STAND BY ME 〜前編〜
改まって結婚の話というから、てっきり義父と正式に縁を結ぶのだろうと思っていたのだが。
「元カノ、ですか……?」
「一時期留学してきていた隣国の第三王女だ」
王太子である十ほど年上の甥が頷く。実質は王なのだが、即位すれば行動制限が多いので自ら留めている。次代に遺恨を残さないためにも問題はあらかたここで叩いてしまうつもりでいるという。
激務に疲れてはいるが相変わらず麗しい。自分と似ているので褒めるのは躊躇うが、過剰に謙遜する気はない。
過酷な人生を送っていた割には表情が柔らかい。歳の分だけリヒトよりも隠すのがうまいのかも知れない。
縁談はジルベルトの現状を踏まえた上での申し入れだという。あちらは離縁したところなので、貰ってくれるだけで有り難い筈だ。
まだまだ男尊女卑の残る国柄なので、いかに優秀であれ離婚歴ある王女を王室に置くのは体裁が悪いらしい。
「別に断れない話じゃないが条件がどれも美味しいんだ。前々から狙っていた、港湾の使用条件が破格で」
「……父上はどうするんです」
「次代は伯父上の子息だとあちら側に伝えてあるし、シャンドラ王女は寛大だ。選択権はスタンにある」
「あなたは、王子でありすぎる」
最近、義父がぼうっとする時間が長いのはこれかと得心がいく。
公認の愛人か、もしくは別離か。スタンレイの答えこそジルベルト次第だ。
「きちんと伝えたんですか。誰よりも何よりも大切なのは、と」
「だってそんなの卑怯じゃないか」
リヒトを遮りジルベルトが薄らと笑む。
「何より君が大事だけど優先するのは国益だと? その言葉は答えを誘導する」
〝キングメイカー〟ジョシーの選択は正しい、とリヒトは思う。いっそ悲しいほどにジルベルトは玉座に相応しいのだ。心のまま生きる術は既に失っている。スタンレイとの関係がイレギュラーなだけで。
全てを飲み込み受け止めた時に見せる微笑みさえ王の証だ。
別邸が敷地内に完成し、アーサーはそちらに移っている。屋敷にはリヒト、ジョシーにルー、ハリー、リン。
ハリーはノームコア家に招かれたりグルメレポで遠出したり留守も多い。歌劇団の作詞の見事さから、その関係の仕事も増えた。
リンも魔国に行ったりアクセサリー工房を立ち上げたりと忙しい。更には独自レシピを考案し本を出している。料理の才は俺を遥かに上回る。
そんな感じで今いるのはリヒトとルー。ジョシーは疲れたから寝るとのこと。
「ジョシーはデートだったからなー」
ふたりにルベルの話をした。表情からしてリヒトは知ってたな。
「俺は別れたくないが……王女がなあ」
「あれ、心の広い人じゃないの」
「俺に関しては全然」
当時はよく睨まれていたが、俺が離れてもまだ安心できたのは優秀な魔術師のあいつが護ってくれたからだ。
「……王子、ですからね。秘匿事項ですが」
「は? どゆこと?」
さすがリヒト、よくご存知で。
「幼少期の熱病で子種を失った。あの国は王族のお披露目が七歳です。それまで存在は隠され育つ。だから性別を誤魔化せた」
「なんでそれで女だってことに」
「男の役目を果たせない者が王子なのは許されないそうで」
「王族ってどこもクソだな」
ルー、俺が言わなかったのをわざわざ。目の前のヤツは王弟だからな?
「同感です。有能でもロクな事をしないのが多い。殿下はたまたま王太子になれましたが、レアケース。出来る人間はヘルマン異母兄上のように隠棲するのが生き延びるコツです」
だいぶ話が逸れた。
以前の俺は、王族の純潔の枷が異性に限るとは知らなかった。だが色々と知る今なら断言できる。
ルベルの初めての相手はシャンドラだ。
学校が違うからそう会いはしなかったが、一時期やたらマウント取ってきた理由はこれだった。得意げな中に不満を覗かせる表情になんだコイツと思っていたものだ。
今更ショックは───、正直あったけど。
今回の申し入れは、満を持してルベルを手に入れに来たものだ。
一度目の婚姻は完全に政略のみで自らの力を高めるためだろう。当然白い結婚。
シャンドラはルベルを愛している。奴が俺の存在を認めるとは思えない。承諾したところで、会えないスケジュールを組むかもしくは会えてもルベルの状態はお察しな感じだろう。
「父上、まさかこのまま引き下がるつもりでは」
「ルベルと一度、腹を割って話さないとな」
婚姻は強制ではない。ただ条件がすごくいいと言っていた。
愛してくれているのは疑う余地もない。だが王太子としてルベルが考えることと併せれば、天秤の傾きが分からない。
「訪問の是非を伺う先触れがあったぞ、義父殿」
四天王の三人目は勝手に執事のように振る舞い始め、いつの間にか居着いた。四天王って閑職なのか。仕事してるから給料払うけど雇うとは一言も言ってないぞ。
四人目もなし崩しになるのか? 俺のハゲを願ってた奴。
「うちに先触れって初めてだぞ、誰?」
