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幼馴染で彼氏だと思っていたのに裏切られ、クラスメイトに救われる~ずっと前からわたしに惹かれていたという同クラ御曹司~

作者: 本山ひろ
掲載日:2026/02/21

「ひっどっ! デートのドタキャンなんて信じらんない。あのバカ、最悪。何の用事なのよ!!」


わたし明日菜(あすな)はデートの二時間前に待ち合わせ場所に着いていた。

そしたらね高校の同級生の彼氏から、急用ができたから今日は行けないと連絡を受けたの。


まぁ幼馴染の佐柄(さがら)丈人(たけと)は顔も整っていて、運動神経抜群だから何処かの部の助っ人だろう。たぶんそう。きっとそう。


せっかく頑張って早起きして、丈人の好物のお弁当作って、丈人の好みの髪形のポニーテールにして、丈人の好みのミニスカートにニーハイにしたのに──

って、こういうのが想い重いのかな?

大切な人だから、引かれたくない。


「こんな時には現実とーひ」


急に休日の予定がなくなったので、本屋に寄って帰ることにした。

TL漫画買おう。小説の新刊も買っちゃお。

ふふふ、アタリハズレは時の運、表紙買いもいいなぁ。


──ドンッ!!


ふいに誰かに当たられて転んでしまう。当たり屋?


