恋の墓守
※これまでと毛色が違います。義父への片恋。無理な方はバックを。
恋をしている。
夜ごと私はその恋の墓標を建てる。
朝陽に照らされそれは儚く崩れ去り
甦った恋はこの身を苛む。
そして夜の帳が降りれば私はまた、
産まれた恋を殺しては弔うのだ。
ディートリヒト・フォーサイス著
「墓荒らしの墓守」 序章より
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「ポッポー先生、いえ今回は本名で出版でしたね。フォーサイス先生の新作が小説とは驚きでした」
新刊に際して新聞社のインタビューを受けている。数々のマンガを出し続けているが、小説を書くのは初めてだ。
「色々なジャンルに手を伸ばしますが、今回は内容的に小説が妥当だったのです」
だって小説には筆跡も筆圧もない。隠しても零れ落ちるような証拠はない。ペンの癖に、キャラクターの動きに、知られたくない想いが投影されてはいないかを恐れる心配はないのだ。
ただ無機質で整った活字はかれを落ち着かせる。感情を分析し、単語に当て嵌め、分解して再構築する。より適切な言葉を選び言い回しを工夫して。
マンガなら構図やコマ割りが同じような作業だ。その時点で消化されるものもある。
だが「昇華」はいまだ難しい。
「これまでのマンガでは恋愛は主題ではありませんでしたね。今回は初の小説、初の恋愛物語。何か心境の変化がありましたか」
「恋愛、でしょうかね。妄執な気がします」
恋をしたのか、と遠回しに尋ねられはぐらかす。個人的な件に触れられる取材を嫌うのを、出版関係者はよく知っているのだ。
恋ならばずっとしている。
それを抑えるための執筆だ。
陳腐な片恋の物語。叶わぬ想いを抱えて生きる哀れな女。
悟られないよう主人公の性別は変えた。
「ただ、そうですね。私はエンターテイナーを貫いてきました。だがこの小説は、いわば屑籠。ただ感情の赴くままを吐き出した未熟な作品です」
報われぬ恋の存在を肯定してみせたのはほんの出来心。
「リヒト、」
帰宅して居間で次のマンガの構想を練っているとスタンレイに声をかけられた。
いつからだろう。この男を、歳上の甥の伴侶を、義理の父親を。
かわいらしいと。
いとしい、と。
抱きしめたいと。
抱きたいと。
「読んだよ」
スタンレイが珍しく静かに横に座る。
「辛い恋なのか」
ええ辛いです。そう告げてしまえればいいのに、口は動かない。
「創作は消化であり昇華です。私は創作者として生きる。経験は強みに、奥深さに。全ては糧になる」
いつもより優しく頭を撫でられる。前は向いたままスタンレイを見ない。目が勝手に想いを語らないよう。
「おまえは強いよ。だがその強さで自分を追い詰める」
撫で続ける温かい手のひらに神経を集中する。温もりを覚えていられるよう、覚えたくない温度を追い続ける。
「いつでも俺が聞くから。折れる前に頼ってくれな。気分転換にみんなで旅行はどうだ。全員は無理かもしんないけど」
残酷な優しさがこの身を削る。あなたにだけは言えない、そう叫べたら。
自らは触れない。そこから何かが溢れてしまいそうで。
ただ温もりを待ちながら、触らないでほしいと願う。期待は甘やかな毒だ。少しずつ侵食していく。
ハリーは知っている。だが何も言わない。慰めも励ましも止める言葉も。
それが赦しのようでリヒトにはありがたい。おそらくジョシーたちも分かっている。
他のみんなに発覚しても軽蔑はされないと思う。だが「無理だから諦めろ」とは言われるはずだ。アデルが真っ先に、そしてキース。アーサーは戸惑い。リンは?
分からない者には分からない。埋まらない深淵を持つ人間でないと。或いはハリーのように、静かに心に寄り添えるもの。
アーサーやリン、キースも肉親を亡くしたが彼らの気質は陽だ。愛された思い出を強さに変えられる。自らの一部を昏い淵に置き去りにしたリヒトとは違うのだ。
ジョシーとルー、自分、それからジルベルト。命を狙われ失い続けた者に共通する心の穴。代わりに亡くなった動物や自分を守って逝ったひと。もう戻らない、なんてこともない宝物。
決して忘れられない、忘れてはいけない記憶。
それを癒す力がスタンレイにはある。忘却によってではなく、失ったものとの温かな日々を思いださせてくれる。強引に陽だまりに引き摺り出し、悪びれず笑う。
だからいつの間にか惹かれていた。鈍いくせに時折、心のひだにそっと触れてくるかれに。馬鹿みたいに底抜けに優しい義父に。
「ここにいるのに誰にも気づかれないのかもな」
怪談本にあった一編に対してかれが言った。自分がどんな顔をしたのかは分からない。だが一瞬固まってから唐突に頭を抱き締めてきたことで、だいたい想像はついた。
ここにいない自分を引き戻すように。
存在を思い切り肯定するように。
まだかれより背が低かった頃。想いは曖昧でかたちは定まっていなかった。
そのままでいられたら良かったのだろう。幼いまま、羊水のような温かさに浸っていられたら。
それでも結局、愛したのを後悔はしない。
出版社から届いた真新しい本を手に取る。
「崩れかけの墓標を」と表紙はジョシーに依頼した。新しい技術を取り入れて刷られたそれは美しい一冊だ。
リヒトにとっての墓標。活字の詰まった本は恋捨てには適している。
小説を読み終えたハリーは、リヒトを向いて少しだけ肩をすくめた。
ジョシーは装丁の苦労に言及しルーは作中のちいさな謎に拘っていた。
かれらの気遣いが胸に沁みる。リンにはまだ早いだろう。
甥っ子は───、かれはどう思ったろう。
「この恋を殺し続けるのは私。
けれど墓を暴き残骸をかき集めては
甦らせるのも、同じ私だ。
希望にすがる、私の絶望。
あなたという太陽がある限り
私は何度も何度でも繰り返す。
この恋は、わたし。
落日と共に死ぬのもわたし。
生きようとするのも、また──、」




