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神様の学校  作者: 村井
4月
3/5

魔王サマ


勇希は、ゆっくりと目を開けた。

内側から力強く叩かれている様に、頭が痛い。

原因が分からずに、辺りを見回す。


「…ここ、何処だ…?」


全く記憶にない場所。

やはり、元いた住宅街では無かった。

森の中だった。木々が生い茂る、深い森の中。葉陰が地面に暗い影を落とし、その森は薄暗かった。

しかし、不気味な印象は全く受けない。どちらかというと、神秘的な雰囲気だ。

勇希は今まで感じた事の無い清々しい程の空気に、思わず大きく息を吸い込んだ。

直後に、心の中で思わず(何和んでんだ、俺…)とツッコミを入れる。

勇希は、何となく先程までの行動を誤魔化す様に咳払いをすると、辺りを見渡した。

深い森の中。一面が木で覆われていて、それ以外の物を見る事は出来なかった。

思わず冷や汗をかく。

振り返って令の姿を探すが、当たり前に姿は見えない。

勘弁してくれと、膝を折りたくなる気持ちを必死で奮い立たせる。

令が一体何を考えて自分をここに連れてきたのかが分からなかった。

分からないが、そんな事よりも連れてきたのであればちゃんと責任を持ってくれ、と切に願う。

令が自分に何をさせるつもりなのかが全く分からない。

この服もそうだと、勇希は自分の体を見下ろした。

紺色のジャケットで金色のボタンが3つ。無駄に意匠が凝っているエンブレム。

着た覚えも無ければ、見た覚えも無いブレザーの制服。

それを、きっちり着こなしていた。普段の格好よりも学生としては整っている。

ワイシャツのボタンを上まで留めて、ネクタイをきつく締めて。勇希がこんな格好をしていたのは、せいぜい1年生の4月一杯までだろう。

今は1年の3月なので、大体1年前の話だ。

あの頃はまだ初々しかったなあと、少し思い出にひたる。


「いや、だから、今はそんな事考えてる場合じゃないだろ」


思わず自分の行動に突っ込んでから、勇希は思わず真っ赤になった。

自分一人で独り言を言っているなんて、かなり痛い奴じゃないか。


「うっわぁ、え?え?ちょ、独り言とか寂しい奴なんだね」


後ろから突然聞こえた少女の含み笑いに、勇希は勢いよく振り返った。

勇希との距離は少し離れている。

口調は辛辣であったが、喜色満面、表情には喜びだとかが滲み出ている。


「アハッ。ねぇねぇ、何考えてたの?」

「え、や、あぁ…。俺の入学式の頃の事を思い出してたんだ」


別に考えていた事は普通の事なので、特に躊躇なく答える。

少女に見られていた、という事は穴があったら入りたい位に恥ずかしいのだが。


「ふぅん。キミの入学式の話、ねぇ」


少女は少し口角を上げた。

何かを含んでいる様な喋り方だ。

勇希は少女の姿をジッと見つめる。

少女の姿は、つい最近、勇希の感覚で行くと5分程前に見た天使姿に良く似ていた。

少女の表情は色鮮やかで、令と印象は正反対だが、顔立ちは正に瓜二つだった。

令がもう少し年を取ったなら、きっとこの少女の様な容姿になるのだろう。

少女の見かけは15、6歳程度なので、姉妹なのかもしれないと、勇希は単純に考えた。

そして、背中を改めてみてホッとする。

またこの少女が天使だったらどうしようと思っていたのだ。

