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神様の学校  作者: 村井
3月
2/5

プロローグ2


「いや、アンタ…」

「令」

「は?」

「杉崎 令。令って呼んで、お揃いだから」

「杉崎 令…。それ、名前か?」

「うん」

「…アンタ、日本人じゃないよな?」

「違う」

「やけに日本風の名前だな」

「そうだね」

「………」


脱力を通り越してフラフラしてきた勇希は地面に倒れる様に座り込んだ。

地面はコンクリートだが、そんな事はどうでもいい。

大きく息を吐くと、下から少女、令を見上げる。


「そうだな、そういえば、自己紹介がまだだった。俺は…」

「知ってる」


自己紹介がまだだったと、勇希は自分も名乗ろうとしたのだが。

名前を言う直前で止められて、勇希は既にゆ、の形を作っていた口を噤んだ。


「…そうか」

「うん、君に会いに来た」


勇希は、思わず眉根を寄せた。

勇希には、天使の知り合いなんていうものはいない。

……いや、本当は。

天使と関わりならあるのだ。

関わりというには小さな、小さなものが。

けれど、その小さな可能性を、勇希は敢えて否定した。

それを認めるということは、自分の間違いを認めることになるからだ。

勇希は本来、自分の誤りを自分で肯定し、改める事が出来る柔軟性を持っている。

だが、その件に関しては、勇希は自分の間違いを認める気は一切無かった。

勇希は地面から立ち上がると、逸らす事無く令を見つめた。

そのまま、続きを待つ。

しかし、続きはいつまでも始まらない。

令もただ、逸らさずに勇希の目を見つめるだけだ。

見つめあっている、というと何だか熱を帯びていそうだが、双方の間にそんな熱は一切ない。むしろ絶対零度だ。

どうやら、今回も強制放置プレイをさせられるらしい。

本当ならば、勇希はそっちがその気ならば自分から何も聞いてやるか、というスタンスだったはずなのだが。

沈黙に耐える事はそんなに苦ではない。

それよりも、何もないまま無為に時間が過ぎていく事の方が苦痛だった。

時間は有限なのだ。

勇希にはやりたい事もやらねばならぬ事もある。

それを、こんな無表情で無口すぎる、明らかにコミュニケーション能力が欠落している少女の為に、自分の時間を使用していいのか。

いや、いいはずが無い。

それに、令の外見は5、6歳程度に見える。

こういう場合、年上の勇希が意地を張るべきではない。

勇希は大きく深呼吸をすると、令を見下ろした。

令が上にいたり、自分が下にいたりしたため、自分の方が令を見上げるのが自然の様な気がしていたが、考えてみれば、普通、勇希は令を見下ろす立場にいるはずだ。

令は首を上げて勇希の目線に合わせている。

先程まで自分もやっていたから分かるのだが、その体勢は以外とキツイ。

勇希は屈むことで自分の高さを令の身長と同程度にした。


「何で、俺に会いに来たんだ?」

「………君が選ばれたから」

「誰に?」

「神様」


思わず絶句する。

確かに、天使から連想するものとして、これ以上相応しい物は無い、が。

いや、令は天使に似た物で、天使では無いのだったか。

勇希はどうでもいいことを思い出すと、ゆっくりと首を横に振った。

神様、神様、か。

神は死んだ。我々が殺したのだ。

勇希は何処かの哲学者の言葉を思い出した。

思想として、神は確かに存在するのだろう。

最も、全知全能、万能、そんな存在が現実的に存在するとは思えないのだが。


「神様、か。令は、神様が現実にいると思っているのか?」

「いる」

「いや、あのな、神って奴は、現実にはいないんだよ。いるとしても、俺らには見る事も出来ないんだから、いないって事と同じだ。令が神の存在を信じるのは…、まあ、いいが、後でいないって知った時に辛いぞ」