「イタタタ⋯⋯タ」


「ごめん、怪我はない? 大丈夫?」


艶やかな黒髪が爽やかに波打ち、長めの前髪から優しそうな瞳が覗く。頬と耳まで真っ赤だ。

あちゃあ、わたしの肘とか当たっちゃったのかな。


「いえ、こちらこそごめんなさい。わたしは大丈夫だよ」


「あれっ⁉ 阿蘇(あそ)明日菜(あすな)さん」


「ん、甲斐くん。フルネーム呼びはやめてよ。軽いトラウマがあるから。と言いつつも、教えないけどね」


「あの人の口癖だな」


「ひゃっ、バイク好きなの?」


「たまに乗ってるニンジャ」


「いいなぁ脚長で。まぁわたし、股下七十五もないから」


「いや片方つけばいいし、低いのもあるよ」


ぶつかったのはクラスメイトだった。あ、今も。

甲斐(かい)和真(かずま)くん。

黒のジャケット濃紺ニットにデニムの私服。

学校では頭いいし、心の奥まで見通されそうな眼差し。漆黒の闇色の瞳はクールで魔王っぽい。ハリケーン。

とまぁ中性的な顔立ちだから、一部界隈でモテている。

さりげなく彼は手を引き寄せ、わたしを立たせてくれた。


「偶然だね、やっぱり参考書とか買いに来たの?」


「まぁそう。阿蘇さんは?」


「うん。私も似たようなもんかな。あはは」


くっ、TL漫画も小説も買えないじゃんか。


「ありがとね。参考書選んでくれて助かったわ」


「全然。僕の方こそぶつかって、ごめん」


「もういいよ。あはは⋯⋯あで⋯⋯」


この世で見てはいけないものを見て、石像みたいに固まってしまう。

血の気も引いて背筋がゾッと寒くなった。


「あでってなに⁉ ん、佐柄くんと知らない女の人。あれっ、彼って確か阿蘇さんの幼馴染だよね?」


丈人が恋人と待ち合わせしていたみたいに、笑顔で手を振っていた。

現れたのは茶髪で派手な格好の女の人。

その後、赤い車に乗って何処かに走り去った。


「どうして丈人が、女の人と一緒に⋯⋯デートドタキャンして⋯⋯急用ってこれなの? 嘘⋯⋯ひどい! 馬鹿にしないでよ!!」


「阿蘇さん。ぶつかったお詫びに佐柄くんを追跡したげるよ。僕、今日は車だから、結果は明日にでも報告するよ」


「ううん待って。わたしもポルシェ乗せて、お願いっ!」


「分かった。一緒に行こう。希望のポルシェじゃないけど」


二人して本屋の駐車場に走った。

止まっていたのは運転手つきの白いレクサス。すごっ。

スポーティなの、お兄ちゃんがカタログ見ていた車だ。六百万円くらいするやつ。

高っ。

てもでも、わたしお兄ちゃんのワゴンR好きだよ。


曇天の闇空と黒いアスファルトが、先行き不安を煽ってくる。

しばらくして、爆音を響かせる危うい運転のテールランプの車が、車の波を抜けて行くのが見えた。


「いた。あの赤いマクラーレンだ。追ってくれ」


「はい坊ちゃま。阿蘇さま、私は加瀬(かせ)と申します」


紺色スーツに、カチッと髪形が決まった七三分けの加瀬さん。

自己紹介の前に、坊ちゃまってなんでしょう。漱石さんしか知らないんですけど。

さらに、マクラーレンっていくらすんのよ。

あぁエルヴィス教えて。

後部座席でもだえ苦しむわたし。


ルームミラーで目と目が合った、運転手の加瀬さん二十五歳が、坊ちゃまの説明をしてくれる。

パラレル通信じゃあなくて、アパレル関係か。

甲斐和真は株式会社ナージャの御曹司。

だからか、腕力ないけど財力あると言ってんのね。


「近づき過ぎだ。追跡してるのバレるなよ」


「はい。坊ちゃま」


なし崩し的に坊ちゃまに慣れたわ。その不思議な耳ざわり。

甲斐加瀬(かいかせ)。なんなら二人のラヴラヴを勝手に想像して、心安らかに眠った方がいい気がしてきた。

つかず離れずブロロロロン!

赤いマクラーレンはお尻を振り、減速して何処かに入りそうだった。


加瀬さんは左ウインカーを出して、道路の左側に車を寄せハザードを点滅させる。

ゆっくり丁寧な減速なのに、サスペンションの挙動は早い白いやつ。バネ硬め。


赤いやつはマフラーを擦りながら、高層マンションの駐車場で停まる。二人が車から降りてきた。丈人の手が女の腰に回り、さわさわお尻を触っているように見えた。


「何回かキスしてますね。ああ、マンションに入って行った」


視力のいい加瀬さんが状況説明をし、遠慮がちにわたしに頭を下げる。

なんだかすっごく気を遣わせてしまって、申し訳ない気持ちになったら急に寒気がしてきた。

丈人があんな浮気男なんて思わなかった。幼馴染どころか、わたしとは単なるお遊びなの?

悲しみの波は、心に押し寄せて涙が止まらなくなる。あんなに一緒にいたのに──


「他の人と⋯⋯キス⋯⋯や⋯⋯やだ⋯⋯やだよ⋯⋯」


「阿蘇さん? しっかり、しっかりして!」


ショックが重なり、ブラックアウトしてしまった。


──次に目が覚めた時、知らない天井が見えた。


「ここは、どこ? わたしは高二の美奈(ミナ)⋯⋯幼馴染の⋯⋯彼氏の⋯⋯(ショウ)に⋯⋯浮気されてた⋯⋯なんて⋯⋯⋯⋯」


「美奈と晶って誰だい。しっかりしろコインランドリーでもクリーニング店でもなく、ここは僕の家だよ。阿蘇さんが気絶したから急遽、帰ったんだ。阿蘇さん家にそのまま送れないから」


甲斐くんの言う通り、起きて窓の外を見ると塀も庭も建物も立派で大きい。ここは客間で、爽やかなイ草の香る畳の上に布団が敷いてあった。


「ううぅ、ありがとう。お礼に、これ食べて⋯⋯こんなのしかないけど⋯⋯⋯」


木目が美しい一枚板のテーブルに、三段弁当と普通の弁当を置く。


「手作り弁当なのに、いいの?」


「いらなかったら⋯⋯捨てて⋯⋯いいよ⋯⋯捨てて⋯⋯」


「二人分。全部、食べるよ」


さりげない優しさが嬉しかった。今日はショック過ぎてお腹が空かなくなっている。今のわたしでは、ステーキや五目揚げやさつま揚げ、ご飯や玉子焼きなどなど食べ切れなかった。


