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転生オタクの落第騎士、異世界フリースクールの院長になる  作者: 沓子
第三章

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20/32

3ー6





 自分を殺して生きるなんて慣れていた。


 窓の外は長閑な風景が広がっている。醜悪なこの館にはそぐわないな。

「やっと手に入りましたよ、殿下」

「そう、良かったね」

 外に目をやったまま答えた。単純に羨ましい。自分には無理だから。

 顎を掴まれ咄嗟に振り払う。

「王子には婚姻まで魔法で貞節の枷がかかっていると知ってるだろうに」

「もちろん。だからこそ愚かな弟王子たちも種を撒かずに済んでいますから」

 顔を近づけてくるプラントに冷ややかな視線を向けたが、喜ばせただけだった。

「どの辺りまで可能か探るのも楽しそうだ」

 舌舐めずりしそうな様子でジルベルトに手を伸ばし、触れる寸前で鞘のまま突き出された剣にたじろいだ。

「っ! なんだ貴様」

「枷の一部ですよ」

 護衛の騎士が飄々と言ってのける。



 枷なら既に付いていると自嘲気味に思う。子爵から贈られた美しい装飾のチョーカー。魔法で逃げられては堪らないと装着を強いられている魔封じの道具はプラント以外に外せない仕様。

 まさしく出荷された家畜だ。



「ふん、まあいい。婚姻後は隷従のアクセサリーをプレゼントしますね。淫紋も彫り師の手配ができている。頑ななあなたが涎を垂らし股を開いておねだりをする───、想像だけで達しそうだ」

 怒っても怯えてもこいつを悦ばせる。無表情を貫くだけだ。

「結婚祝いのパーティー、十数名ほど参加予定です。頑張ってくださいね。殿下の同窓生も数人おりますよ、とても楽しみだと。招待するには少し若すぎるのですが、旧交を温めるのも乙ですから」



 参加希望しそうな面子が浮かぶ。ジルベルトに絡んではスタンレイに追い払われていた奴、自分なら守れると言い寄ってきた奴。さぞかし高い祝儀を払うに違いない。

 観客の前でこの男に抱かれ、その後は全員の相手をさせられる。いつまで壊れずにいられるだろう。




「土下座して頼めば貴様も加わっても良いぞ。どうだ」

 現在仕える騎士は無口なので、ジルベルトもあまり話した事はない。敵なのか味方なのかさえ不明だ。ただ、食事の際に何度か魔法の気配がしたので助けられているのかも知れない。

 子爵の軽口も無言で流すかと思われた。



「子爵、あなたはフェンリルの尻尾に、ドラゴンの逆鱗に火をつけたのですよ」

「なんだと」

「恐ろしい者を、者たちを怒らせた。すぐに命を絶つ方がましな程に」

「ぶ、無礼な!!」

「どちらがです。この方は第一王子で私は伯爵。爵位の低いあなたの方が余程無礼だ」

「その若さで伯爵? 嘘つきめ、そんな奴はおらん!」

「実家の持つ爵位を先日譲られました。父は公爵ですよ」

「……ベルガーか」

「な!?」

「さすが殿下はよくご存知で」

「継承に関する書類を見た」




 表向きは港を持ち交易を手広くしている裕福な有力貴族。そして秘されてはいるが諜報、謀略を担当する家だ。王妃には彼らを扱う権限がない。王家の血が流れる者にしか従わないのだ。

