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部屋に戻ると教会長だという人物がやって来たので挨拶を交わす。血を見咎められて診察してもらえて良かった。
「頭は怖いですから。診たところ頭皮の切り傷のみで心配いりませんが、念の為治癒をかけておきましょう」
「ありがとうございます」
なんでケガしたのか聞かない辺り、却って怖い。スタンの資料は読んでる筈だし。
ま、父の知人というし任せて安心だ。しかしよく受け入れたな。
リリサイド修学院には九歳から十五歳までの少年が七名在籍しているという。様々な理由から教会預かりとなった子らだ。
俺の仕事は生活全般の管理。時には物理で抑えこむ役目あり。運動もできれば見てほしいとの事だ。
「前任者が辞めてしまってから今まで教会長兼任でしたが、私だけでは手が回りませんからねえ、助かります」
教会長は筋肉で出来ていた。彼なら物理的制圧も可能だな。
「ここでは皆ニックネームです。互いの素性には触れない感じです。むろん先生には開示されますよ。一部例外はおりますが」
九歳、十一歳、十三歳、十四歳が三名、十五歳。
半数が自ら望んで入所か。ふたりを除き貴族階級。闇は深そうだ。
「訳ありの子ばかりですね。半強制収容は建前と言いますか」
「それはまた何故」
「周辺をご覧になりましたか」
開けた丘の上に建つ教会と繋がる修学堂。遠くを見渡せる物見の塔には見張りが常駐し街までの道は見通し良く切り開かれ、すぐ背後は険しい崖がある。
魔獣の侵入を防ぐ名目でか結界も張られている。実に護りに適している。
「修学院は面会制限が厳しく周囲には何もない。権力での無茶にも従う必要はないと言質をとっています。安全なんです」
詳しくは資料を、と言葉を濁す。
やはり闇は深いな。
生徒の資料閲覧に関して、俺は教会長に一つの願い出をした。
「構いませんが、一人だけ除外して下さい」
そう言われて受け入れた。
年齢がバラバラなので授業は自習。学年に合った教本が配布されていて、監督する神官が質問などに答える形だ。
俺の担当は主に運動というので、週に三回、一日数時間を貰うことにする。徐々に増やす予定だ。
勤務は三日後から。それまでに準備しないと。出会いにインパクトが欲しいので教会の建物に篭って泊まる事にする。生徒とは会わないよう気をつけて。
やりたい事があるんだよ。
「い、院長先生? 一体これは」
先生を務める神官が驚いている。初めて見たろうこんなん。
「フフフ……、クソガキでも分かる王国史を作りました」
徹夜クマつきの俺が笑うと凶悪脱走犯みたいだったろうと後から考えた。すみません。
籠りっきりで描き上げた自信作だ。
前世の俺の楽しみは同人イベントだった。一応描き手でマイナージャンルの中ではまあ中堅どころって感じ。
女の子のほのぼのギャグ描きだったが、知り合った腐女子に「BL描け! 売れる! 私に!」と力説され困った事がある。全然キラキラ絵柄じゃないしと穏便に断れば、そうじゃない……、そうじゃないんだ……! と、実にオタクらしい反応で返された。
時たま出る男キャラがツボったようだが、丁重にお断り申し上げた。俺その属性は備わってないし。
話が逸れたが、その経験から二徹三徹は余裕だ。前世ではそろそろきつかったが今は若い体がある。
指が慣れない分、全盛期の筆には届かないがなかなかよく出来たと思いたい。
複写魔法があるから生徒分作れたぞ。スタンレイの奴、戦闘の役に立たないと忌避していたんだよな。こんな地味魔法があるから余計バカにされるんだとムカついてた様子。
勿体無い。
「なんだこれ」
正式な初顔合わせとなる初日の教室。今喋ったのはマディだったな。
「今日から院長になったスタンレイ・フォーサイスだ、よろしく。マディ、手元に配ったのは王国史。絵で覚えると忘れないからな」
笑顔で挨拶した俺はまた忘れていた。スタンレイの顔が非常に悪人ヅラで、笑うと何か企んでいるようにしか見えない事を。
「今後、週に三日、数時間は俺が担当する。剣術体術を見るつもりだが、そこは気分次第で」
「気分次第とは」
「ディー、言葉通りだよ。俺の気分で生きるのに必要な授業をする」
怪訝そうな顔の生徒たちだが、俺がやるのはそう説明するしかない授業ばかりだ。
「他に質問はないか。キース、リン、ギル、ハリー、ジョーイ」
反応は無いが、既に漫画を読んでる奴もいる。顔合わせはこんなもんだろ。
「渡したのはマンガという形式の本だ。次に見るコマが分からない時は台詞の繋がりで読めばいい。すぐ慣れる」
子供の順応力は高い。面白ければ尚更だ。ごく単純なコマ割りにしてあるし大丈夫だろう。コピー誌もお手のもの、和綴じをマスターした俺の本は見栄えも良い。
「俺のことは院長でも先生でも、名前でもいい。何でもいいから声かけてくれ」
「それと、これは時間割だ。何時に何をするか書いてあるから、鐘が聴こえたら戻るように」
今までは勉強したい奴は教室にいてしたくない奴は部屋で寝たりしてたようだが、少し絞めないと。
各自に配った紙にはキュートなネコが吹き出しで「忘れないで!」って言ってる。
「あの……」
「なんだジョーイ!」
反応してくれた! 満面笑顔になっちゃうね。
「これは喋っているけど、魔物ですか」
何故か仰け反りながらも質問するジョーイ。ここにはネコがいないのか、と生きる気力を削がれる俺。
「いや、魔物じゃないんだ…俺の故郷にいる動物。ネコと言う」
勇者でなくネコを召喚してくれー。
「いえあの、猫はいますが喋りません…これと見た目が違うし」
そこからか。俺はデフォルメなど漫画のお約束をレクチャーする羽目になった。有名だったネコキャラをたくさん描いてみた。
つまる所、表現は自由なんだ! といい話っぽくフィニッシュに持ち込めたよ。