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ひだまりの庭で、もう一度──孤児だった私、公爵家の末娘になります  作者: ワールド


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第五話 母になる人

 にぎやかな兄たちに囲まれたあの時間は、夢の中のようだった。


 笑って、驚いて、ちょっとだけ泣いて……でも、どれも全部、わたしの心がちゃんと動いている証だった。


 ああ、わたし、本当にここにいていいんだ。

「シャルロッテ」と呼ばれるたびに、それを少しずつ実感していった。


 けれど、まだ会っていない人がいた。


 おとうさまがいて、兄たちがいて――そして、わたしの“かあさま”になる人。


「公爵夫人がお戻りになります。まもなく、シャルロッテお嬢様のお部屋にお越しになるとのことです」


 クラリスさんがそう告げたとき、わたしの胸はまた、どきどきと音を立て始めた。


 緊張で指先が冷たくなった。口の中もからからで、思わず両手をぎゅっと握る。


 “かあさま”。


 それは、遠くて、知らない存在だった。


 どんな人なんだろう。優しい人だといい。怒られたらどうしよう。気に入られなかったら、また――


 思考がどんどん暗いほうへ転がりそうになったとき、扉の向こうから、静かなノックの音が響いた。


「失礼します」


 その声は、澄んでいて、あたたかくて。


 そして、次の瞬間、部屋に入ってきたその人を見て、わたしは息をのんだ。


 美しかった。


 けれど、それは“宝石みたい”とか“高貴”とか、そういう言葉じゃ足りなかった。


 肩まで流れる栗色の髪に、淡く笑う唇。けれど、一番印象的だったのは――その目だった。


 やわらかく、深く、湖のように澄んだその瞳は、わたしを見た瞬間、そっと微笑んだ。


「あなたが……シャルロッテね」


 わたしは、声を出せなかった。


 でも、夫人――いえ、“かあさま”は、わたしの前にしゃがみ込んで、視線を合わせてくれた。


「こんにちは。会えるのを、ずっと楽しみにしていたのよ」


 静かな、やさしい声だった。


 誰にも怒られていないのに、なぜか涙がにじんできた。


 わたしは――泣きたくなかったのに。


 それでも、どうしても声が震えて、出てきたのはたったひと言。


「……ごめんなさい」


 その言葉に、かあさまはほんの一瞬だけ目を見開いて、それからとてもやさしく、わたしを抱きしめてくれた。


「謝らなくていいのよ。あなたは、何も悪くない」


 やわらかい香りがした。


 花のようで、日なたのようで、心の奥までほぐれていくような――そんな香りだった。


「あの子たちに囲まれて疲れたでしょう? うちの子たち、にぎやかすぎるから」


「……ううん、楽しかった」


「そう。よかった」


 抱きしめられているうちに、胸の奥があたたかくていっぱいになった。


 わたしは、こんなふうに抱きしめられたことがなかった。


 服を引っ張られたり、乱暴に扱われたりはあったけれど、こうして、やさしく、あたたかく、自分から包まれるようにされたことなんて――


「……かあさま」


 ぽろりと、こぼれた。


 言った瞬間、涙がつつーっと頬を伝った。


 自分でも、そんな言葉が出てくるなんて思っていなかった。


 でも、その言葉を、どうしても口にしたかった。


 “母”が欲しかった。


 ずっと、誰かに、ただ触れてほしかった。


「ええ。シャルロッテ、あなたの“かあさま”よ」


 かあさまは、わたしの頭を撫でながら、そう言ってくれた。


 どこかで切れていた心のひもが、そこでやっとつながった気がした。




 わたしは、もう一人じゃない。


 今度こそ、心からそう思えた。


 おとうさまがいて、おにいさまたちがいて、そして、やさしいかあさまがいる。


 わたしは今、ここで――


 “家族”になったんだ。

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