彼女がまた天使だったとしたら、勇希の身に余る。これ以上異質に触れたくはない。

今現在の状況が既に逃れられない程異常であったとしても、その事には目を瞑っておく。

考え始めたらどんどん落ち込んで戻れなくなってしまう。


「ハジメマシテ。魔王サマだよ、どうぞよろしく」

「………は?」


勇希は普通の子だ、と思っていた先程までの自分の考えを、多少変更した。

変人だ、確実に。独り言なんて可愛らしいものじゃないか。この少女の方が変人度は高い。

勇希は笑う少女に合わせてわざとらしい苦笑いを零すと、「へ、へぇ…、じゃあ、俺はこれで」敵前逃亡に入った。


「ちょっと待ってよ。大丈夫、ボク変人じゃないよ」

「自分である程度変人だという自覚があるらしい人間を、信じる事が出来る訳が無いだろ」

「それもそうかもね。まぁでも、キミがこれから行く所がある、って言うんだったら、別にボクも止めないけど?」


少女は令の紫色の瞳とは違い、紅色の瞳を細めた。

行く場所など、勇希にあるはずが無いのだ。

ここが何処か、帰れる場所かどうかすらも分からないのだから。


「…そうだな。行く場所はあるが、帰り方が分からない。アンタが帰り方を知ってるっていうんだったら、さっさとそれを教えて欲しいんだが」

「うん、帰り方は知ってるよ。それを教える事もかーんたん」

「じゃあさっさと教えてくれ。俺は、こんな場所に用は無いんだ」

「教えられないよ」

「は?」

「教えられない。だって、教えたらキミ、帰っちゃうでしょ?」

「そりゃあ、な。帰りたいから、帰り道を探している訳だし」

「じゃ、教えられない。令が言わなかった?キミにやって欲しい事がある、って」


勇希は、令との会話を少し思い出しみた。

令と、身のある話をした覚えが無い。

勇希が尋ねなければ、何も答えてはくれないのだ。

使者だと言うのであれば、神様ももっと対人関係が上手な人、いや、天使を送ればいいと思う。


「あれ?令、言って無かった?」

「いや、多分言ってた…と思う。言われたのはそれだけで、何がなんだか分からない内にここに飛ばされたけどな」

「うん、ボクが令に何も言わないで、って頼んだんだよ」

「はぁ!?」


少女の爆弾発言に、思わず勇希は大声を上げて少女に食って掛かった。


「は?なんで?俺、アンタのせいでこんな事になってるの?」

「うーん…。ボクのせい、って言えばボクのせい、なのかな?いや、多少は違うけど」

「今直ぐ俺を家に帰せ」

「ちょっと待っててば!せっかちだな…。ちゃんと後で、ボクが説明してあげるって」

「……後で、なんだな」


勇希は半分げっそりした気分で、少女を睨んだ。

勇希がこんな目にあっているというのに、一切責任を取らないというのは、一体どうなんだろうか。


「うん、今だとちょっぴり都合が悪いんだよ。ほら、相応しい場所と時間、って奴があるじゃない?TPOを弁えないとね」

「魔王とやらでもそんな事を気にするのか」


勇希は皮肉のつもりだったのだが、少女は瞬きをすると、小さく笑った。


「魔王って言ったって、ボクはキミが考えてる様な悪の権化で、世界征服を企んでて、姫君を奪ったりする様な魔王サマじゃないよ。だって、そんな設定古臭いでしょ?ボク、本当は魔王、って名前も変えたいんだけどさぁ。皆がとりあえずそこだけは死守した方がいいって。まあ、相手が勇者って名目なんだもんね。勇者の敵は魔王であるべきでしょ?」

