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魔女に転生した、名も無き私の、たった一日の話。

掲載日:2026/05/06


見る物全てが眩い……




本当に、異世界転生なんてあったんだ。




私は目の前に広がる、地平線まで続きそうな広大な草原を見て、鼓動が高まった。





大きく息を吸う――


青々とした匂いをはらんだ、穏やかな風が体に満ち溢れる。


私の新しい体が、この世界は幸せな世界だと、感覚で教えてくる。




草花や木々は、陽の粒子に彩られ、輝きながら凪いでいる。


ずっとずっと……向こうまで。




ところどころに、信じられない程の大きさの生物が、のそのそと歩いている。






突然、強い風が舞った――




私のローブがはだけて、深紫の髪が鮮やかに発色しながら、ビューッと風と共に踊る。


その新しい髪色に囚われている内に、辺り一面が突然暗くなった。





私は上空を見上げた――




そこには、橙色の恐ろしく巨大な飛竜が、翼を広げている。


その竜の生命の躍動のみで生み出された風に、草原はただただ当然に揺れている。




きっと、私の最低限の生活ができるだけの、貧弱な木小屋は、あの竜の一踏みで潰れるんだろうなー……




うーむ……一吹きかもしれない。




私は振り返って、自分がさっき起きた、草原の丘に建つ木小屋を見る。




すごいボロい……




でも、嫌じゃ無い。


自由がそこにはある気がするからだ。


私は、人と言う生物で、日本と言う世界に住んでいた。


毎日生活するのがやっとで、休む間もなくずっと働いていた。


幸い恵まれていて、このボロ木屋よりかは、良い場所に住んでいたし、食料なども簡単に手に入っていたけれど、その普通を維持する為に、毎日心をすり減らしていた……




今、それらは一切無い。


それだけで十分だ。




もしかしたら、食料が尽きて死んでしまうかもしれないし、草原にいるようなモンスターにパクっと食べられて終わってしまうかもしれない……




それでも私は、この世界の美しい光景を見る度、心が凄く高まって、夢じゃないかと、なんども目を擦ってしまうのだ




私は今、すごく生きている気がする――







一旦、小屋に戻ろう――




ところどころ壁が壊れて、外から中が見えてしまう様なボロ小屋を間近で見ると、笑みが自然と出た。




中は凄く簡素だ。




中央に、古めかしい艶のあるテーブル。その上には、新鮮な果物が七つある。


一個食べてみた。みずみずしく、凄く甘くて美味しかった。


その横に、何故かシーツが綺麗なベッド。


私はここで目覚めた。前世とはまったく違う肉体で。


本棚と机。本棚は一冊の本以外、何も無い。その本はまだ読んではいない……


机は、少し作業が出来そうなしっかりした机。


そしてその引き出しには、金貨が三枚と、銀貨が二十枚。


変わった刻印がなされていた。この世界にも、文明があると私は理解した。




以上がこの小屋の大部分だ。


この部屋の奥にも、スペースはある。


もう一回、何があるか確認しよう。




私は木の扉を開け、奥のスペースに入る――




トイレがある。意外とかなり清潔で、ちゃんと使用できる。


これは、嬉しい。


お風呂は無い……これは女の子にはきつい。けど、大人一人入れるぐらいの、釜?みたいなのがある。


私は当然の様に、その釜に手をかざした。


何してるんだろ私?


