表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ひだまりの庭で、もう一度──孤児だった私、公爵家の末娘になります  作者: ワールド


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/13

第六話 シャルロッテの部屋

「こちらが、シャルロッテお嬢様のお部屋です」


 クラリスさんに案内され、わたしは静かに扉の前に立った。


 重厚な木の扉には、繊細な彫刻が施されていた。バラのような、羽根のような、どこか幻想的な模様。


「開けてごらんなさい。鍵はありませんよ。ここは、あなたの場所ですから」


 その言葉に、わたしはそっと取っ手に手をかけた。


 金属がひんやりとしていて、少しだけ緊張する。


 扉を開けると、ふわりとやさしい空気が流れてきた。


 ……夢みたい。


 それが、最初の感想だった。




 お部屋の中央には、昨日とは別の、少し小さめのベッド。


 ベッドの天蓋は薄い桃色で、光が差し込むとふんわりと透けて見えた。


 カーテンは淡いクリーム色で、窓の外には広い庭が見える。陽の光をたっぷり取り込んでいて、部屋全体があたたかい。


「このお部屋は、お嬢様のために準備されたのですよ」


「……わたしの……?」


 こくり、とクラリスさんが頷いた。


「ベッドや机、本棚もすべてお嬢様用に整えてあります。ドレスやリボンも、すぐに選べるようになっておりますよ」


 信じられなかった。


 これぜんぶ……わたしの、なの?


 だって――誰かが、わたしのために、部屋を準備してくれたなんて。考えたことすらなかった。


 目がぐるぐるして、どこを見ればいいかわからない。


 机の上には、色とりどりの万年筆と便箋が並んでいた。棚には童話の絵本や、ふくろうの形をした置き時計。


 そして――大きなクローゼットの扉を開くと、そこには、小さなドレスが何着も並んでいた。


 薄水色の刺繍入り、真っ白なフリルつき、バラ模様の淡紅……ぜんぶ、わたしのサイズだった。


「お嬢様のお好みは、まだこれから知っていくことになりますから。少しずつ、増やしていきましょうね」


 クラリスさんは微笑んで言った。


 “好み”。


 そんな言葉、自分に向けて言われたのは初めてだった。


 今までの暮らしには、“選ぶ”ということがなかった。着る服も、食べる物も、命令されるまま。そこに“好き”も“嫌い”もなかった。


 でも、今は――


 ここでは、“わたしが何を好きか”を、みんな知ろうとしてくれている。


「……きれい」


 思わず、口から出た。


「……こんなに、きれいな部屋が……“わたしの”って……いいの……?」


「ええ。もちろんです。シャルロッテお嬢様、この空間は、すべてあなたのためにあるのです」


 クラリスさんがふんわりと笑う。


「お好きな時間に本を読んでも、ぬいぐるみと話しても構いません。疲れたら、いつでもここで休んでいいのですよ。……ここは、お嬢様の“場所”ですから」


 “場所”。


 その言葉が、やけに胸に残った。


 いままで、“わたしの場所”なんて、どこにもなかった。馬車の荷台。かび臭い古布の上。暗くて寒くて、ただ生きてるだけの場所。


 でも今は、こんなに明るくて、やさしくて、ぬくもりのある――


「……ここに、いていいんだ……ね……?」


 ぽつりとつぶやいた声に、クラリスさんは「もちろんですとも」と答えてくれた。


 わたしは、ベッドの端にそっと腰かけた。ふわふわしていて、身体が沈む。


 その瞬間、なぜか、涙がぽろっとこぼれた。


 驚いて、慌ててぬぐったけど、止まらなかった。


 悲しいわけじゃない。怖いわけでもない。


 ただ――あまりにもあたたかくて。


 こんなにあたたかいものに、わたしの心が追いついていないだけだった。


 クラリスさんは何も言わず、そっと毛布を肩にかけてくれた。


「……泣いても、大丈夫ですよ」


 そう言ってくれた声が、やさしくて、あたたかくて。


 わたしは、こくんとうなずいて、小さくうずくまった。




 この部屋は、わたしの部屋。


 このぬくもりは、わたしのもの。


 わたしは今、“わたし自身”をやっと取り戻せた気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