「は、はぁ?」


かなり引き気味で、勇希は少女と距離を取った。

やはり彼女は変人だ。

少女の中では、勇希には良く分からないストーリーが展開されているらしい。

説明を先延ばしにしようとするのは、本当は勇希がここにいる事に何の関係も無くて、説明が出来ないからじゃないか、という疑念が勇希の頭に浮かんでくる。

例え少女が本当に魔王だったとしたら、設定だとか何だかとかいう単語を発してはいけないと思うのだ。魔王という立場的に。

一歩どころか2歩、3歩とどんどん少女との距離を開く勇希に気が付いた少女は、勇希が距離を広げた分近づいた。


「ちょっと!逃げないでってば!ボク、変人じゃないって言ってるじゃん!」

「へ、変人だなんて思って無いぞ。ただ、そう…。夢見がち、な?ちょっと頭がお花畑な?…そう!頭の可笑しい子だと思ってるだけだから」


初めは少女をフォローするつもりだったはずが、最終的に変人よりも酷い言葉を吐いている。


「うっわ、酷いなー」

「あ、いや、そうじゃないか…。イカレた…。妄想と現実の区別が出来てない…。あぁ、ゲーム脳?」

「なんかキミがボクの事どう思ってるか、分かった気がするよ」


少女は不貞腐れた様に唇を尖らせると、勇希を上目づかいで見上げた。

自分の容姿を意識して、可愛らしくみせる為の行動だろう。

ゆっくりと右足を小さく一歩前に出した後で、左足をそれに合わせる。


「令の事は信じたのに、ボクの事は信じてくれないの?」


瞳を少し潤ませると、少女は首を傾げた。

令の時は、まだ小さな女の子にそういった類の感情を抱いていたら、勇希は確実にロリコン、という事になっただろうが、この少女の年齢は勇希と殆ど変わらない様に見える。

勇希が思わずクラリ、と傾いても仕方の無い事ではあるのだ。


「令を信じた訳じゃないさ。ただ、あんな小さな女の子の言う事を無碍に出来なかっただけで」

「えー、そうかな?キミ、結構令に振りまわされてたみたいだったけど?」


敢えて少女を見ない様にと視線を逸らした勇希の視線の先にわざわざ回ると、少女は真ん前まで距離を詰めた。

その近すぎる距離感に、勇希は思わず仰け反ると、「な、わ…」と、訳の分からない言葉を発する。


「アハハッ。かっわいー」

「か、かわいいってなんだ、かわいいって…」


勇希はぶつぶつと小さく誰に言うでもなく呟くと、少女から離れた。

こういう所が、そう言われる理由なのだが。


「からかいがいがあるなぁ、ってことだよ」

「ハァ!?」

「だって、顔赤いよぉ?」


クスクスと笑いながら少女が勇希の頬を指差した。

確かに、その頬は赤くなっていた。

勇希の肌は白い方では無く、どちらかというと褐色に近いのだが、それでも赤くなっている事が目立っている。


「……ッ!」


勇希は赤くなっている頬を隠す様に片手で顔を覆うと、今度は少女から離れるだけでなく、指先から逃れる為に後ろを向いた。


「ク…ッ。だから、そういう所が可愛いんだって…」


後ろから聞こえる少女の声に、聞こえない聞こえてない、と耳を塞ぐ。


「もー、拗ねないでよ」


ニヤニヤと笑いながら、少女はわざわざ勇希の周りを回った。

多少距離を保って正面に回ると、両手を組んで胸の前に持っていくと、首を傾げた。


「ね、許して?」


可愛子ぶっているだけだということは、勇希にも分かっている。

けれど、この少女が実際にとても可愛らしいのだ。

様になっているのだ。

勇希が今までに拝んだ事が無い位の美少女なのだ。

仕方が無いじゃないかと、逆ギレ染みた事を胸中で思う。

赤くなるな、赤くなるな、むしろ姿を見るな、と勇希は自分に念じると、少女から視線を逸らして「…別に」と小さく呟いた。

また面倒なことになりそうなので口には出さなかったが、やはり少女は可愛いなぁ、と勇希を生温かい目で見つめた。

少女が可愛らしい自分の演技を解くと、勇希は漸く少女の方を向いた。

ここでまた、勇希をからかう為に、今度は自分の谷間でも強調して迫ってやろうかという考えが少女の頭に浮かんだが、流石にそれは却下する。

そういう行為はお胸の大きなお姉さんがやるものである。ちなみに少女の胸は控えめな方だ。小さくは無いが、決して大きくも無い。

