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生徒ファーストでありつつ決してそれを口にはしないぞと決めたものがある。
いわゆる「お前の為だ!」ってセリフだ。
前世今世合わせて、それを言ってる人が本当に「◯◯の為」を思ってるかっつーと……、一度か二度しか心当たりがない。
自分の世間体や評価が先に来てたり(教師や上司、親の立場にいると陥るやつ)、だいたいはそいつの主観なんだもんよ。
そう、タチが悪いのは本当にそうと信じてる場合。オタクの布教で気をつけるポイントでもあるな。
この作品は素晴らしいから見るのはお前の為なんだ! と心底思ってる場合、強要してるとは露ほども考えない。こういう行為を布教とはよく言ったもんだよ。オタクの端くれとして気をつけよー。
あと、「なんでお前はそう◯◯なんだ」も言いたくない。
この場所で俺は、俺がして欲しかったように子どもらに接していく。そんな予定だ。
誠実に、重過ぎず、情熱を持って。教師に憧れたこともあるが残業時間外お構いなしのあまりの激務にビビって断念してしまった。
従兄弟のあれはかなり最悪の部類に入るに違いないが。
悪質モンスターペアレントに病んで休職したケンジ兄ちゃんはどうしてるだろう。元気だといいな。
食とマンガを通じてちょっぴり仲良くなれたと、そう思っていた。
だが俺は甘かった。そう簡単に解決する人間不信なら、修学院に来る必要はないのに。
あまりにも楽観視していたんだ。
「………お、れが、襲───?」
けっこう話せるようになり、漫画を手伝ってもらう予定を立てたりと近づけたつもりのディー。そしてキース。
その彼らが、教会長に俺を告発した。キースを襲おうとした、との内容だ。
何も知らずに呼ばれた俺と入れ替わりに部屋を出るディーからは冷たい視線、キースは俯き目を合わせてくれなかった。
「教会長! お、俺はやってません! 大事な子どもを襲うなど」
「分かっています。スタンレイさん、あなたは結構好かれたんですねえ」
「は?」
何を言ってんだこの人。
「彼らは裏切られたと思いこのような愚挙に出ました。幾許かの信頼を得て、誤解であれそれを裏切った結果、失望が大きいから仕返しもこうなる」
これまで教師を陥れる罠は可愛いものでしたと笑う筋肉ダルマ教会長。
「あなたにそれだけショックを与えたかった。期待させて信頼させて、傷つけられたから。あの子らにすれば正当防衛なんでしょう」
傷つけられたから傷つけ返す。正当な行為だが残るのは傷痕だ。
「「なんで俺がこんな所に突っ込まれたクソガキの世話をしなきゃならない!」「俺は騎士になるんだ! ガキなんか知るか」「騒ぎでも起こしてクビになってやる!」「厳しく鍛錬してやるからな! そうすりゃガキが早くクビにしろと騒ぐだろ」───覚えはありますか」
到着早々、スタンレイが礼拝堂で騒いでた時の事としか思えない。
「被害の告発よりも長くその言動を指摘されましたよ」
「───感情に任せてしまい、反省しています。申し訳ありません。混乱していて……」
俺のなかのスタンが後悔していた。ほぼ存在しないが、慕ってきた者は可愛がる奴だったから。馬は大事にしたし、こっそり角砂糖や林檎を与えてたから好かれてた。
礼拝堂で暴れてた折は「スタンレイ」の意識しかなかった俺が謝るのも納得はいかないが、仕方ない。
あの暴言を誰かが聞いていた、もしかしたら再現魔法か録画的な魔法があったのか。
おまえ……、いやもう仕方ないけどなスタン、もっと反省してどうぞ。
みんなある程度は俺に近づいてくれていた。その分、大きく裏切られた気持ちになったに違いない。
誰かひとりは最初から知っていて、今になってあの暴言をみんなに教え、狙って反抗を呼びかけたわけだが。計画的だ。
だけど他の子はショックだったに違いない。
分かるんだよなあ。信頼して裏切られる辛さ。
同人誌には余部というのがある。