小さく俯く令に、再度多少の罪悪感を覚えるが、それを封じ込める。

先程も、令のその健気な様子でからかわれたのだ。

小さな子供に、そう何度も軽く見られたのではたまらない。


「…神様はいるよ」

「だから、」

「現実を見るべきなのは、勇希の方」


力強い目で名を呼ばれて、勇希はドクリ、と心臓が跳ねるのを感じた。

令は、勇希を睨むように見つめたまま、右手をそっと自分の胸にあてた。

そしてわざとらしく、先程まで一切動かしていなかった翼を大きくはためかせると、勇希の目の高さまで上昇した。


「偽物?」

「………」


勇希は答えなかった。

いや、答えることが出来なかった。

勇希には、令のこの翼、浮いている訳、そういった理由が何も分からない。

彼女は非日常であり、オカルトだ。

そして令は、天使(に似た物)は現に勇希の目の前にいる。

天使(に似た物)の存在を今まで一切信じていなかったし、これからも盲目的に信じようとは思わない。

しかし、令の存在が嘘である、と論破出来ない以上、神の存在を勇希は完全に否定する事が出来なかった。


「分かった、いいだろう。今の所は、神様って奴の存在を認めておいてやる」

「良かった」


勇希は降参、というように芝居がかった動作で両手を顔の横に上げた。

多少ふざけた様子を見せておかないと、忸怩たる思いで一杯なのだ。


「神様に言われた。勇希、連れて来いって」

「わざわざ俺を呼ぶなんて、変わった神様なんだな」

「そうだね、とても変わってる」

「…ふぅん。天使が神様を否定する様な事言っていいのか?いや、令は天使ではないんだっけか」

「うん、天使じゃない。女神…ぽいもの?」


自分の事だというのに、首を傾げて勇希を窺う令に、勇希は溜息を吐いた。


「俺に聞いても分からねえよ」

「女神。多分」


今度は尋ねるのではなく、小さく頷いて断言したが、やはり最後に消極的な言葉が続く。


「多分、か。自分でも分かって無いのか?自分の存在って奴を」

「そう。……今の、臭いね」

「………お前、は!」


自分でも言った直後に、かなり恥ずかしい言葉を吐いてしまった自覚はあった。

だからこそ、令が何も言わずにスルーしてくれる事を望んだのだが。

無口で無表情で他人とのコミュニケーションが出来ていないくせに、こういった他人の揚げ足をとる所でだけは、無口さ加減が多少緩むから、始末に負えない。


「分かってないよ、自分の存在価値」

「…価値、まで付けてないだろ」

「そうだっけ?似た様な物なんじゃない」


勇希は、楽しげにほんの少しだけ目元を緩ませている令を睨みつけた。

こけにされているだけ、というのは割に合わない。

瞬間、勇希の脳裏に令が自分に会いに来た、という目的を自分が受け入れなければいい、という考えが浮かんだが、余りに大人げないのでそれを実行はしないことにする。

勿論、今までの事とは無関係に、少女が自分に会いに来た理由によって、自分が何らかを選択することは出来るだろうと思うのだが、何かを聞く前から答えを決める事は愚かであるのだろう。


「そろそろ真面目な話をしよう。令は、どうして俺の所に来たんだ?俺が神様に選ばれたからだ、って所までしか話して無いよな?」

「そうだね。理由を話してもいいけど、きっとそれじゃフェアじゃないから。何も言わずに、一緒に来てくれると嬉しい」


勇希は、思いのほかあっさりとした神様からのお達しに、少し拍子抜けした気分だった。

ついていく位であれば、勇希に何のデメリットも無い。

ここは年上らしく、優しさを見せてやるかと、頷きかけたところで、小さな直感。

理由も何も知らずに、ついていっていいのだろうか。

…いや、まあ、例え勇希が断った所で、令が勇希を連れて行くことは簡単なのだが。

令が勇希を連れて空にでも飛べば、勇希は令にしがみつくことしか出来なくなってしまう。

結局、いくら考えたところで勇希に出来る事は殆ど無い。

後手に回らざるを得ない現実に、勇希は眉根を寄せた。

いくら思考して、策を練ってもどうにもならないことが気にくわない。

だから異能だとか、異質だとか、という事が嫌いなのだ。


「どうしたの?ダメ?」

「いや、ダメ、とかじゃないが…」

「じゃあ、何?」

「ついていくのは構わない。行く場所と、直ぐに帰れる所かを言ってもらえたら」

「教えられない」

「教えられない、なのか?教えない、では無く」

「そう。教えられない」


令は真剣な瞳で勇希を見つめた。

直後、勇希は驚愕に目を見開く。

勇希が今まで見た中で初めて、令の表情が変化していた。

困った様に眉根を寄せ、憂いを帯びた瞳で俯いている。

君の笑顔が見たい、等と何処かのナンパ男の様な事を思った訳では無かったが、やはり初めて見る表情が困った顔、というのは、少し残念だ。


「ごめん、ね。本当はもっと違う方法が良かったんだけど。あの子が厭きてきてるんだ。ちょっと、強硬手段」

「…なっ!?」


反射的に、勇希は令から逃げようと、体が動いていた。

何かがあった、という訳ではない。

逃げなければいけないと、勇希の本能が叫んでいた。

しかし、勇希が踵を返して走り出すより早く、令が動いていた。

一歩、前に足を出しただけで滑空して、距離を詰める。


「大丈夫、怖くないよ」


ソプラノのやけに優しい声で、令は囁いた。

まだ幼い少女だというのに、優しくなだめられている様な気分になる。

自分がわがままをしている様な。

令が小さな両の手で、勇希の瞳を覆う。

その拘束から逃れようとも思わなかった。

体が弛緩して動かない。

勇希は暗闇の中で、思考を続けた。

この場合、何処が行けなかったのか。

そんな事を考えた所で、勇希に出来る事は恐らく何も無かっただろう。

何をしたところで、せいぜい話を長引かせること位だ。

だから異能なんていうものは嫌いなんだと、体は動かない中、心の中で舌打ちをする。

ほぼいかさまともいえるずるを、まるで当然の権利であるかの様に行使するのだ。

別に勇希も、力があるのならば使えばいいとは思う。

それは、同じ土俵の上での話だが。

令の掌の感触が無くなり、段々と体の自由が効いてきている。

目を開けなくても明らかに先程までいた住宅街と違うと分かる、鼻につく緑の匂いに、勇希は今度こそ、しっかりと舌を打った。

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