あれ……


掌から水が出る……


そんな気がしてやってみたら、本当に出来た。


少し体力が消耗するけど、釜一杯ぐらいなら、出せそうだ。


嬉しい。






その釜の上には、鏡があった。


私は、じっと覗き込む。




くすんだローブを着た、二十歳程の女性。


髪は肩までで、深い紫色。とても鮮やな紫。


少し目にかかっている。


目は、ジトーとした感じだけど、大きい。


涼しい目と言う表現がしっくりくる。


マゼンダ色で虹彩が見える程に透き通っている。


鼻や口は小さくて、女の子っぽい。ここは前世と変わらない。


肌は、私には勿体無いと思ってしまうぐらい、綺麗な無垢白だ。


この姿が、本当に私だとはまだ実感が湧かない。






私は、もう一つの部屋に戻り、ベッドに腰掛けた。




一息つく。




「ふぅ……これから、どうしよっかなー……」




時計も無く、考える時間はいくらでもある。


食料が尽きるまでならだけど。


あと、果物が七つ……




私は、一つ手に取った。




天井をぼんやり眺めながら、皮も剥かずに、じゅるりと齧る。


本当に美味しい、これ。


今の私に大切なのは、この六個半の果物だ。


これさえ調達すれば、なんとかこの世界で生きて行けるかも……




選択肢は二つ。




一つは、草原を歩き回って、こんな感じの果物が成る木を探す。


でも、恐いモンスターに合うのはちょっと嫌だな。




もう一つ、机の中の金貨と銀貨を持って、ひたすら草原を歩いて街を探してみる。


やっぱりこっちが無難なんだろうけど、見た感じ四方八方草原で、街の気配が無かったのが難点だよね。





んーーー……




直感的に後者かな。




単純に、街を見つけた時のリターンの方が大きいから。


この世界で生きてくなら、避けられない道だし。


でも、やっと自由を手に入れたのに街へ行くのは少し気が引ける……






仕方ないか。




私はベッドから、ぐいっと起きる。


そのままスタスタと歩き、机の引き出しにあるコインを、洗いざらい薄汚れたローブに入れた。




私は、小屋から出ようと扉に手を掛けて固まる。


まだ住んで半日も経っていないこの小屋に、もう愛着が湧いていた。




振り返る。




じっと部屋を見て気持ちをなだめてから、テーブルの果物を二個ローブのポケットに詰め込んで、私は扉を開けた。







世界が開く……




相も変わらず、夢みたいに眩い世界が広がっている。


青の匂い。生暖かい風。陽の粒子。生命の鳴き声。


それらが、明らかにこれは現実だと、私に認識させてくる。




この世界で生きたい。




そんな、純粋無垢な私らしい願いが、込み上げてくる。




私は誰も居ないのに、ふふっと、笑った。


そして、小屋に向かって「ありがとう。行ってくるね」と言い、あても無く草原を歩き出した。







とにかく、進んでみよう――




私は、どんどんと歩きだす。


辺りの穏やかな景色を眺めながら。




どの方角を見ても草原なんだけれど、少し傾斜になっている方角があって、その先だけ、どうなっているのかわからない。


一応、そこを目指している。




多分、歩いて二時間はかかると思う。


前の世界と時間の流れが似ているのであれば、夕暮れには到達するだろう。


きっと、今日は野宿になるんだろうなー……と、なんの危機感も無い平凡な感情でやんわり考える。






すると――




視界の隅に、ウサギの様な生き物が現れて、こちらを見ている。


でもやっぱり違って、耳はエラみたいに何枚もあるし。よく見たら、翼膜を閉じているだけで羽だって生えている。




かわいいけど、なんか怖いな……


すっごい見てるもん。




私は無視して、歩を速める。


関わらずに、先を急いだ方が良さそうだ。




後ろから気配を感じつつも、そのままスタスタと歩き続ける。


ローブが少し暑くなってきた……


脱ぎたいけどこの下は、簡素な下着みたいで恥ずかしい。


誰も見て無いんだけど……


前の世界でも、誰にも見られてないのに、無駄に人の目気にしてたな、そういや……


懐かしい思い出達に執着は無く、なんだか逆に笑みが零れた。




もう、恐れる事なんかないじゃん。


私は、そう思って振り返る。




……




さっきの、ウサギに似た奴さんが六匹に増えて、飛びながらこっちに向かっている……




ぎょぴーーーっ!!!




怖いよ!


やっぱり、恐い!


あのウサギに似た奴さん達怖い!




私は勢いよく走り出した――




どうしよどうしよ。逃げ場なんて無いよ。


ゴールはまだまだ先だし、そこまで行っても何も無いかもしんないし。


まず、あそこまで走るなんて、運動音痴の私には無理だよ。




あっ、そうだ。


話せば分かるかも。


私は前の世界では、いっつも話し合いで解決してたんだから。




おっけぃ、やってみよう!




「あのー……いい天気ですね!?ご家族ですか?」


私は汗だくになりながら、訳の分からない言葉を大声で発する。




ウサギに似た奴さん達は、心無しかさらに加速した。




「ちょっと、一旦止まりませんか!?果物でも食べて話し合えば、誤解も解けると


思うんです!」


私はローブから果物を取り出し、彼等に振って見せた。




それを見たウサギに似た奴さん達は、さらにさらに加速する。




もはや、私がまた転生するのも時間の問題!!!