100部印刷を頼むと、その数きっちり刷れるわけでもなく半端が出る事が多い。それを印刷所の厚意で付けてくれたりする。
俺はだいたい発注部数100で、数部から時には二十部近くがつく。
あるイベントでどうしても朝から会場入りができず設営を友達に任せたことがあり、もちろん謝礼と菓子を渡し礼を言った。
だが友達が余部数をごまかし、十数冊の売り上げを懐に入れていたのが発覚した。
発注数+余部の数字を箱に書く会社だったので、聞いてた数違うな? と思って何気なく尋ねたら途端に慌て出した。
金額にして一万ほど。ゲーム課金し過ぎて小遣いが足らなくなりと言っていた。
俺アラフォーリーマン、友達大学生だが同人仲間になると年齢を超越する友情が生まれる。
俺をBL描きにさせようとした女性は二十歳で、すごく仲のいい人は十代と五十代だというし。萌えさえマッチすればOKな同人ではよくあるんだ。だから色んな人に会えて楽しい。
俺も、歳の離れたその友達がとても大事だった。
呆然としていたら、一部始終を見ていた常連さんが友達に返金させスペースから追い出して、俺に缶コーヒーまで買ってきてくれた。
「勝手にすみません、けど好きな作家さんがこんな目に遭ったのファンから見たら悲しいので、手早く片付けてしまいました…」と謝られてしまった。
売り切りで在庫を持たない主義なので余計にやりやすかったのかも。在庫管理必要ないからな。
同人で仲良くなったので趣味も合うしよく遊びにも行った。大人になってからできる友人は貴重だと嬉しかった。
───それからは音信不通になり交友は途絶えた。
そいつのかたちをした心の傷は長く疼いた。楽しい思い出が痛い。裏切りが悲しい。好きだった作品も奴との思い出が伴うので辛くてしばらく観れなくなった。
俺が社会人の財力を見せびらかす真似をしたのだろうかと自責の念も抱いた。
真偽はともあれ裏切られたと彼らは感じている。スタンレイの、いや、俺の軽はずみな言動が原因だ。
繋がりはまだ不確かだが、俺は生徒たちを気に入り始めていた。仲良くなりたかった。
いま後悔しない為、俺は子どもたちに何をすればいい。
「辞めますか」
自室で唸っているとディーがやって来た。
「……辞めない」
まだ、やりたい事がたくさんある。変則的だが教師になる夢を異世界で叶えられそうなんだ。
冷たい目を向けてディーが口を開く。
「いらないんですよ、大人への半端な信頼なんて。もしあなたを信じて、同じように他の誰かを信じたくなったら? ───、そこで終わる者がここにはいる。何がって? 人生ですよ。そうしたらあなたは殺人の共犯だ。ここに残るなら適当にやるがいい。余計な真似はするな、私たちを変えようとするのはよせ」
まだたった十三の子どもがしていい表情ではなかった。日本じゃゲームやアニメ、スポーツに弾ける笑顔を見せる年頃のはずだ。
放たれた言葉は重い。彼らの置かれた境遇は俺の想像を絶するものなんだろう。
それでも。
「───嫌だ」
「では追放で」
「嫌だっつってんだよ!! 俺はおまえらにガッツリ関わるぞ、誰も死なせたりしない!」
「……最初とは随分と態度が違いますね」
想像していた通り、ディーが暴露した当人のようだ。告発も彼の指示だろう。
俺の出方によって、残すか追い出すかを見極めてた訳だ。あの醜態を見られてたなんて気づかなかった。
たぶん俺が思いの外、彼らに好意的に受け止められた。それがディーを刺激したんだ。
だが動機は結局みんなを守るため。いい奴じゃないか。
「明日、朝イチの授業時間に教室で皆に話がある。全員が揃うまで始めないから」
「まあ、話くらいは聞いてもいいでしょう。あなたの評判を聞きあの暴言を目の当たりにし、私は期待してたんです。さぞ無能でやる気もない人物だろうと。明日からでも頑張って大人しくして下さいね」
「ご期待には沿えないが頑張るさ」
この閉鎖空間で情報が入るのか。ホント何者なんだか。




