学校
何の目印等も無いままに、ただ勇希の直感というか、真っ直ぐに進んでいるつもり、という状態で進んだのだが、それでも森から抜け出す事は出来た。
森から出ると、そこは確かに学校の敷地内、といった雰囲気の場所だ。
…ただ、広さは異常な程の大きさだが。
この森は普通でいえば学校の裏の森、といった立ち位置なのだろう。
裏側から見る学校らしき物体に、勇希は渇いた笑みを浮かべた。
とにかくデカイ。感じたのはそれだけだ。
色は奇抜だったが、形としては、よくある学校だ。
基本の色は黒、所々ドットの様に白色が点在している。
色はとても学校に相応しくなく、大きさが異常だが、形は普通だ。
長方形で長細い建物。
勇希は一度右を向いてから、左を向き、再度右を向いた。
目前に横断歩道がある訳でも無かったが、とにかく何度か丁寧に確認しないと気がすまなかったのだ。
……果てが見えない。
学校と思われる建物の端は、勇希には確認出来なかった。
一直線に伸びているだけのシンプルな構造のだが、右端も、左端も見る事が出来ない。
ぼんやりと、それっぽい終わりがある様な気がするのだが、単純に気がするだけで、実際はまだ続いているのかもしれない。
右でも左でもいいが、とにかくそこまで歩くほどの体力が無いので、考えても分からないことだが。
勇希の立っている場所から校舎まで行くだけでも一苦労だ。
小さく溜息を吐くと、仕方無く校舎に向かう。
何で自分がこんなことをしなければならないんだ、等と恨みごとを思わないでもない。何もかもあの少女が悪いのだ。
ふとそういえば少女の名前を聞いて無かった事に気付く。
少し慌ててみたが、あの口ぶりからして恐らく後で会う事になるのだろう。
それならば、今聞かなくてもいい話かと、勇希は辿りついた校舎の裏口の扉に手を掛けた。
ちらりと、鍵がかかっているかもしれないなと思ったが、鍵はかかっていなかった。
あっさりと、ガラス張りの扉は内側に開く。
裏口だからだろう、よくある下駄箱では無く、簀が置かれていた。
裏口もかなりの広さだったので、簀がズラーッと並んでいるという、かなり新鮮な映像だ。
そこで靴を脱いで適当に揃えると、辺りを見渡す。
中履き等と言う物は持っていないので、当然靴下で歩く。廊下の感触が冷たい。
だだっ広い廊下が左右に続いている。
人の気配は全くしなかった。
正面はコルクボードで、そこに様々な紙が張り付けられている。
よく見てみると、部活の勧誘やら、年間計画やらが、無秩序に張られていた。
その乱雑な中にこの学校の見取り図らしきものを見つけて、勇希は迷うことなくその貼り紙を破り取った。
授業参観のお知らせ、と書かれているそれの右下に、申し訳程度に地図が載っている。
それでちゃんとした位置関係を把握することなどは不可能だろうが、今の勇希にとっては何よりもありがたいものだった。
学校の形は、正方形の枠組みの形をしている。そして中心部には4つの建物が収まっていた。
なんとも不思議な形の学校である。
4つの建物はどうやら全て寮になっているらしいが、そんなことはどうでもいい。
重要なのはとりあえず体育館の場所だ。今の勇希に必要なのはそれしかない。
しかし残念ながら、その地図には体育館の場所は乗っていなかった。
他の紙も見てみるが、学校の地図が載っているのはこれしかなかった。
別にこの紙が悪い訳ではないのだが、思わず敵視してしまう。
これに体育館の場所が書かれていれば、今こんなに悩む必要も無いのだ。
まあ、悩んでいても仕方がない。
勇希は建物の前でやった様に、中でも右左右、と廊下の先を覗いた。
どちらにも変わらない景色がずっと続いていた。
何も変わらないと、右に行っても左に行っても同じだろう。
勇希は手に持った紙の地図をもう一度見た。
一見すると、体育館らしきものが存在出来る空間は無い。校舎が囲む中に無いとすると、側面にあるか、内部にあるか。
細長い形の校舎内にあるとは思えないから、側面か。
正方形の校舎には、それぞれの面に4つ出入り口がある。
勇希がいる所が裏口、対面が正門で、側面の2つは下駄箱として活用されている様だ。
体育館は裏門には無かった。あるとしたら、側面のどちらかだろう。正門側にあるとは考えにくい。
1/2だ。
勇希はよし、と小さく頷くと、右を向いて歩きだした。
右を選んだ事に、特に意味は無い。ただの勘だ。
そういえば、人間はこういう場合左を選びやすいと、そんな話を漫画で見た事を思い出しただけ。
廊下を進んでいくと、左に教室が並んでいる。
プレート等がかかっていないため、何の教室なのか分からない。
扉についている窓から覗いてみるのだが、中は普通の教室だ。
何年何組、という目印が無いと、こんなに広い学校だ。確実に迷子になりそうだが、それはいいのだろうか。
授業参観のオマケのちゃちな地図では、どこが何組、等という詳細なことは載っていない。体育館の場所すら載っていないのだから、そこまでこの地図に期待しても無駄だろう。
どこかに人がいないかと、注意深く気配を探るが、人の姿はやはり見えない。
勇希は、足を進めながら溜息を吐いた。
端は見えるには見えているが、そこまでの道のりが異様に遠い。
既にそこまで行く気力は無い。
体育館がその端にある、と確実に分かっているのであれば、まだやる気も出るが、間違っている可能性はフィフティーフィフティー。やる気など出るはずが無い。
誰か人がいないかと、一つ一つ教室内を見て回るのだが、代わり映えのしない教室が続いているだけだ。
十数個程の教室を横目に通り過ぎた所で、勇希は自分が進んでいるのか、同じ場所を何度も辿っているのか分からなくなっていた。
紙をグシャリと握り締める。
何処までも続く廊下。何処までも同じ教室。
確かに自分は進んでいるはずだ、という実感はあるのだが、自分の感覚すら怪しい。
間違っているのは、可笑しいのは自分の方なのか、この学校の方なのか。
何処を見ても、変わらない景色なのだ。
このまま進んでいていいのか、という疑問が生まれても当然だろう。
後ろを振り向いて玄関を探してみるが、既に玄関から遠い場所まで来てしまったのか、影も形も見えない。
同じ様な廊下がずっと続いているだけだ。
勇希は一度立ち止まると、何度も覗いた教室内を、再度じっくりと眺める。
変哲の無い黒板、机、窓。
そこに特徴等というものが在りはしない。
高校であれば、落書き…は流石に子供っぽいかもしれないが、自然とついてしまう机の傷、何よりも生徒の鞄があってもいいと思うのだが。
少なくとも、勇希の教室は、人が一切いない放課後でも、教室の区別が付かないという事は無かった。
何かしら、教室ごとに展示物などがあるものだ。
後ろのロッカーに荷物が入っていることも無く、黒板はチョークの跡も無く新品の様にキレイなまま。
ここまで何も無いのでは、若しかしたらこの教室は使われていないのかもしれない。
若しくは本当に、進まずに止まっているか。
勇希はじっくりと見て教室の様子を頭に入れると、次の教室から数を数え始めた。
1、2、3…。
教室を通り過ぎる度に数を増やす。
数えながらも先程までと同じ様に内部の様子は確認する。
当たり前だが、さっきまで何も無かった所に、突然変化が訪れる事も無く。
変わり映えのしない教室内の数を順調に増やすだけだ。
9、10。
数え初めて、変化の無い教室が丁度10になった所で、勇希は教室の前の入口を躊躇いもせずに勢いよく開けた。