仕方ない――




私は果物をポンッと上空に放り投げた。


ばいばいっ、私の栄養。


ぐすんっ。


悔しさから、私はウサギに似た奴さん達に手をかざして、もう来ないで!とジェスチャーした。





その時だった――




私の掌から、ビーチパラソルみたいにカラフルで煌々とした、奇妙な炎がボゥッっと噴き出た。




あわや、ウサギに似た奴さん達に直撃寸前――




「きゃーっ!!!ごめんなさい!!!今のは間違いです!!!皆さんお怪我はありませんか!?」




浮遊しながら固まって動けなくなっている彼等に、私は慌てながら近寄った。




ウサギに似た奴さん達は、さっきまでの怖い目とは打って変わって、涙を溜めた、怯えた目をし、悲鳴みたいな声を上げた後、一目散に飛んで逃げて行った。




えーーー……




なんだか、思った和解の仕方では無かったけど、どっか行ってくれた……




と言うか、さっきの炎何?私、水と炎出せるんだ……魔女じゃないか……




水と炎出せたら、結構な事できるじゃん。




よっし。ありがとう!ウサギに似た奴さん達。あなた達の恐怖は無駄にはしないよ!




私は、放り投げた果物を拾い上げ、嬉しさが逃げぬよう唇を噛み締め、嬉々ともう一度歩き出す。






そこからは、とても順調だった――




鼻歌を歌いながら、駆け足で草原を駆けていく。


自分の物語がようやく始まったみたいで、すごく嬉しい。




その後も、私の背丈程ある褐色のゴブリンさんや、草原に何故かワニドラゴンさんや、四足歩行の河童さんなど、奇天烈なモンスターさん達と出会ったのだけれど、あの奇妙な炎を見せるだけで、みんな飛んで逃げて行ってくれた。




その度に私は、すごく満足気な笑顔をこぼしてしまい、ちょっと性格悪いかも?と思って反省した。


草原で噂をされていたらどうしようかな。へへ




そんなこんなで、小一時間歩き続けてたら、陽が大分傾いてきた。


足も血豆が出来て流石に痛いし、魔法も連発してそろそろ疲れてきた。


最高潮な気分は疲れに変わり、ゴール目前にして不安が滲んできた。




私の心とは正反対で、陽が傾く程にこの草原は、より美しくなる。


陰影のコントラストがより際立ち、大気の色も暖色気が付いて、昼とは別の世界に見える。


空を見上げると、既に星が出ていて、それらは、前の世界では見た事も無い程、大きい。


この感じで行くと、夜は想像できない無い程の、幻想的な世界かもしれない……




少しだけ気分が戻った。




頑張らなくっちゃ。


あそこまで、行くって自分で決めたんだし。


その結果、この先どうなっても悔いは無いよ。




今日一日、凄く感動した事ばっかだったし、嬉しい事も沢山あったから後悔は全く無い。


私は私でいられたんだから。




私はゴールを間近にしながらも、薄っすらそこには何も無いとも感じ取っていた。


それでも、進むと言う意思だけは、少しも消え入る事は無かった。




空は、夕焼けを通り越してトワイライトになる。


積乱雲の様な巨大な雲が、ビュービューと激しい大気に揺られて、空を流れている。


その合間に、散りばめられた星は、輝度高く空を彩っている。




幸せだ……私。




穏やかな気持ちに浸りながら、ちょっとした異変に気づく。




それにしても、やけにここは高い位置にあるな……丘かな?




きっと私はゴールの位置に、既にいるのだろう。


でも、今の位置からじゃ空しか見えない。




あの一番高い所まで登らなきゃ……




残り、三十メートル程。


私は、もうほとんど残っていない体力と使い切って、その場所を登った。




よっこらしょっと……




到着。




……




はぁ……




そこからの景色を観た時、私は貴重な食料を取り出し、おもむろに齧った。


それは、諦めたからでは無い。




何故ならそれは……




いくらでも手に入るかもしれないからだ――




私は、下を見降ろし、一言呟いた。




「……なんだ、まだ物語続くんじゃん」




私の瞳の先に広がるのは、超巨大な、いにしえの都市だった。


この崖のすぐ下に門がある。


ざーっと見るだけでも、あらゆる存在がいて、ちゃんとした文明がある事が如実に分かる。


前の世界とは、別な方向性で進んだ世界だ。




私が、かつて望んだような世界……




その街は、夢の様に美しいトワイライトの紫に照らされて、私に、ここで生きてみなよと言ってくれているようだった。



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