第四話 四人の兄たち
クラリスさんに手を引かれて、わたしは応接間に向かっていた。
おとうさま――テオドール様の言葉が、まだ胸の奥で灯のように灯っている。
「シャルロッテ。ようこそ、我が家へ」
その言葉が、あまりにもあたたかくて、まだ夢を見ているような気がしていた。
けれど、今はその余韻にひたる余裕がない。
「今日は、ご兄弟たちがお戻りになります。きっとお嬢様に会うのを楽しみにしておられますよ」
クラリスさんが、にこやかにそう言ったとき、わたしの心臓はどくん、と跳ねた。
ご兄弟――つまり、兄たち。四人いるらしい。
「おにい……さんたち、って……?」
「ええ。四人とも、それぞれ個性は強いですが、皆優しい方たちです。どうか、緊張なさらずに」
そう言われても、緊張しないなんて無理だった。
わたしはずっと、一人だった。誰かと家族になるなんて、思ってもみなかった。
兄なんて、想像すらしたことがない。家族と名乗る人に、いきなり四人も会うなんて――
ドアの前で立ち止まり、息を呑んだ。
扉の向こうから、にぎやかな声が聞こえる。
男の子の声。少し低い声。笑い声。何かを引っ張る音。誰かが小さく「やめろ」と怒っている。
……騒がしい。
「さ、どうぞ」
クラリスさんがノックし、扉を開いた。
その瞬間、視線が一斉にこちらに集まった。
「おお! あの子がシャルロッテか!」
「ちっちゃ……てか、細っ……食ってるか?」
「黙れエリオ、第一声がそれかよ」
「え、でもマジでこんな小さい子なのか?」
部屋の中には、確かに四人の男の子たちがいた。
……男の子、というよりは、年齢的にはわたしよりずっと大きくて、上はもう大人の背丈に近い人もいた。
みんな目や髪の色が少しずつ違うけど、不思議と雰囲気は似ていた。目の強さとか、立ち姿とか、どこかおとうさまに似ている。
「おいおい、こわがってるじゃねえか」
一人がぽん、ともう一人の後頭部を軽く叩くと、叩かれた子が「いてっ」と情けない声を上げた。
「……はじめまして」
わたしは、小さく声を出した。喉がきゅっとなる。
「シャルロッテです……よろしく、お願いします……」
一瞬、空気がぴたっと止まった。
そして。
「くっそ……かわいいな……」
「だめだ、守らなきゃ……絶対守る……!」
「やばい、なんかもう妹ってだけで泣きそう」
「いきなりハードな兄心くすぐられたな……」
なにが起きたのか、分からなかった。
兄たちはわたしをじっと見たかと思うと、ぐしゃぐしゃに頭を抱えたり、顔を赤くしてうろうろしたり、突然しゃがみ込んだり。
なんだか、騒がしい……けど、怖くない。
「シャルロッテちゃんだね。僕は長男のユリウス。父さん……いや、おとうさまに似てるって言われるけど、あそこまで硬くはないから安心して」
「俺は次男のアレク。肩幅広いけどビビらなくていいぞ。意外と小動物好きだから」
「三男のエリオ。年の近い弟妹ってのは初めてだからさ、正直どうしていいかわかんねえけど……とりあえず飴持ってる。食う?」
「四男のリュカ。あんま喋らないけど、ちゃんと見てるし聞いてるから、安心して。……よろしくな」
一人一人が、わたしの目をちゃんと見て、名乗ってくれた。
それだけで、胸がじんわり熱くなった。
「……こちらこそ、よろしく……おにいさま方」
そう言うと、四人とも一瞬で固まった。
「……“おにいさま方”……だと……?」
「天使か……天使だなこれは……」
「まって、それ破壊力やばい……無理……」
「やばい……今すぐ執務抜けたおとうさまにも報告したい……」
「落ち着けおまえら!!」
わたしは、思わずくすりと笑ってしまった。
こんなふうに笑ったの、いつぶりだっただろう。
うるさくて、ちょっと騒がしくて、でもあたたかくて、何より楽しい。
これが、家族なんだ。
血のつながりなんてなくても、“おにいさん”って呼べる人がいるって、こんなに心強いんだ。
今なら、少しだけ信じられる。
わたしは、ひとりじゃない。
あの暗い馬車の中じゃない。寒くて冷たくて無言だったあの時間は、もう終わったんだ。
今ここにいるのは――あたたかい光に包まれた、わたしの“家族”。
「……ありがとう。みんな……おにいさまたち……」
今度は、わたしのほうから、そう言った。
そして、心の底から、思った。
“わたし、もう大丈夫だ”。