「ああ、結局、あの後どうなったんだっけ?」


「ひひまふか? ろろとまし」


「うん。聞かせて⋯⋯裏切り者のことを⋯⋯」


「ホワイトマンションに入った佐柄くんは、出てきてない」


「はぁ⁉ なか、なか、なか、ずっと、入ったまま?」


「ああ。今現在なかに入ったきり、出てきてない。見張りをつけているけど、つまり、そういうことだと思う」


「うううぅぅ⋯⋯甲斐くんのスケベ⋯⋯」


「言われると思ってたから、僕のダメージは少ないよ」


エッチな話に対応しつつも、どうやら天然っぽいところがあるらしく、無自覚な子供っぽいところも発見した。

そんなことでは気が晴れない⋯⋯


「⋯⋯二股⋯⋯」


「とりあえず幼馴染とはいえ距離を取った方がいい。どうする? 証拠を撮って慰謝料でも請求するかい?」


「うううぅぅ⋯⋯ううん⋯⋯いい⋯⋯ごめん、今日はありがとね⋯⋯わたし、いっぱい迷惑かけちゃった⋯⋯」


「気にしないで」


「あのね、丈人とは幼馴染で、いつしか付き合うようになってね。でも、小学生の感じから抜け出せてないというか、進展は全くないというか⋯⋯あれっ? これ、付き合ってなかったのかな?」