寄せ集めれば頑張って谷間が出来る程度であり、誰かを誘惑する為には使えそうも無かった。

それに、少女に時間という時間は残されていない。

本当であれば、ここで勇者、勇希との対話の時間は短く、少女を神秘的に見せて終える予定だったのだが…。

予定という物は所詮予定でしか無く、得てして崩れるものだ。

少女は自分に都合のいい定説を立てると、わざとらしくポケットから今の時代には珍しい懐中時計を取り出した。

銀色のそれは、狼と兎の紋様が刻まれていて、中の文字盤は現在の時刻を告げている。

その懐中時計によれば、今は8時ジャスト。

勇希にはその時間は見えなかったが、少女は時計を見ると、わざとらしく目を見開いた。


「わぁ、もうこんな時間だ。ボク、もう行かなくちゃ」


先程までの滑らかな口調とは全く違う、棒読み口調。

少女は楽しげに、口角を上げた。


「えへへっ。キミも、遅れない様にね」


言うが早いか、少女は勇希の横をするりと通り抜けようとした。


「ちょ、ちょっと待て!」


それを、勇希が少女の腕を掴んで制止する。

腕を掴まれた瞬間、少女は身を固くした。勢いよく勇希の手を振り払う。

余りの剣幕に、された勇希の方が唖然としてしまった。

少女は暫く無表情で自分の、掴まれた腕を見た後で、ゆっくりと勇希を見た。

先程までよく表情の変わる少女だっただけに、勇希は戸惑った。

持って行く場を失くした手を、困った様に適当に動かして、少女の様子を窺う。

無表情だと、令と同じ、まるで人形の様になるのだ。

少女はゆっくりと自分を取り戻すと、瞳を輝かせた。

先程よりも5割増で笑顔が煌めいている。

作った様な笑顔ではなく、本当に喜んでいる様だ。

一体何がそんなに嬉しいのか、勇希にはよく分からなかったが。


「アハハッ。そっか、そうだよね。キミは勇者なんだもんね。アハハッ」

「………。いや、勇者って何だ、勇者って」

「キミのことー。勇者はねぇ、魔王を倒すんだよ、知ってる?」


勿論、勇希だってそんな事は知っている。

先程、魔王は勇者の敵だとか、そんな事を言っていたのは少女だ。


「俺が勇者、って…。じゃあ何か?俺はお前を倒す訳か?」


先程と同じ様に、また少女の妄想か何かだろうと、勇希が茶化して笑うと、少女はギリギリまで顔を寄せて、小さく微笑む。

先程と同じシチュエーション。

けれど勇希は、今度は赤くなったりしなかった。そんな事はせずに、ただ少女の瞳だけを見る。


「そうだよ。あぁ、ネェ。早くボクを倒してね、勇者サマ」


陶然として艶やかなその表情に、勇希は瞬間、魅せられた。

言葉の意味を良く理解出来ずに、ただ少女の瞳だけに集中する。

少女は依然としてただにこやかに笑い、瞳を輝かせたままで、体を離した。


「入学式が始まるよ、だから、もう行かなくちゃ」


勇希の視線は、少女から離れない。離す事が出来ない。

けれどもそれだけだった。

立ち上がる事も、口をきく事も出来ない。

それは、少女に魅せられた、というよりも、呪縛の様だった。

少女は森の奥に歩いて行った。

そちらが森の終わりであるのか、より深い方なのか、勇希には分からなかった。

入学式、という単語も、勇希の頭を素通りする。

少女が立ち去って暫くしてから、勇希は漸く思考を再開した。

入学式、更に自分の制服から、やはりここは学校なのだろう。

学校の敷地内に、ここまで深い森があるとは勇希の常識では考えられないが。

まあ、何にしても。

現在の勇希は迷子であり、右も左も分からない状態なのだ。

自分が連れてきたとか訳の分からないことを言って、この状態で置いて行った少女はどうかと思うが、自分の身は自分で何とかしなければならない。

そんな事は、勇希にも理解していた。

少女が立ち去った先を見る。

そちらの方で森が終わっているという保障は何も無い。

しかし、それしか当てに出来るものはないのだ。

勇希は、一歩一歩踏みしめながら、少女の立ち去った方へと歩き出した。


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