


俯いて体を震えている黒羽は小動物の様で、人に庇護欲を抱かせる物なのかもしれない。

しかしながら、勇希は小動物という物がどうにも苦手だった。あの、可愛い!と言われる事を前提にしているかの様な容姿が気に食わない。

まあそれでも何か言葉をかけるべきかと、勇希はボンヤリと黒羽の真っ黒な旋毛を見つめた。


「姫様」


勇希にこの状況を打破するいい言葉が浮かぶ前に、第三者によってそれは叶った。

周りを取り囲んでいる生徒達の輪から、一人の少女が小走りに黒羽に近づく。


「姫様、大変です!」

「どうしたのですか?」


少女は焦った様に黒羽の元に駆けつけた。

小さく勇希に対して会釈をした後で、黒羽に対して囁く。

勇希に話の内容は聞こえないが、少女が興奮しているのに対して、黒羽の表情は変わらなかった。


「…そう、ですか」


黒羽は少女の話を聞きながら、神妙に頷いた。

小さく息を吐く。

少女の話など、聞くまでも無く理解している。それよりも、考えは別の所に向かっていた。

勇希にとって、少女の乱入は有難いことだったが、黒羽にとってもそれは同じだった。

黒羽が姫様である以上、本心がどうであれ、平身低頭、勇者を持ちあげなければならない。

正直に言うと、今回の勇者はそれがやりにくいことこの上無いのだが、何度も練習してきた成果か、一応は上手くいっているはずだ。


「…姫様、どうかお早く!」


少女の悲痛な叫びで、黒羽は漸く話が終わった事を認識した。

認識して、一拍遅れてから表情を帰る。

黒羽は口元に手を当てると、サッと顔を真っ青にした。


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