わたしは気まずくて目を逸らす。


「手も繋いでないし、それ以上なんてないし⋯⋯」


「そう、なんだ。純愛だったんだ」


「腐れ縁の幼馴染、だったんだなぁ⋯⋯やっぱり、胸やお尻が大きい方に惹かれるよね? わたしだめかな?」


「むっ、おっ⁉ 人によると思うけど、話してる時にも揺れるのとか素晴らしいと思うよ」


「男って、そういうもんなのね」


胸とお尻についての男子の好み気になるなる。

質問のせいで、甲斐くんの視線がマイおっぱいに集中していた。自意識過剰じゃなくても分かるわ。

けれども急な質問にも嫌がりもせず、照れたように困り顔するの。思わず好感が湧き上がてくる。

甲斐くんクールを装うお人好しなんだ。


「阿蘇さん。無闇にそんな質問とか相談をしちゃだめよだよ。特に男は勘違いする野獣と言える」


「分かってるよ。今だけだから。じぁ、甲斐くんは年上女性と同級生どっちが好き?」


気を紛らわすためとはいえ、ドキドキしながら、大胆な質問を口にしていた。


「僕は⋯⋯」


「あ、よく考えたら甲斐くん。TL漫画の女体化コーナーでぶつかったよね。え、まさかそういうことなんだ」


「えっ、違う、違う! 僕は⋯⋯」


「はわわ、そうね。誰にも言わないから安心してね」


ことさら平静を装いながら、甲斐くんは明らかに動揺していた。


「ごちそうさま。弁当美味しかったよ」


「供物浄化どうも。あ、あとね。お願いがあるの」


「やっぱり復讐するかい? ここまで僕も関わったからには協力するよ」


「うん。復讐というか、わたしの彼氏になってほしい」


「⋯⋯はい?」


「言い方間違えた、仮だよ」


「意味が分からない」


「分かんないかなぁ。TL漫画的なやつ」


「それより、家に送ろうか。もう遅い時間だからさ」


窓の外は夜の帳が下りていた。


「えっ、もう外、真っ暗。お父さんもお母さんも仕事中心だから、海外と県外なの。今お兄ちゃんも県外だし、実質ひとり暮らしなんだ」


「じゃあ、うち泊まってけば。ここ別棟なんだ誰も来ないよ」


「ちなみにぃ、ラノベの主人公の親がいないのとは違うからねっ。勉強のストレスもないわ、迫ってもだめ」


「どや顔して何の知識だ」


「だって、わたしに美少女の妹はいないから、狙うならお兄ちゃんだよ」


ニヤニヤ笑って肘で甲斐くんの脇腹をつっつくと、ヤレヤレと肩をすくめられた。


「阿蘇さん。無理して明るく振る舞わなくても」


「素⋯⋯を否定されるの⋯⋯ショック」


大きな屋敷の案内されたのは広い洋間だった。

木製のローテーブルが置かれソファーがある。敷居があって、大きなベッドルーム。キッチンもあって、右奥はお風呂にトイレだ。


「ちょっと、本宅に行ってくるからさ。自由に使ってていいよ。お風呂入れるようにしといたし、冷蔵庫の好きなの飲んで食べて素を回復するんだぞ」


「はい。素は余計だけど、本当にお気遣いありがとう⋯⋯です」


うわわぁ、すごいな、シャワールームの透明ガラス張り。

少し切なくなってキョロキョロ見渡した。外から丸見えだよお。ブラインドカーテン降ろさなきゃ。

恐る恐る上着とミニスカートを脱ぎ、セミロングの髪を束ねて薄紅色の下着とニーハイを脱いだ。


「あったかい。気持ちが少し楽になる」


大きな湯船には湯が張ってあり湯気が出ていた。

熱気に白い肌が桜色に染まってく。シャワーで今日のモヤモヤを洗い流す。水音が心地よかった。

堪えきれず大粒の涙がぽろぽろ漏れ出た。濡れた肩を自分で抱きしめ大声で泣いて泣いた。

泣き過ぎてぐったりして動作が遅い。

ヘッドの位置を変えタイルに向けた。それからお湯を一旦、止めようとした。レバーに触れ前に屈んだ瞬間、声を掛けられる。


「明日菜」


──誰?


