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第二章
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「新しい先生が来るんだって? 魔術の講師なんだろ、オレの魔術解禁かー最強伝説作っちゃう?」
嬉しそうなアデルにはまだ黙っておこう。腕は確かだしもしかしたらすごくウマが合う可能性もなきにしもあらず。
そう思ってた時もありました。
気を取り直して授業だ。いい天気だし思い切り体を動かそう。
「さあ、今日は予告通り体術を」
「きゃーー♡スタンレイくぅうーーん♡♡」
「げっ」
「!?」
手を振り、内股でしなを作りつつ爆速で向かってくるマントを靡かせる何か。なんかああいう妖怪いなかったっけ。
抱きつかれる直前で飛び退けば、目標を見失いながらもステップを踏んでターンをし留まる。シュタッ! とポーズ決めてんじゃねえ。
呆気に取られた生徒は珍獣を見る目を闖入者に向けている。一部は正体に気づいてるようだ。
「見たか。不審者に近づかれたら今みたいに引き付けて避けるのも手だ。足元に魔法かましても可」
「スタン、つれないわね。三年も同棲した深い仲なのに」
「言い方!! ウインクすんな! みんな誤解するなよ、学園寮で同室なだけでしかも十二の時の話だからっ。ていうか護衛! まさか一人か!?」
「怪しいから転移で撒いたーあははっ」
「び、美人? え、いや男??」
「………」
「───ジ、ジルベルト、殿下?」
顔を知ってるアデルが動揺している。公式の場では一切見せないオネエ言葉と仕草だ。
よく知る可能性があるディーは無の表情。
第一王子ジルベルト。こいつとの記憶は割と鮮明だ。スタンが手に余って無意識に俺に投げてたんじゃないか。
騎士養成校に行く前、学園に通うのが一般的だ。基礎の学問を身につけてそこから各々専門分野を学ぶ学校に進んだり領地にもどる。
スタンレイも例に漏れず、十二から十五までをそこで過ごした。
十五の時、魔獣討伐実習の活躍を認められて最初で最後の褒賞を貰った。想定外のA級魔獣が出現した折りに、なんとか級友を守り切ったのだ。死を覚悟する状況で、実際に重傷を負い死にかけたが高度な治癒魔法でなんとか助かり、後遺症もない。
謁見の間で褒賞に望んだのはただ一つ。
『今この場で第一王子に対するあらゆる不敬を不問にしてほしい』
国王も宰相も口をあんぐり開けるしかなかった。
命懸けで護った相手がジルベルトだった。何が目的なのか分からず王が返事をしかねていると、同席していた当人が「命の恩人だしそもそも友達だしいいよ!」と軽くOKした。
「───何を勝手に単独行動してんだよ! おかげで棺桶に片足突っ込んだわ!!」
スタンレイはその場で即座に権利を行使した。ジルベルトに怒鳴ったかと思えば腹パンをかます。顔でない辺りに少し遠慮が見えた。王子に対して、ではない。親の前で顔を殴るのは親に気の毒という配慮だった。
「───と、こんな事があったのよ」
急遽教室に戻り新任魔術師との顔合わせとなったのだが、何故かスタンレイのやらかし話になっていた。
生徒の半分はジルベルト本人とスタンレイのエピソード両方に無言で引いていた。
「……やっぱイカれてんな」
「お、王族に対してなんたる不敬だよ……」
「せんせい、悪くない」
澄んだ声がスタンレイを弁護する。
「あら、可愛らしい子ね。お名前は?」
「ぼくはリン。ジルせんせい良くない事したんでしょ。せんせいが怒るのは普通」
「そう! そうなの」
我が意を得たりと破顔するジルベルト。
「ちゃんと叱ってくれるし素敵な友人なの。頼れるしとってもイイ男♡」
「殿下の性自認は女性なのですか」
ディーがいきなり切り込み、アデルがあわあわとした。
「お、おい答えづらいことを」
「んー、この喋りは公の場ではしないけど広まっているわ。醜聞をわざわざ用意してあげてる意味がある。なのに狙われちゃうから困ったもんよ」
「曖昧ですね。殿下に対しレディの扱いをすべきかを知りたいのですが」
「あ、そーゆーコト? なら不要よ。好きな人が男ってだけで他のヤローは恋愛対象外だから。基本的には女性がいいわ」
外見を女っぽくしている訳ではない。王家の色を継ぐベージュブロンドに紫水晶の瞳の美形で女性には大層騒がれている。
好きな男ってまさかな……、と微妙な空気のなか、キースが話を変えた。
「スタンレイ先生の話を聞きたいです。できれば当人が言わないような」
「いいわよ!」
そんな運びで数々の恥ずかし話を暴露され続けていたと知らない俺は、自室で今日のスケジュールを組み直していた。
午後って言ったよな? まさか朝イチに来るとは思わなかった。昔から自由な奴ではあったが。
ルベル──ジルベルトも関係してくるが、多少の気掛かりがある。
スタンが俺にまだ開示しない記憶があるのだ。自分だぞ自分。なんでだよ。報連相しようよ。
とはいえ気持ちも分かる。俺だってこの若いイケメンが来世とは、理解できても納得はしきれてないのだ。
善行の報告は気恥ずかしいのでそれで門限破りになっても言わない。似たような理由で俺に隠してたり? 思春期か。
そんな感じで、俺はいまだ〝俺〟に慣れないし成りきれない部分がある。
あれこれ考えていると教会内に長閑な「森のくまさん」が響き渡る。ただし歌声は俺の低音ボイス。急いで剣を佩くと即座に礼拝堂に向かった。不審者の侵入警報だ。
ちなみに作詞作曲歌唱俺。完璧盗作だがインパクトを重視した。実はピアノが弾けるアデルが、歌詞を付け歌う俺を「逃げろって言いながら追いかけてくんの怖くね? 歌詞は可愛いのに顔と声怖いし!」とゲラゲラ笑いつつ伴奏してくれた。今度、歌はリンで録音し直そう…。
「みんないるか!?」
「いない奴は返事できねーよ」
軽口をたたきつつアデルの表情は固い。
「神官たちも生徒も揃っていますよ」
教会長の言葉に思い当たり蒼くなる。ルベルに森のくまさん教えてない!
「殿下に歌の意味を教えましたが飛び出してしまって」
「ディー、結界。ジョーイ、アデル、キースは警戒を。他のみんなも周囲を見張ってくれ。三人は懺悔室の長椅子引き出しにある剣を使え。ここは安全だ、決して出るな。俺が戻って大丈夫と言っても油断しないように」
「了解」
「副教会長、俺が帰ってきたら精神操作されてないか鑑定してください。これは今回以降もです。神官様は結界強化の補助をお願いします。俺は奴を追いかけるので。教会長、あとは頼みます」
「補助魔法をかけますよ」
「祝福を」
神官が防御力を、教会長が幸運を上げてくれる。
しかし全くルベルときたら、相変わらずの奴だ。
「ヘルマン様」
神官が物言いたげに教会長を見やる。
「大丈夫、助けは不要。スタンレイ君は強い。学園で鉄壁のガーディアンと呼ばれた男です。それにかれには神のご加護と使命がある。死にも死なせもしません」
拙い探知で探ると教会裏の崖近くにいるようだ。周りに数名。殺気しかない。
これは手加減したらダメなやつ。気配を殺しながら足を速める。
「頼むぞスタン」




