表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ひだまりの庭で、もう一度──孤児だった私、公爵家の末娘になります  作者: ワールド


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/13

第十一話 再び忍び寄る影

 春の午後、庭の桜が花をつけ始め、屋敷の空気はどこか浮き立っていた。


 わたしは兄たちと一緒に、芝生の上で小さなバドミントンのような遊びをしていた。


 ジャンが羽根を打ち返して、ミシェルがそれを華麗に拾う。その隣でシリルが転びかけて、ギュスターヴに軽く小突かれていた。


 みんなが笑っていて、わたしも笑っていた。


 それは、ごくあたりまえの、平和な光景だった。




 ――けれど、その日の夕方。


 何かが、すこしだけ狂いはじめた。




 夕飯前、クラリスさんが落ち着いた様子でわたしの部屋にやってきた。


「お嬢様、今夜はお部屋から出ないようにお願いいたします」


「……どうしたの?」


「屋敷の外で、不審な動きがあったようなのです。お嬢様に直接関わるものではないかもしれませんが、念のため」


 “不審な動き”。


 わたしは胸の奥がきゅっと締めつけられるのを感じた。


 いやな、感覚だった。


 理由のない寒気が、肩から背中へとかけ上がってくる。




 その夜、廊下の空気が違った。


 侍女たちの動きも速く、廊下の窓はすべて閉められていた。


 窓の外には、騎士団の人たちが見回りをしている姿がちらちらと見える。


 おとうさまは屋敷の奥で、護衛たちと話し込んでいた。


「テオドール様、これが実際に“あの一味”であるとすれば、さすがに見逃せません」


「……あの一味?」


 聞こえた声に、わたしの心臓が強く跳ねた。


 その言葉、知ってる。


 聞き覚えがある。


 “人を売るやつら”。


 かつて、わたしがいた場所。


 名前のない子どもたちが詰め込まれ、運ばれ、どこかへ消えていった場所。




 わたしは気づかないふりをしていた。


 家族の中での幸福な時間を、穏やかな暮らしを、まるで前からそこにいたみたいに過ごしていた。


 でも、本当は――わかっていた。


 あの過去は、何も終わってなどいなかった。


 わたしがここにいるということは、“あの人たち”にとっては“逃げた商品”でしかない。




 クラリスさんがそっと部屋に戻ってきた。


「お嬢様、ご安心を。ご主人様もお兄様方も、すぐに動いてくださいます」


「……クラリスさん、あの人たち……ここに来るの?」


 わたしの問いに、クラリスさんの表情がわずかに固まった。


「……可能性は、否定できません」


「……そっか」


 わたしは、膝の上に手を置いた。


 怖い。怖いよ。


 でも、それよりも――


「みんなに、迷惑をかけたくない」


 そう思ってしまう自分が、また悲しかった。




 その夜、わたしは夢を見た。


 暗い荷台。揺れる車輪。大人の怒鳴り声。誰も名前を呼んでくれなかったあの世界。


 その中にいる自分を、今のわたしが必死で抱きしめようとしていた。


 “だいじょうぶ”


 “ここにいていい”


 何度も繰り返しているのに、小さなわたしは震えながら遠ざかっていく。




 目が覚めたとき、顔が濡れていた。


 それでも、わたしは泣かずに起き上がった。


 もう、逃げない。


 今のわたしには――守りたい人たちがいる。


 そして、守ってくれる人たちもいる。




 朝、扉をノックする音がして、扉の外からおとうさまの声がした。


「シャルロッテ。少し、話そうか」


 その声は、昨日より少しだけ硬かった。


 でも、確かに“わたしの父”の声だった。




 “闇”が近づいている。


 けれど、それを越えるための“光”も、今ここにある。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