「お風呂一緒に入りたかった?」


「きゃあああああ! 何で甲斐くんっまで全裸なのよ!」


振り向いて悲鳴を上げる。慌てて右手で胸を隠して左手で下腹部を隠した。

恥ずかしい。ヴィーナス誕生なんて柄じゃない。

甲斐くんは濡れた指先で髪をかき上げ、


「もう彼氏彼女だろ」


「だから、仮だよ! そ、それに何で大っきいの変態っつ!」


ジト目で反論するが、彼の鮮やかな紅色の唇を意識してしまう。髪からの水滴が胸を滑り落ち、腕と胸の間に湖を作った。


「明日菜が魅力的なのに、興奮しないわけないさ」


少女漫画の主人公みたいに余裕の胸筋と腹筋。かっこよく冗談めかされて言われると、少し悔しい。

まだ、湯に浸かってないのにのぼせそう。湯船に逃げ、太ももに波雫が跳ねるほど大波ができた。


「本当は、全然わたしに魅力なんて感じてないんでしょ。同情で慰めてなんかほしくないわ」


そう言いながら甲斐くんに背中を向けた。

すぐお尻が無防備なことに気づいて、右手のパーで隠すけど羞恥にモジモジした。


「張りのある胸とお尻に細い腰。想像以上だよ」


「⋯⋯さすがに⋯⋯のぼせたかも⋯⋯」


「阿蘇さん! 明日菜! くそっ、焦り過ぎた──」


熱く昇り立つ蒸気のなか、甲斐くんに後ろから抱きしめられて脱力し気が遠くなる。一糸纏わぬ甲斐肌の感触で頭が酸素不足になり、活動限界。

白眼を剥きたくないなと情けない事を思い、不思議な温もりと安らぎに包まれた。



──生ぬるい涙が頬を伝い耳に入って目が覚めた。

両の手足は力なく投げ出され、毛布をかけられていた。

結っていた髪は下ろしてあって、旅館みたいな薄紫系の浴衣に着替えていた。


「はっ⁉ わたし浴衣を着てる。あれは夢だったの。でもほのかなボディソープの香り⋯⋯ミステリアス」


室内の明かりは灯ったままだった。

のそのそとベットから抜け出し、はだけた肩をなおす。

ぼんやりと眠い目で、ソファーで眠る甲斐くんの寝顔を眺め続けた。優しくされて強引にされて、胸が高鳴って、心が温かくなって、向けた視線が逸らすことができなくなる。


「ずるいなぁ⋯⋯化粧水つけなくてツル肌なの」


クールぶってても寝顔は可愛い。

寝息でわずかに身体が動いている。

わたしはゴクリと息を飲み、頬を人差し指でつんつん。プリンのように柔らかな感触に驚いた。


「あ、阿蘇さん⋯⋯目が覚めたんだ⋯⋯よかった」


「ごめん起こしちゃった。ふ、復讐ってどうするの?」


「まぁ焦らず、あの後すぐ赤いマクラーレンの女と佐柄の身辺調査を指示したんだ。間もなく報告は入るだろう」


甲斐くんが眠そうに目をこすっていると、ちょうど加瀬さんが訪ねてきた。ドア越しにトーンを抑えた低い声が響く。


「お坊ちゃま。夜分よろしいでしょうか。お邪魔でしたら翌朝にします。簡易ですが身辺調査が済みました」


「ああ。急遽ですまなかった。説明を頼む」


「いえ。それでは、句間部(くまべ)矢宵(やよい)。大学生、二十二歳。交際は佐柄の他に三人のチャラ男を確認しました。いわゆる男にだらしない尻軽女です」


「そうか四股か。やっぱり酷いな。他には」


「はい。金使いが荒く、あのマンションも赤いマクラーレンも男の持ち物で、句間部矢宵の家は普通の家庭です」


「ふうん。どっかのお嬢様か成金かと思ったら違ったな。加瀬はどう思う?」


四男虎(クズ)一女狼(クズ)の鉢合わせが手っ取り早いと考えます。共喰いさせましょう」


「相変わらず兵法好き過ぎ。だけと、それでいいと思う。阿蘇さんはどうしたい?」


さっきまで明日菜って呼び捨てしてたくせに、今は苗字呼びしてさ。わたし難しい話にポカンよ。それに兵法って、柳生とか武蔵とか何だっけ──


「阿蘇さま? セッティングはお任せください」


「お任せします。浮気相手とは関わりたくないわ。でも、丈人とは自分で決着をつけたいの」


「それがいいだろう。だけど奴らが鉢合わせしたあと、関係が破綻した佐柄が手の平返し、阿蘇さんに謝罪すれば許すのかい?」


「ううん。許さない。彼氏役は甲斐くんお願い」


「ああ。任された」


──数日後、甲斐くんの別棟で加瀬さんに動画を見せてもらった。

くれぐれも心を強く持つように、注意事項を説明された。怖い時や気分が悪い時はすぐ申告すること。呪いの動画にならないよう、辛くなったら近くで待機している甲斐くんを呼ぶことをアドバイスされた。

わたし最後まで、見るよ。


「お前? 何だよ、その坊やは?」


いかにも柄の悪そうなペイズリー柄の男は、頭を斜めにして声を荒らげる。


「誰だ、コイツらは? まさか浮気相手かよ」


パッと見で背が高く、格闘技をやってそうなタンクトップ男が、太い指をパキパキ鳴らした。


「どういうこと、矢宵ちゃん?」


ブランドのサテンスーツを着た男が、サングラスを外し胸ポッケに入れる。


「ど、どうしてここにあんたたちが⁉」


「矢宵さん。誰? この人たち?」


「佐柄くん。これは、その⋯⋯」


丈人の質問に句間部矢宵の言葉が詰まっている。


「「「本命、コイツか?」」」


「ちょっ、俺、事情も知らないっれす!」


「違うわよ。無理矢理あたし、このコに襲われたの!」


「なっ、何言って⋯⋯うわっ、ぐはっ、うぅ⋯⋯」


三人の男たちに不思議な共闘が生まれたのか、丈人は何発かボコられた。その後、走って逃げだした。

今度は句間部矢宵が一通り文句をつけられてから、男たちに引きずられ何処かに連れて行かれた。


その後、句間部矢宵はマンションを追い出され、赤いマクラーレンを返還させられたという。他の騙した男たちにも貢がせたブランドバッグや靴、高級アクセサリーなども全て返還させられ、残ったのは多額の借金だけらしい。


