第十話 家族そろってのお茶会
「シャルロッテ、今日はお茶会があるよ。みんなで一緒にお菓子を食べるんだ」
昼前、次兄のミシェルが、部屋まで迎えに来てくれた。
窓の外は春の陽気に包まれていて、鳥のさえずりがどこからか聞こえてくる。
「……“みんなで”って……おとうさまも? かあさまも?」
「もちろん。兄さんたちも全員いるよ。今日は久しぶりに全員集合なんだ。シャルロッテもぜひ来て」
ミシェルが差し出してくれた手に、わたしはそっと指を重ねた。
*
サロンの扉をくぐった瞬間、甘い香りと明るい笑い声に包まれた。
丸いテーブルには、レースのクロスがかけられ、その上には小さなカップケーキやサンドイッチ、フルーツが並べられていた。
花模様のティーセットがきらきらと光を反射していて、まるで本の中の宴のようだった。
「おう、来たかシャルロッテ! こっちに座っていいぞ!」
大きな声で手を振るのは、三男のジャン。元気いっぱいの笑顔に、わたしの口元も自然とほころぶ。
「シャルロッテ、ここが君の席だよ」
末っ子のシリルが椅子を引いてくれた。あたたかい紅茶の湯気が、くるくると空にのぼっている。
「おはよう、シャルロッテ」
おとうさまの低くやさしい声。
その隣では、かあさまがにこやかにうなずいていた。
「今日はあなたの歓迎も兼ねたお茶会なのよ。たくさん召し上がってね」
「……ありがとう……ございます」
緊張していたのか、声が少しかすれた。でも、誰も笑ったりしない。みんな、やさしいまなざしを向けてくれる。
それだけで、胸がぽっと温かくなった。
紅茶を一口すすると、口の中に花の香りが広がった。
ラベンダーと、少しだけレモンの風味が混じっている。
「これ、すごく……いい香り……」
「気に入ってくれた? それ、エリザベートが選んだ新しいブレンドなの」
かあさまの紅茶。なんだか、それだけで特別な味がした。
ケーキはふわふわで、甘すぎず、ベリーの酸味が心地よい。
ミシェルがカップを傾けながら、わたしに話しかけた。
「シャルロッテは甘いの、好き?」
「……うん。こんなにおいしいの、はじめて……」
「それはよかった。じゃあ今度、一緒に厨房に行ってみようか。料理長が喜ぶよ」
「厨房……?」
「うん。うちの料理長、シャルロッテのこと気になってるんだ。今朝も“お嬢様はもう焼き菓子お好きですかな”って聞かれたよ」
「……そうなんだ」
自分のことを、誰かが話してくれている。
それが、こんなに不思議で、こんなにあたたかいことだなんて、知らなかった。
ふと、ジャンが声をあげた。
「そういえばシャルロッテ、もう庭を歩いたんだってな!」
「うん。クラリスさんと、一緒に」
「そっか。じゃあ今度は俺と探検しようぜ。でっかい池の向こうに、秘密の通路があるんだ」
「ジャン、その“秘密”って子供の頃におまえが勝手に作った通り道だろ」
長兄のギュスターヴが冷静に突っ込む。そのやりとりを見て、思わずくすっと笑ってしまった。
ああ、これが“家族の会話”なんだ――
他愛のない話、くだらない冗談、笑い声が重なる空間。
何か特別なことが起きているわけじゃないのに、胸がいっぱいになる。
「笑ってる」
隣のシリルが、小さくつぶやいた。
「シャルロッテ、笑ってるの、いいなって思って」
わたしは、少し恥ずかしくなってうつむいた。
でも――心のどこかが、ほっとほどけるような感じがした。
「家族っていうのはね、シャルロッテ。こうやって、時間を重ねるものなのよ」
かあさまが、ぽつりと言った。
「特別な日だけじゃなくて。朝のあいさつ、お昼のおしゃべり、夜の“おやすみ”。それを続けていくうちに、“いつのまにか”家族になるの」
“いつのまにか”。
その言葉が、じんわりと胸に染みた。
わたしは今、その“いつのまにか”を過ごしているんだ。
お茶会の終わりに、みんながそれぞれの予定で席を立ったあと、かあさまがわたしのそばにそっと残ってくれた。
「シャルロッテ。あなたがここにいてくれて、本当に嬉しいわ」
「……わたしも、ここにいて……よかった」
そう言えた自分に、少し驚いた。
でも、心からそう思っていた。
わたしは――この場所が、好きだ。
この人たちと、これからも“日々”を重ねていきたい。
そう願っていた。
“家族”になるって、たぶん、こういうこと。
今、わたしはその一歩を、確かに踏み出せた。




