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「なんだろな、あいつ。俺たちとそんな変わらないくらいの歳で院長とか訳アリか」
「他に行く所もなくコネでなったに違いない。笑顔が凶悪だし絶対問題児だ」
夜の集会室。スタンレイを決めつけで貶すキースとマディだが、およそ真実しか言っていない。
一生懸命に笑みを作っていたが逆効果だったと当人が聞いたら涙目である。
「前任は一カ月だった。あいつどうだろな」
「───」
最年少のリンはマンガを読んでいて答えはない。
「お前はどうだ、ギル」
「───」
ギルと呼ばれた少年は、ふいっと席を立って行ってしまう。
「なんだよあいつ、相変わらず無愛想だな」
「あ、あのさ、嫌がらせは良くないよ。院長がいないと教会長様が大変だし」
「黙ってろ、ジョーイの意気地なし」
「でも、王国史面白かったよ……」
それは確かなので二人も何も言えない。ディーとハリーは自室へ戻っている。
二人一部屋を与えられていて、余ったディーだけが個室だ。
「また別の読みたいから、誰かお願いしてほしいな。僕は怖いから嫌だけど……」
「毎日一冊読ませてくれりゃ少しは認めてやってもいいけどな」
それはスタンレイ過労死待ったなしである。
深夜、教会中が寝静まる中、院長室に音もなく忍び込む者がいた。
執務室を通り抜け寝室へ向かった侵入者は
ベッドの脇に立つと、小型ナイフを振りかざす。
突き刺さるかという瞬間、横に転げ避けたスタンレイにその手を捕まえられた。
「あれえ、避けたの。割と優秀だね」
暗い目をしていた筈のギルが明るく言い放つ。
「……お前は誰だ」
「もうボケたの? 昼に聞いたろ」
「中身が違うだろ、ギルはどうした」
「ふーん、そこまで判るんだ」
漂わせる気配が全く異なる。双子と言われたら納得するだろう。
「おまえがギルを守ってるんだな」
「まずひとりの人間として対したいから、資料はまだ見たくない」
かれの申し出に、一人分だけは読むのを条件に教会長は頷いた。
「この子は常に危険に晒されていますので」
資料に目を通し、知り得たギルの凄絶な人生に言葉もなかった。自分を守る人格が生まれるのも当然の帰結と言えよう。
とある家系には特殊なスキルが継承される。直系のみでなく傍系にも顕現の可能性はあるが、継ぐのは一人。
当人が亡くなるまで次は現れない。
ギルは傍系も傍系、末端の男爵家に生まれ能力を引き継いでしまった。両親は子を守ろうとその事実を隠蔽したが、継承者を探す本家の前には無駄な抵抗だった。
初めは正面から申し入れがなされる。子を渡せば親には莫大な金が入る、と。
撥ねつけた一家には暗殺者が差し向けられ、食事に毒が仕込まれる。馬に薬が盛られ馬車には仕掛けがされた。
使用人は買収または脅迫を受け敵に回り、母の孕んだ命も産まれることなく奪われた。
ギルは自分を差し出すよう懇願したが両親は聞き入れず、一通の手紙を認める。
旧知の教会長へ向け、全てを詳らかにし息子の保護を願うものだった。
教会長が急ぎ向かった家には両親の無惨な姿。ギルはかろうじて隠れおおせていた。親が予め用意した、呼吸できる管を通した肥溜めの樽で三日三晩を過ごしたらしかった。
本家以外に生まれた継承者はこれまでも抹殺されてきた。
『本家に戻るまで、殺し続ける』
当然のように繰り返される殺戮。
資料を読んでからずっと、前スタンレイが激怒していると感じた。自分を殺させて終わりにしようと言わざるを得なかったギルの気持ち。息子に言わせてしまった親の心境。無惨に殺された父と母。ギルの居場所を聞き出そうと拷問を重ねたと想像のつく、ファイルの遺体描写。恐怖と哀しみを抱えて肥溜めで独り過ごしたギル。
かれ自身は心底冷え切った怒りのなかにある。その畜生貴族は何としても滅ぼそうと心に決めて。
「何故そんな非道が罷り通るんですか」
「……お恥ずかしいことに私の家にも関わってくるのですがね」
教会長の家はかなりの高位貴族だろうと予想できた。
「この能力の中身を知るだけでも危ない。だから詳細は説明しません」
お互い譲歩し、手を離しナイフを退き話し合いの態勢に入った。
「優秀なアンタはギルの敵?」
「なら警戒される前に実行してる。違うか。おまえだって本気なら毒を使うだろ」
「……どこまでやれるか、試したかったのもあるよ」
「俺はただの雇われ院長で、院生を守るのも仕事のうち。つまり敵じゃなくむしろ味方。お前もまあ、一人でギルを守ってるなら大変だったろうな」
「……ギルを狙って来たんじゃなきゃいい」
ナイフを仕舞いながら少年が呟く。
「守るよ」
肩を竦め答えないのは期待をしていない現れだろう。
「まず名前を教えろよ。ギルって呼べないんだから」
「名前なんかない」
「便宜上で構わない」
「じゃあルティで」
「物騒な真似はよせよ、反撃しかけた」
避けるより湧き上がるスタンの殺意を抑えるのが大変だった。
「力量差を把握できない時は挑むな。鍛錬で色々教えてくし」
癖なのかルティがまた肩を竦める。
「ギルは自信が全然ないから体も動かない」
「そうか。じゃあまず俺を信じて貰うしかないな」
「ん?」
「自分で肯定できないなら、まず信じる相手からの肯定に慣れさせる」
明日からの課題はこれと決めている。
「そう簡単に信じれるかよ」
「別に全面的にとは言わない。鍛える目的なら俺が強者だと判らせりゃいい。強さを信じさせる。そういう部分的信頼だ」
他人への信頼が底をついてる相手に媚びやご機嫌取りは論外。マンガはコミュニケーションツールの一部と考える。
スタンレイは出来ることを楽しんでやるだけだ。
「という訳でよろしくな、ルティにギル」
「……まあ、短い間だろうけど」
「ルティも来られる時は話しに来てくれ。皆に警戒されて寂しいんだ」
「変なやつ。───あ、そうだ」
「ーーーー」
急に近寄ってきたルティが耳元に囁きを落としてきた。咄嗟の事だったので全て聞いてしまった。
「っ、おまえ!」
「あはは、保険ー。これでセンセーも他人事じゃないよね」
教会長曰くの〝能力を知るだけで危険〟な話を不可抗力で聞かされてしまう。
(たしかにこれは。待て待て、それじゃ教会長の家って)
「おまえたちが襲われたら俺に振ってなんとか逃げろ! ギルや生徒に何かあれば暴露するって言ってると」
「あれ。怒んないの」
「怒るかよ、いいか、全部振れよ。おまえらだけで対処するな」
「ま、その時に決めるし」
なんとも寝つきが悪くなる話を聞かされてしまったものだ。