それから──


放課後、わたしの自宅にほど近い公園に来てくれと、丈人に呼び出された。

砂場には親子連れが数人いるけど、隅の方は誰もいない。

学校を休んでいた彼は柄シャツにジーンズの私服。まだ少し目の辺りが青紫に腫れていた。

わたしは学校帰りで直行したから、エンジのブレザーにチェック柄のスカート姿だった。


「明日菜。俺には君しかいないんだ。機嫌直せよ、な、な」


もう分かっている真実だったけど、受け入れたくなかった。嘘でも浮気を正直に話して、謝ってほしかった。

けれど、彼は馴れ馴れしく身体を触ろうとしてくる。


「や、触らないで!」


「何だよ。幼馴染でさ、俺ら親公認の交際だろ! お前、いつになったらヤラせてくれんだよ!!」


丈人はわたしの腕を掴んで逆切れのように揺らした。手汗を手首から塗りたくってくる。気持ち悪くなって、なんとか力を込めて振り払った。


「ううん⋯⋯ただの幼馴染でしょ」


「ふざけんな! おま、お、俺にベタぼれだったろ!」


「句間部矢宵さん⋯⋯」


「なっ⁉ 何で知ってんだ? 違うよ。無理矢理さ、迫られたんだよ。俺からは誘ってない、本当に」


「じゃあ、何回シタの?」


せっかく一生懸命練習したのに、上目遣いで睨むつもりが、泣いちゃだめなのに、我慢できず涙が流れた。


「⋯⋯二回⋯⋯いや三回かな、惚れてないから全然」


また丈人は嘘をついた。

いやらしい視線でチェック柄のスカートを見つめ、何か思い出しているよう。下唇をねっとり濡らす唾液を舌で舐めとった。


「わたしに隠れて半年も付き合ってて⋯⋯三回なの?」


「ちが、あれババア。そう、別れた。この前、別れたんだよ」


句間部矢宵のせいにしても、抱いた回数なんて覚えてるわけないよね。

歯噛みしつつ首を左右に振り、両手を広げて無罪を主張している。逆らう事を許さぬ迫力で不満そうに鼻息を漏らし、半笑いで唇を震わせ、明らかに目は虚ろだった。


「お、明日菜。一緒に帰ろう」


そこに、甲斐くんが颯爽と現れた。

エンジのブレザーと黒いズボンが似合っている。なんだかホッとして恐怖がやわらいだのを感じた。


「おいっ⋯⋯甲斐てめぇ、俺の明日菜とどういう関係だよ!」


「僕の彼女に気安く触らないでくれるか」


「ばかな、くそっ、狂った、何だよコイツ? 冗談だろ! おいっ、真面目野郎、こら、すかすな!!」


「わたしの彼氏なの」


「お、おい⋯⋯ちょっ、ドッキリか? 明日菜なぁ、明日菜、明日菜ちゃん。説明しろって、ちぇっ、シカトかよ」


「誰だい彼は?」


「知らない人。早く行こっ、甲斐くん」


恥ずかしいけど腕を胸に押しつけ、精一杯、仲良しな彼女を演じる。わたしの復讐だから。


「ちょっ、待てよ! 待ってて、明日菜! くそおお! 甲斐!! 人の女盗りやがって、覚悟しろよ!!」


怒りに任せ殴りかかる丈人。甲斐くんはかわさず、まともに頬で拳を受けた。少し唇が切れてあごに血が流れた。


「盗ってない。お前とは付き合ってないし、彼女に失礼だな。それに意味もなく僕を殴ったね。お前は停学だ。諸々の不順異性交友を含めると、どうなるんだろうな知らんけど」


「⋯⋯甲斐くん、甲斐くんっ⋯⋯血、大丈夫? このハンカチ使って」


「問題ない。痛くない。蚊に()まれた程度だ」


「蚊に()われたんじゃないの?」


「え⁉ ()まれたよ。じゃあ炭酸の抜けたコーラは?」


「常識、()が抜けたコーラです」


「はははは、()でしょ。()が抜けたなんて」


「もお笑い過ぎっ! 早く冷やそうよ。痛いの飛んでけ~」


