表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ひだまりの庭で、もう一度──孤児だった私、公爵家の末娘になります  作者: ワールド


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/13

第二話 紅の屋敷、初めての朝

 目を覚ましたとき、ふわふわとした何かに包まれていた。


 肌に触れるのは、柔らかくて、あたたかくて……あまりにも心地よくて、最初は夢を見ているのかと思った。けれど、目を瞬かせて天井を見上げた瞬間、それが“本当のこと”だと気づいた。




 白くて高い天井。金の縁取りがある、知らない部屋の天井。


 壁は深紅と象牙色の織り柄が入った布張りで、窓から差し込む光はまぶしく、けれどどこかやさしかった。




「あ……」




 わたしは、声を出していた。


 自分の声がこんなにきれいに響く部屋なんて、初めてだった。


 喉の奥がからからで少し痛むけれど、かすれずに声が出たことが、なぜかうれしかった。




 起き上がろうとすると、ふわりと肩から毛布が落ちる。


 わたしは反射的にそれをつかみ、胸に抱えた。柔らかくて、あたたかくて、いいにおいがする。


 夢じゃないんだ、って思った。


 あの人――テオドールさんに助けられて、わたしはこの場所に来た。


 あのときの記憶はぼんやりしているけど、馬車から降ろされ、強くてやさしい腕で抱かれて、この屋敷に入ったことだけは、はっきりと覚えている。




 扉の向こうから、コツ、コツ、と誰かの足音が近づいてきた。


 びくりと肩が跳ねる。つい、布団に身を潜らせてしまう。けれど、その人の声は、とても静かで、落ち着いていて、やさしかった。




「お目覚めでしょうか?」




 その声に、わたしはそっと顔を上げた。


 現れたのは、淡い青のドレスを着た女の人。髪をすっきりまとめていて、腰には白いエプロン。きれいな人だと思った。けれど、それ以上に、怖くなかった。




「大丈夫ですよ。私はこの屋敷の侍女長、クラリスと申します」




 クラリスさんはそう言いながら、静かにベッドのそばに膝をついた。


 わたしと目の高さを合わせて、にこ、と笑う。




「お嬢様にご朝食をご用意しました。……といっても、まだ固いものは食べられませんでしょう? お粥と、やさしいスープを準備しております」




「……わたしに?」




 声がかすれた。


 疑うような気持ちがにじんだわけじゃない。ただ、それが信じられなかっただけ。


 だって、誰かが“わたしのために”なにかをしてくれるなんて、今まで一度もなかったから。




「はい。お嬢様のために、です」




 クラリスさんは、少し微笑んでくれた。


 その目が、とてもやさしくて、まるで本当に、わたしを大切にしてくれているように感じられた。




「では、手を拭きましょうか。髪も少し整えて……あら、きれいな色ですね。金色のような、陽だまりのような」




 そう言って、髪を指先でそっと撫でてくれた。


 びくっとしたけど、痛くなかった。むしろ、くすぐったいくらいだった。


 知らなかった。髪を撫でられるって、こんな感じなんだ。




 ゆっくり立ち上がると、部屋の床は絨毯でふかふかしていて、足の裏が沈む。暖炉の火はまだ小さく揺れていて、空気まであたたかかった。


 鏡の前に連れていかれて、椅子に座ると、クラリスさんがわたしの髪を優しく梳いてくれた。


 ぬくもりに包まれながら、わたしは、ぽつりとつぶやいた。




「……ここは、どこ……?」




「アルノルト公爵家、第二の館です。今は冬季の離宮として使われております。お嬢様は、当主であるテオドール様に保護され、この館でお過ごしいただくことになりました」




 アルノルト、という名前を聞いて、昨日の夜のことがまた少しだけ思い出された。


 剣を持っていた。堂々としていて、でもやさしくて……わたしを抱き上げて、「泣いていい」と言ってくれた、あの人。


 あの人が、わたしをここへ。




「……あの人に……また、会える?」




「もちろんですとも。朝食のあと、執務を終えたテオドール様がお見えになりますよ」




 クラリスさんは、まるでそれが当然のように言ってくれた。


 それだけで、胸の奥がじんわり熱くなる。


 会えるんだ。また。




 そう思っただけで、身体の芯がふわっとほどけた。




 案内された食堂は広くて、壁には花の刺繍が飾られていて、窓からは雪の積もった庭が見えた。


 小さな席に通され、スプーンを渡される。おそるおそる掬ったお粥は、ふわふわと湯気を立てていて、口に運ぶと――




 あたたかくて、やさしい味がした。




 こんなに、やさしいものが、この世にあったんだって思った。


 わたしのために作られた、朝ごはん。


 目の奥がまた熱くなって、でも今度は泣かなかった。




 少しずつ、少しずつでいい。


 わたしはきっと、この場所で、知らなかったことをたくさん知っていくんだ。


 あたたかさも、やさしさも、笑い方も、名前の意味も。




 この光の屋敷で、わたしの朝が、はじまった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