 子どもらは出自をすぐには知られないよう、母親や親戚の姓で生活している。



 言葉に詰まり、プラントはこそこそ退散して行く。

「君はたしか、見習い時代のスタンの同級だったか」

「はい。シュバルツ・スタイナーです。あなたのことを王兄殿下──ヘルマン公爵に頼まれました。」

「伯父上に……」

 昔から可愛がられていた。数年前に突然教会に入り宰相と共に地方へ移り住んだ伯父。



「話せないけれどこれは神のご意志なの」

 置いていかれた叔母は迷いのない瞳をしていた。

「ずっとではないのよ、だから大丈夫」



 神は信じない。神がいるなら、何故ギルやジルベルト、キースやディートリヒトのような思いをする者がいるのか。

 スタンレイへの理不尽は何故正されなかったのか。

 それでも、ほんの少しの猶予ができた事に安心している自分がいた。



「くそっ、忌々しい……」

 シュバルツに軽くあしらわれたプラントは苛立っていた。

 だがもうじきに全て手に入ると自らを宥めていたところ、ノックの音がした。

「なんだ」

「前侯爵夫人がお見えです。たいそう腹を立ててらっしゃって」



 彼女から齎された情報に、プラントは慌てて早馬を立てた。なんと幸先の良いことか。王子を手に入れたばかりか、王妃様が探し回る連中が懐に飛び込んできた。

「王子と親しかった邪魔者か。死なない程度に痛めつけ私の披露宴に観客としていさせるのもいい。ジルベルトはきっと泣いて嫌がりながら淫紋に逆らえず乱れるだろう。なんと素晴らしい余興か」

 醜悪な笑みを浮かべ、プラントはジルベルトの部屋へ取って返す。




「あなたの親しいご友人が近くに来ているようで」

 顔色を変えたジルベルトに満足げに言い募る。

「私たちの披露宴まで滞在してもらいます。殿下も嬉しいでしょう?」

「──────」

 無表情を装っているが血の気がひいている。プラントの思惑が正しく伝わったようだ。

「……かれは招待を断るだろう」

「あなたの晴れ姿を是非見ていただきますよ。見るだけ、ですがね」

 しくじった、と内心でほぞを噛む。ここはアデルの実家の侯爵領で、旅の途中に立ち寄る可能性はあった。危険から遠ざけるなら話すべきだった。

 けれどどうしても言い出せなかった。

「失礼してかれを迎えに行って参ります。では後ほど」




 嫌だ、何でもするから止めてくれと縋りそうになる。卑しい姿をかれに見せるくらいなら死んだ方がましだ。あの下劣な子爵はスタンレイが暴れないように、痛めつけるか薬漬けにする筈だ。

 それだけは避けなければ。

 だが懇願すればするだけ子爵が逆をいくと分かっている。どうすればいい。



 今はただ、かれらの力を信じるしかない。子どもたち全てを把握している訳ではないジルベルトは不安で押し潰されそうになる。

 頼りなく丸まった背中を、護衛騎士シュバルツが無言で見つめていた。






 邸の周りには田園地帯が広がっている。知る人ぞ知る子爵の遊び場。あの祖母の代に別荘を置くのを許されたらしく、アデルの両親はきっと詳細を知らない。



「庇う者が多く尻尾が掴みにくいです」

 離れた森から眺めれば、隠れる場所があまりない。

「バリバリの王妃派かつ、いかがわしい遊びの好きな重鎮の弱みを握ってるからな」

「ハリーは使えません……。まともな神経の人間には負担が大き過ぎる。口にするのも憚られる所業だ」

 それをどうやってか知ったおまえが心配だよ。ハリーがいれば心強かったが、ディーがちゃんと思いやり線引きをしてるのが嬉しい。

「大丈夫か、ディーは」

「王族ですからね」

「……ルベルを助け出すのにおまえたちが傷つくのはだめだ。約束だぞ」



 その時、森のなかから蹄の音がしてきた。見れば誰かを抱えている。あれは。



「エレーナ嬢!」

「姉上!?」



 俺たちがいるのが意外だったようで焦りを見せた黒づくめが馬を止め開き直る。

「っ、仲間がこちらに来ていたのか。武器を捨て跪け! さもないと女を殺す!」

「先生、圧縮を」

「ダメだ、エレーナ嬢が落ちる」

 キースを押し留めるが方策が浮かばない。



 不自由な格好で首をあげ、エレーナが男に向かって叫んだ。

「ドワイエの女を舐めないで! 助かるために人を犠牲にするならここで死ぬわっ」

「そうか、なら死ぬより辛い思いをさせてやる。治癒の効かないこのナイフで顔を切り裂いてやろう」

 洗濯機は巻き込んでしまう!! 