「うわああああああああっ! 俺の明日菜とイチャイチャすんなああああああああああ!! 覚えてろよおお! お前らああ!!」


地面にしゃがみ込み大声で叫ぶ丈人。その顔は昔からよく知る幼馴染とはいえ、今まで見た中で一番怖くて恐ろしかった。

加瀬さんが先生に通報して丈人は停学処分になった。それに加えて、後輩のコを無理矢理襲ったとか身体を触ったとか、多数の悪行が発覚して退学となった。


その後、彼の自宅は解体されて空き地となり誰もいない。行き先も全く知らない。


「甲斐くん。本当にありがとね。あなたがいなかったら⋯⋯わたし⋯⋯もっと酷い目にあってた⋯⋯」


ほんのさっきまで恋人同士のふりをしていた。

丈人に自分のしたことを知らしめるためだった。

けれども、全く丈人の裏切りに気づかず、そのまますごしていたら違っていたかもしれない。

わたし恋に恋して彼の幻を好きになっていたんだ。


「明日菜。ここまでしたのに、信じてくれないのか?」


「だったら、わたしの気持ち信じれるの?」


「もちろんと言いたいけど、幼馴染に純で一途なのを知ったから、正直、自信は持てない」


「でしょ、わたしからキスしてって言わなきゃしてくれないの寂しいわ」


⋯⋯キスどころかそれ以上のこともしたいのに。


「ならさ、僕のこと好きにしていいよ」


甲斐くんはワイルドに、ぶちぶちとボタンを弾けさせシャツを引き裂いた。

逞しい胸筋が露わになる。

もう何度も見せられているのに、一瞬で目が釘付けになった。

挑発めいた笑み。彼が纏う甘い香りにくらくら眩暈を覚える。


「甲斐くん。賢いし、ズルいし、優しいし、カッコいいし⋯⋯ぐいぐい来るし」


「ああ、ごめん。明日菜には全力になってしまう」


「最初にお風呂で襲おうとしたよね? どう違うの?」


「あれは慰めたくてムラムラした。今は全然、違うよ。と言うより、ずっと前から好きだったんだ」


「ふうん。男って口では何とでも言うし、わたし分からない」


「いいよ。僕の気持ちを分からせてやるから」


わたしの首に、甲斐くんは腕を絡ませて顔を寄せてくる。

唇が重なり、熱くなった唇を甘噛みされ吸われた。

息ができないくらいの激しいキスにされるがままになる。うっとりして深く息を吐いた。


「ん、ううん、んぁ、うぅ⋯⋯」


「これ、でも、信じられないかい?」


「そんなことない。わたしも好きになっていい? ううん、もう好き。大好き!!」


甲斐くんの耳元で想いを囁く。

触れ合う刺激は甘い痺れに変わった。

本当に好きだと想われてるかもしれない期待。

住む世界が違ってまたキズつくかもしれない、ヤキモチ焼くかもしれない。でも今、鼓動は繋がっている。

懸命に息を整えていたのだけど、抑えきれない感情が言葉にでていた。


「もう、無理して笑わなくていい。いっぱい笑顔にさせてやる」


「うん」


眩しいくらい甲斐くんの周りに、綺麗な花々が咲いて見えた。アイビー、かすみ草、パンジー、マーガレット。

世界が色づくって、こういうことなのかな。

胸が高鳴るキュン。照れ隠しに柔らかな頬に口づける。

甲斐くんは顔を赤くして、チュッと唇を合わせてくれた。嬉しくて瞬きした目蓋からは、再び涙が溢れ落ちた。



読んでいただきましてありがとうございます。


よろしければ

ぜひともブックマーク、高評価、リアクションをいただけますとすっごく嬉しいです。


他にも短編、長編を載せようと思っています。

次作も、どうぞよろしくお願いします。

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