「スーラバヤ国の第三王女と名乗る男の使いだ」
魔族には当然バレてるんだな。って何しに来るんだよ。来てるのかよ。会いたくない……。
そう思ってたのに来やがった。
「相変わらず凶悪なツラしてんのね、あー怖い怖い」
ルベルのやってた女の真似はコイツ基準。コレを思い出すから正直嫌だったが、ルベルの思いを汲むとそうは言えなかった。
少しでも継承から遠ざかるための手段のひとつ。あいつがしてると可愛かったがコレはなあ……。
「てめえは相変わらずキメェな! 女装だってバレバレだぞ、ルベルの目が腐るからもうやめろ」
「我が国の秘匿事項バラすんじゃねえ! だいたいオレの女装は美しいだろうが目医者行け! 斬首だ斬首」
「鏡見ろや。あいにく俺の国は麗しい王太子が統べる素晴らしい国なんでな。てめえに首落とされる謂れはねえ。キモいオカマはお呼びじゃねえわ」
「不敬罪だ!」
「お父さん、ケンカしてるの?」
あ、リンが来てしまった。教育に悪いな。昔からこんな感じだからついつい。
「あら可愛い」
「リン、見ても相手してもダメだ」
「うっせえな凶悪ヅラ。リン君ね、あたしはシャンドラ、ジルの親友よ。仲良くしましょ」
「もうケンカしない?」
「……ケンカじゃないのよ、本気じゃないの。挨拶みたいなものだから」
いや心から言ってるけど。お前もだろ。
「僕はリーンハルト・ディスティファニア・ジーン・フォーサイス。魔王だよ」
俺の提案で両親の名前を入れた。前魔王が喜ぶかなと思って。リンの件で揉めたこともあるが、今じゃいい飲み友達だ。
「魔王様にお目もじ仕り光栄至極。わたくしはスーラバヤより参りし───」
「やめろ、普通に話せ。リンが困ってる」
リンが名乗ると邸のどこにいても飛んでくる三天王が後ろに控えている。水戸のご老公じゃないんだから。
「で。喧嘩売りに来たんだろ」
「違うね。勝利宣言」
あーやっぱ喧嘩じゃねえか。
「ルベルが一番大変な時にいなかったくせに」
「オレは国王を抑えてたんだ。大変だったんだからな!」
シャンドラに似て阿呆で好戦的な強欲王だ。こちらがごたつく気配に付け入る気だったんだろうな。
「ジルがいなくてもあちらにはドラゴンスレイヤーの勇者、頭の切れる王弟や王兄がいる。国取りは容易じゃないと主張し続けた。決定的なのはリン様の存在と、他に先駆けた魔国との友好条約だがな。国民向けには、戦争になればアルテラ国からの文化が入らなくなると喧伝したら一発だ」
マンガに怪談。歌劇は海外公演をしているし出張お化け屋敷もある。元宰相のマ、…メ? イヤーさん? を代表に会社を設立したので俺らのやることもかなり減った。
出版部門に芸能部門、ハリーを顧問にレストランやカフェ事業にも参入している。
俺の漫画を読みインスパイアされたとデザインを始めたアデルの母君カトリーヌさん。共同でデザインのアイディアを出し合いブランドを立ち上げたばかり。
ゴスロリ甘ロリのテイストを入れたドレスは早くも人気だ。大人の女性向けには初期のシャネルを意識したスーツやワンピース。
キースの嫁さんのユージェニーにそちらの広告塔をお願いしている。
ユージェニーとエレーナのウェディングドレスも担当させてもらった。体の線を生かしシンプルながら美しいマーメイドドレスはユージェニー、長いトレーンにレースを重ね使いした可愛らしく華やかなのはエレーナに。
もうじきアーサーの結婚式がある。
レシピ登録などの権利部門には大変お世話になっている。新しい料理を作るとそのまま直行だ。文句を垂れつつ舌鼓を打つ社員は優秀な者揃い。ヘルマンさんの人脈です。
「だからよお、大人しく身を引けや。ジルはオレが幸せにしてやるから」
いかん、現実逃避してしまった。
「てめえに指図されてたまるか。つうか子どもの前でその話はやめろ」
「え、ジルはお父さんの伴侶でしょ?」
「リン、この野郎と話があるからおやつ食べておいで。シュークリームだぞ」
「……大人の話だよね、分かった」
不安げなリンを宥め応接間から出てもらう。ぞろぞろ着いていく三名。
気の利くメイドさんがお茶の用意をしてくれてしまった。コレには水でいいんだが。
「これがシュークリームか、うまいな」
「遠慮しろ、食わんでいい」
「オレが最初で最後の男って訳だ。間に邪魔なお前が挟まっただけ。ジルの後ろ盾にスーラバヤがつく。頭の悪いお前でもどうすべきか分かるよな」
「後ろ盾なら魔国で充分。俺とルベルの問題だ、口を挟むな。話がそれだけなら帰れ」
「言われなくても帰るさ。オレは王宮に滞在するから口説く時間はたっぷりある」
「余計な話でルベルの時間を無駄に使わせるんじゃねえ。死ぬほど忙しいんだぞ」
「根回しもするしな。まあ見てろ」
今すぐ斬り捨てたい。ダメかな。真面目に考えるのを脳が拒否する。
俺たちはもう、駄目なのか、ルベル。