「っ、な、──い、痛っ……!!」

 ザシュッと音がして男が馬から転げ落ちる。一緒に落ちると思われたエレーナを抱き留めたのは。

「……アーサー!」

「エレーナさん、大丈夫?」

 瞬時に二人まで辿り着き男の腕を斬ったのは、頼れる長男だった。



「あ、アーサー、さま」

 エレーナの身体を抱いたままアーサーが跳躍する。

「ごめん、あまり血を見せたくないから少し離れよう。ディー頼む!」

 すかさず駆け寄り男を縛るディー。



 俺たちのいる場所に下ろされたエレーナは腰が抜けたようになっていた。アーサーが華奢な体を支えている。

「助かったアーサー!」

「エレーナさんが部屋から攫われて、追ってきたらここに」

「アーサー様……、ありがとう、ございます」

「格好よかった。あなたはすごく勇気のある人ですね」

「……ち、違うの。ホントは怖くて怖くて、虚勢を───、」

 泣きじゃくり始めたエレーナをアーサーがそっと抱き締める。



「!?」

 ふたりに気を取られていると、不意に殺気を感じる。

 振り返れば木の陰からどさりと音がし、横たわった黒装束を片足で踏みつけながらナイフを弄ぶギルの姿があった。



「やっぱマヌケ父様は間が抜けてんな」

「ギル!」

「殺しちゃいねーからな。他の奴らはリンが威圧で使いものにならなくしたよ」

 リンが駆け寄り、俺にしがみついて見上げてきた。

「置いてかれるのキライ!」

「……リン」

「父さまは森にぼくのための薬草をとりに行って帰らなかった。お父さんなら置いてかないで」

「ごめん」

「リン様の意思を顧みもせぬ無礼者め。義父でさえなくば即座に」

「デーデは黙って」

「失礼致しました!!」



 遅れて姿を見せるハリー。力を使ってみんなをフォローしたんだな。お腹空いたと言いたげだ。

「父さん、僕の力は守る力です。そのためなら僕も剣を握れる」

 エレーナの肩を抱いたまま、アーサーが力強く言う。

「ああ、そうだな」



 冷静なつもりが、ルベルの事だから頭に血が昇ってた。

「頼りない父親でごめん。みんな、力を貸してくれるか。大事なひとを取り返したい」



 うちは全員でひとつ。頼りない俺を子どもたちが支えてくれる。

 


「なあ姉上、いつまでひっつい」

「邪魔するなよいい雰囲気なんだから。鈍感か」

「アンタにだけは言われたかねえよ」

 失礼な。気配り大明神と称された俺だぞ。



「済まないエレーナ嬢。巻き込んで」

「いいえ! 違うのですスタンレイ様。私どもの不手際で」

「? それはどういう」

「うちのクソババ、いえ祖母が子爵と昵懇にしていて……というか賄賂で懐柔されてます。スタンレイ様が我が家にいると子爵に愚痴ったようで」



 エレーナによれば、子爵から俺は逃亡犯だと聞かされほら見たことかとまた邸にやって来たという。子爵とその手下も連れて。

 俺たちを捕まえて王妃に差し出すつもりだったんだろう。

 だが当然うちの子たちにあっさりやられた。

 ハリーが作戦内容を察知しギルたちが奇襲、リンの威圧にやられたところをアーサーが仕留める。うん、全く負ける気がしない。

「エレーナさんを攫ったのは苦し紛れだな。それをアーサーが馬みたいな速さで追ってオレらは置き去り」

 ルーが補足してくれる。



 彼女を捕らえたのはガーランドの手の者らしい。子爵が叩きのめされている隙に人質として、返して欲しくばギルが一人で子爵邸に来いと告げ逃亡した。

 あのババアに話を聞いてすぐ連絡してたんだろう。



 唇を噛み締め悔しそうなエレーナ。



「もう我慢できません。弟を化け物呼ばわりしたのも私の婚約を勝手に決めてきたのも」

「婚約!?」

 アーサーが焦っている。

「あ。お断りしましたわ。あの人の知人などろくでもないのばかりですし」

「そ、それはよかったです」




 気づけばリンが静かに邸を見つめていた。

「……デーデ」

「───ええリン様」

 どうしたんだ?

「お父さん、あいつぼくの仲間いっぱい殺してる」

「!?」 仲間? もしかして魔族だろうか。奴は殺人にまで手を染めてたのか! なんで分かった?

「すこしデーデとふたりにしてほしい。危ないことはしないよ」


 


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